常に世界の中の日本を意識してビジネスしてきた

――ビジネスパーソンとして大事にしているポリシーや経営者として社員に伝えたい価値観はありますか?

20年以上の社会人生活ではずっと「自分はグローバルカンパニーの一員だ」という意識で、グローバルとローカルのバランスを常に意識してきました。日本がビジネスの舞台だからと国内にばかり目を向けていては不十分ですし、かといって世界的トレンドにばかり固執していたのでは日本のお客様の理解は得られません。ハードウェアからソフトウェアへと世界のコンテンツビジネスの潮流が変化しています。そんな世界的な流れに逆らって、これまで国内で主力であった商材に固執していてはダメなのです。

日本支社があって、グローバル本社があります。ヨーロッパのトップ、アジアのトップ、そして米国本社のトップの存在もあります。彼らと僕ら日本の社員は仲間なのですが、同時にライバルでもあるわけです。各国のトップは、自分らの地域がどれだけ優れているのかを理解し、プライドを持ちながら社内でいい意味での競争を促します。だから、日本の企業に勤めている人以上に日本のことを理解し、アピールする能力が我々には不可欠なのです。広く世界を理解し、自分たちのことも熟知することが私の仕事におけるポリシーです。

――そう考えるようになったのはいつからですか?

20代でアメリカに赴任した際に、グローバルのダイナミックな動きを目の当たりにしたのが大きかったです。企業の中で試行錯誤していると、バランスが崩れて上手くいっていないなと思う場面に日々遭遇します。

――はじめてアメリカで働いたとき、ビジネスにおいてカルチャーショックを受けたのではありませんか?

3年間の大半をグローバル製品のマネージャーとして世界各国の支部のサポートをしていたのですが、現場ではやはり多様性について深く考えさせられました。色々な国々の色々な人々がいて、日本のように阿吽の呼吸でなんとなくまとまっていくようなことはあり得ません。「いまこの場でそんなこと言わなくてもいいのでは?」ということも含めて、さまざまな意見がどんどん出てきました。そうして、日本のメンバーだけでは決して達することはできなかったであろう、新たなアイデアに行き着くこともあります。逆に、話が広がりすぎてまとまらないケースも多々ありましたが。

多様な意見を尊重して取り入れていく能力がグローバルな環境では養われます。AIに代表されるデジタルの世界が国境をなくし始めている今、日本企業もより世界での経験をつみ、グローバルに打って出て行かなければならないのではないでしょうか。

若い頃に一念発起して買ったというロレックスを愛用。初心を思い出すためのアイテムとなっている

――ビジネスアスリートという言葉を以前のインタビューで用いられていましたが?

ビジネスマンは、知能で戦うアスリートだと思います。スポーツ選手と比べて現役生活が長いためにあまり気づくことがないのですが、やっていることはほとんど変わらないはずです。一流のスポーツ選手は、自らコンディションを整えています。短い競技人生の中で最高のパフォーマンスを発揮するために、自分を律してコンディションをつくっているのです。ビジネスパーソンにおいては、最高のパフォーマンスを毎日発揮することに対して喜びや責任を感じている方々に、成功者が多く見られると思います。

例えば、お酒をたくさん飲むと翌日の仕事のパフォーマンスが落ちていることを実感しますよね。だから私は二次会への参加は控えています。食事に関しても、野菜中心を心がけたり、夜は少なくしたりして気をつけています。

コンディションを高めるということは、同時に運を掴むことにも繋がっていると思います。仕事における成功の9割方は運次第なのではないでしょうか。優秀な人はアンテナを張っていて、コンディションが整っているから、チャンスに敏感に反応することができるのです。そのためにも、ビジネスマンは心身共に健康でいるべきなのです。では何からはじめればいいのかと迷ってしまう方は、まず運動などで身体を整えてみてはいかがでしょうか。精神面にもいい影響が現れますよ。

私の場合は、寝る前に坐禅を組むという習慣づけをしています。いわゆるマインドフルネスですね。コンピュータのように自分をリセットして、溜まったものをリフレッシュします。自分の感情の流れを読み取るべく、まず目を閉じて無心になろうとします。ところが、色々なことを思い浮かべてしまうので、難しい。でもその感情自身を自分で見つめるようにする。自分自身を客観視する能力があれば、ビジネスへのベストなコンディションを整えることができるでしょう。迷いや焦りをコントロールすることは非常に困難ですが、一度立ち止まって自分を客観視することができれば、何事もいい方向に向けることができるはずです。

内面と外面で個性を表現するということ

――部下の方々から、「経営者として自分がどのように見られているか」ということも意識なさっているのでしょうか?

そうですね。ですが、外から見られることをコントロールするのは難しいので、まずは自分自身の内面を見つめ直すことを意識しています。「現状の私自身はどういう人間なのか」ということを自問してみるのです。部下に対して話していても、その発言が自分自身の行いや内面と一致しているかを問うています。

自分自身を知ることは、デジタル化が進みAIの創世記である現代においてますます重要になっていくでしょう。自分自身がどんな考えを持っているのか、どんな価値が自分にあるのかがわかれば、デジタルと上手に付き合って行くことができると思います。

――組織のトップとして、周囲からの外見の印象にも特別に気を使われているのでしょうか?

身に纏うとワクワクするようなスーツが理想なので、着心地のよさや上質さを重視して特に生地にこだわっています。10年来「麻布テーラー」でオーダーしていますね。一時期イギリス製の生地でよくつくっていたのですが、最近はイタリア製の「フラッテリ タリア ディ デルフィノ」の生地でつくることが多いですね。今日着ているのも、その生地で仕立てたものです。はじめてオーダーしてみた際に体で感じた快適さが気に入って以来、仕事でステップアップするたびに生地もランクアップさせてきました。シャツも「鎌倉シャツ」でずっとオーダーしています。極細の300番手糸でつくられるプレミアムなシリーズを愛用しています。

――海外での勤務経験も、装いへの考え方に影響を与えているのでしょうか?

アメリカのテキサス州で勤務しているときは、現地の慣習に合わせてカジュアルな格好で働いていました。フランスへの出張が多かった時期は、それぞれの遊び心を加えた周囲の粋な装いに憧れて真似をしていましたね。ビジネススタイルに限らずファッションを楽しむことを、ヨーロッパの同僚から学びました。

――特にアメリカにおいて経営者は自己アピールへの意識が強く、いわゆるパワースーツという考え方が浸透しているようなイメージがあるのですが、いかがでしたか?

かつて私が勤務していた企業のトップは、いつも最高のスーツの着こなしで他の人と一線をかくしていました。シリコンバレーのエヌビディア本社のCEOはTシャツに革ジャンを着てあえて、個性的なイメージを全面に出しています。

カジュアルスタイルもお手のもの。ジャケットとチーフで上品さをキープ

――サーファーやバイク乗りとしての一面もお持ちの、大崎社長のプライベートの服装についても教えていただけますでしょうか。

ワンパターンな服装を選びがちなので、妻にもよく注意されています。歳を重ねて自分自身の服選びを変化させてきました。私は、50代に差し掛かっても今までのファッションを引きずっていることが多いらしく「服装も進化させたほうが良いと」と妻に言われますね。彼女の客観的な指摘は的確なので、ありがたく参考にしています。

――仕事において、スーツの重要性を感じることはありますか?

ありますね。ジャケットにジーンズを合わせるスタイルで出勤することも多いのですが、ここ一番という場面に挑む際はスーツです。前日からどれを着るか考えます。スーツは相手へのリスペクトの表現であり、自分の気持ちを切り替えるスイッチでもあります。私が持っているスーツは全て勝負服です。やはりスーツはグローバルスタンダードですしね。

そして何より私はスーツが好きです。チーフやカフスで、アレンジを加えることも楽しんでいます。ビジネスアスリートとしてコンディションを整えるなら、楽しめるところは存分に楽しむことも重要ですから。

例えば、自動車業界の方とお会いする際は車の形のカフスをします。エグゼクティブが集まるミーティングでは、重厚感のあるものを選びます。若い社員たちと食事に行くなら、軽やかで楽しげな印象のカフスをつけます。ネクタイも、シーンや相手に合わせて印象に変化をつけるために、主張の強い色柄のものから控えめなものまでそろえています。

――そうしたアレンジのセレクト基準はどこにあるのでしょうか?

それは自分の中にありますね。相手に気を配りつつも、自分自身も楽しんで服を着る余裕は常に保っていたいものです。どちらかに偏ってしまったとしたら、それは余裕がなくなっていることを報せる警鐘かもしれません。ビジネスマンのユニフォームである自身のファッションを気にかける姿勢は、仕事を一流にすると考えています。

――日本のビジネスシーンにおいて、大崎社長のように余裕を持ってスーツを楽しめている方は多くありません。多くの方々が楽しんでスーツを着るために何かアドバイスをいただけますでしょうか?

高価な製品で身を固めるのではなく、個性を表現する要素をどこかに入れてみたり、自分自身を伝えようという意識を持つことが肝要です。グローバルな社会では、自己主張も需要なキーワードです。その方法のひとつが装いだと考えています。

これはスーツに限ったことではありませんが、絶対的なお洒落ではなく、きちんとした服装を気にかけながら自分なりのお洒落を楽しむといいのではないでしょうか。

大崎真孝/Masataka Osaki
エヌビディア 日本代表 兼 米国本社副社長
1968年兵庫県生まれ。大学卒業後、日本テキサス・インスツルメンツに入社。大阪でエンジニアとして営業を経験した後、米国本社に異動。本社勤務を含め、幅広い製品に関わりながらマネジメント職に従事した。2015年にエヌビディアに入社し、日本法人の代表に就任。経営修士号(MBA)保持。

text:Lefthands
photography:Takao Ohta
hair & makeup:RINO