3つのカウンターをバランスよく配し、余分な遊びや装飾を省いたオーセンティックなデザインは、歴としたスポーツウォッチでありながら、ビジネスシーンでも着装できる端正さ。ロレックスならではの実直な時計づくりもまた、身に着けるビジネスパーソンに絶対的な信頼感を演出してくれる。

そんな何とも懐の深いクロノグラフのコレクションが「オイスター パーペチュアル コスモグラフ デイトナ」である。このコレクションのルーツとなる腕時計が誕生したのは1963年のこと。だが、その誕生のエピソードを紐解くにはもう少し歴史をさかのぼる必要がある。

この時計に刺激を受けるのは、こんな男だ!


・車、モータースポーツ愛好家
・オン・オフ問わないクロノグラフを求める人
・アクティブだけど実直なビジネスパーソン

時代は20世紀初頭、メキシコ湾に面するアメリカ・フロリダ州のデイトナビーチは、欧米諸国の上流階級から熱い眼差しが寄せられた。このビーチでは1903年からモーターレースが開催され、そこで地上速度の世界記録が次々と塗り替えられたからだ。1935年までのおよそ30年間で計測された公式記録は80を数え、そのうちじつに14回で世界最高速度を記録したのである。

1935年のレースの様子。キャンベル卿が乗るブルーバード号がデイトナビーチを疾駆する

このモーターレースでスピードスターとして人々の注目の的となったのが、イギリス出身のモーター雑誌記者でありレーサーであったマルコム・キャンベル卿である。14回の地上最速記録のうち、5回は彼が叩き出したものだった。1932年には時速253マイル(約407km)、3年後の35年には時速276マイル(約444km)を記録して、ともに当時の地上最高速度を更新。そのいずれのレースでも手元に装着していたのが、ロレックスの腕時計「オイスター」だった。35年に最速記録を更新した翌日、キャンベル卿は「昨日の記録挑戦時にロレックス・ウォッチを着用。手荒な扱いにもかかわらず時計は見事に動いていた」との電報をロレックス宛に送った記録も残されている。

1930年代当時、ロレックスはまだ腕時計クロノグラフの製造に本格的には取り組んでいなかった。だが、このキャンベル卿との蜜月をきっかけとして、その後、デイトナビーチにスピードウェイを建設する大規模プロジェクトを共同で進めるなど、カーレースとの関わりをいっそう深めていった。こうした歩みの中で、1963年にブランド初のクロノグラフ「コスモグラフ」が誕生する。間もなくロレックスとカーレースを結び付けた縁の地名が付され、「コスモグラフ デイトナ」という名称になった。

1963年製、コスモグラフ デイトナのファーストモデル

このファーストモデルには、21世紀の現在も多くのブランドが採用する実用的な意匠が盛り込まれていた。まずは、ダイヤルとインダイヤルにブラックカラーとライトカラーというコントラストの強い色を配して、クロノグラフのカウンターの視認性を高めた。次に、クロノグラフ秒針を使用して一定距離の平均速度を測定するタキメーターの目盛りをダイヤルからベゼル上に移し、ダイヤル上の表示、タキメーターともに見やすい仕様に。さらに、ねじ込み式の裏蓋とリュウズで堅牢性・防水性を確保し、メタルブレスレットの採用により耐久性も向上させた。

これより前の1950年代に、ロレックスは探検家・冒険家のために設計した「エクスプローラー」や、プロダイバーのために開発した「サブマリーナー」など、究極の実用ツールとしての腕時計を製造していた。それらと同様に、このコスモグラフ デイトナもまたデビューと同時に、カーレース向け実用クロノグラフの最高峰という地位を獲得するに至ったのである。

COSC認定を取得した1988年製のモデル。リュウズガードも設けられた

その後もディテールの改良を重ねて実用面での進化を遂げてきた。クロノグラフの誤作動を防ぐねじ込み式のプッシャー、視認性に優れるプレキシガラス製タキメーターベゼルの採用、そして初出から25年後の1988年には機械式腕時計において高性能の証しとされるCOSC認定取得に至った。

続く2000年以降も、信頼性・耐久性に優れた新型クロノグラフ・ムーブメントへ刷新、美しさと耐傷性を両立したセラミック製セラクロムベゼルの開発……というように、さながらロレックスの時計開発の歴史を総覧するかのように、数々の技術が投入されてきたのである。

現在、クロノグラフ機能を日常生活で使うユーザーはほとんどいないだろう。にもかかわらず、実用性の極限を目指し、ディテールまで追求するこの徹底した時計づくりこそがロレックスの真価である。コスモグラフ デイトナはすなわち、ロレックスの本質とは何かを最もよく物語る時計と言っていい。ビジネススタイルのカジュアル化が進むいまであれば、オン・オフ両用できるこんなスポーツウォッチを最初の一本とするのも賢明な選択かもしれない。

text:d・e・w