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――本日お召しのスーツはどちらのものですか?

とある講演会でスピーチの機会をいただいた際に「麻布テーラー」でオーダーしたスーツを選びました。おしゃれなオーディエンスが集まることが予想される会でしたので、みな様の装いに負けないようにあつらえました。以来、同ブランドのスーツを愛用しています。シャツやカジュアルな既製服は一年に数回出張するアメリカで購入しますが、スーツは日本でオーダーしています。

――シャツやネクタイのこだわりも教えてください。

色々なブランドを試してみて、今は「ブルックス ブラザーズ」のものを愛用するようになりました。ちょうどいいフィット感と素材感、そしてしわになりにくいので気に入っています。身に付けるものは、試行錯誤を経て信頼できるものを自然と選んでいるような気がします。上に立つ者として、周囲には動揺を感じさせるわけには行きませんから。

――腕時計や靴はいかがですか?

30代で初めて社長になった時、「ロレックス」のデイトジャストを「こんな高価な買い物は二度としないだろう」という心待ちで購入したのを覚えています。他に何本か腕時計を持っていますが、最近のお気に入りは「フランク ミュラー」のものです。ショーウィンドウで見て以来、気になっていたものです。ある日、妻がサプライズで贈ってくれました。適度に存在感を主張するデザインがいいですよね。

靴もいくつかブランドを履いてきましたが、歴代アメリカ大統領にも選ばれてきた「アレン エドモンズ」の履き心地が、今一番気に入っています。リラックスできるので、靴は自分で磨いていますよ。

――IT業界はカジュアルな服装が主流というイメージがありますが、スーツを着ることが多いのですね。

カジュアルでくだけた雰囲気が求められる企業もありますが、現在、我が社はエンタープライズビジネスの割合が多いので、信頼感を第一に伝えなければなりません。だから、基本のスタイルはスーツです。とはいえ、大企業の社長から個人のソフトウェア開発者までさまざまな人と会う機会があるので、TPOに合わせて服装に変化をつけています。社内でも、Tシャツにサンダル姿のエンジニアからスーツ姿の営業マンまで、フロアによって服装の雰囲気が大きく異なります。なので、先進的な技術を扱うセクションや開発者のもとに出向くときは、ネクタイを外すなど、相手の服装に歩み寄り、距離感を縮めるようにしています。

信頼に足る装いで挑む、平野氏の仕事の哲学は?

――経営者としての哲学や姿勢を教えてください。

組織、あるいは社員個人の持っている潜在能力を引き出し、より多くのことを達成できるようにするのが私の最大の使命だと考えています。これは、現在の本社のCEOであるサティア・ナデラが定めたマイクロソフトの企業ミッションにも沿っています。同じ環境や組織の下で、一度成功した方法を続けていると仕事が楽になりますよね。それでは今までなかったようなアイデアや価値は生まれてきません。楽な道ではなく、困難だとしても新たな可能性のある道を選んでほしい。社会やテクノロジーがめまぐるしく動く現代において、自分が快適に感じる“コンフォートゾーン”に閉じこもり、変化を怠る姿勢は好ましくありません。

――“コンフォートゾーン”に自分がいるということになかなか気づくことができない人も多いと思いますが、どうすればいいのでしょうか?

「大変だ、大変だ」「忙しい、忙しい」と言い続けている人を見受けますが、それは“コンフォートゾーン”を破る挑戦をしているのではなく、ただ忙しいことに慣れているだけでしょう。忙しいこと自体がコンフォートゾーンになっていると認識してもらいたい。プロセス中心にならず、仕事の中にインパクトポイントを設定すること。それは例えば、やり慣れていない業務や、試せていない方法に挑んでみることかもしれません。自分の最も大切にする価値観、つまりコアバリューさえ持っていれば、場所や役職、責任が変わっても困難に臨むことができるはずです。

ヨーロッパで働いた経験はあるものの、私のキャリアの大半は日本です。しかし、そのまま日本のビジネススタイルだけに染まりたくありませんでしたし、自分のマネジメント能力が海外でも通用するのか試してみたいと思っていました。だからタイトルでも組織の大きさでもなく、チャレンジの度合いに重きを置いて、海外のビジネスに足を踏み入れました。今までの経験や勘がほとんど通用しない中で、いかに自分の色を出し、マネジメントしていくのか苦労しました。私はこうして“コンフォートゾーン”を破りましたね。

――海外での挑戦の際に、ブレることなく抱いていたコアバリューは何だったのですか?

“インテグリティ(一貫する真摯さ)”“コントリビューション(献身性)” “ファミリー(家族)”“クリエーティビティ(創造性)”の4つが私のコアバリューです。“インテグリティ”“コントリビューション”は、ビジネスマンとして仕事に向きあうのに欠かせない態度だと思います。また、アメリカ人の母親と日本人の父という家庭環境で育ったことや、そのままのものを受け入れるだけではつまらないと考え、変化を起こそうと行動していた成長期の体験が、“ファミリー”と“クリエーティビティ”のコアバリュー形成に影響を与えていると思います。

――社員の方々にはどんなコアバリューを抱いてほしいと思っていますか?

美しさ、友情、忠誠心、パワー、知識など、何をコアバリューにするかは人それぞれです。各々の個性を企業のミッション達成のために結実させることが重要なのです。だからこそ組織のミッションは明確に示されていなければなりません。企業ミッションを自分のものとし、日本法人の経営者として社員にも同様の使命感を意識してもらえるように私も努力しています。

平野拓也/Takuya Hirano
1970年北海道札幌市生まれ。アメリカ・ブリガムヤング大学卒業後、KANEMATSU USAに入社。05年にマイクロソフト(当時)に入社し、11~14年までは中東欧地域の責任者となり、25カ国を統括。14年に日本マイクロソフトに復帰し、15年7月から現職。

text:Lefthands
photography:Sadato Ishizuka
hair & makeup:RINO