――スーツはフルオーダーで作られるそうですね。生地選びのポイントは何でしょうか。

落ち着いた色味や風合いを選ぶ一方で、仕事着ですから機能性も重視します。例えば、ハンガーにかければシワが短時間で消えるということもその1つです。私は海外出張のときに、スーツは畳んでスーツケースに入れて運びます。その日が移動だけならいいのですが、スケジュールによっては、現地に到着した日にお客様と会うこともあります。だから、スーツケースから出して3~4時間も吊るしておけば、自然にシワがなくなるような生地はいいですね。

あるいは、膝の部分が出ないこともポイントになります。会議が多い日は何時間も座りっぱなしですから、生地がよすぎると、膝のあたりが出てきてしまいます。

京都の英國屋さんはお付き合いが長いので、担当の方にはそういう機能性も含めて生地を選んでもらいます。

――カフリンクスは新入社員の頃から愛用されてきたんですね。

最初に父からもらったのがきっかけなので、同期の間では珍しかったかもしれません。ジョージ・ジェンセンのものを多く持っていますが、シックで目立ちすぎないところが好きですね。

そういえば社会人になるときに、父から服装について教わったことが1つあります。ネクタイピンをつけろということです。宴席で遠くの人に身を乗り出してお酌することがあるでしょ。そのときにネクタイがぶらぶらしていたら、料理のお皿にうっかり入ってしまうことがある。「おまえのネクタイが汚れるのは構わないけど、相手の料理が台無しになる」と言われたんですね。だから、ネクタイピンで止めろと。

ただ、私はネクタイピンが外から見えるのが好きではないので、裏側のループ(小剣通し)のあたりでシャツにとめています。これも新人時代からの習慣です。

新人時代からカフリンクスを愛用。お気に入りはジョージ・ジェンセン
表から見えないよう、裏側にタイピンをするのが流儀

――社会人としての基本マナーを教わったわけですね。

父だけでなく、上司や先輩からもたくさん教わりました。京セラは、礼儀やマナーにはうるさい会社なんです(笑)。目についたらその場で注意する。特に営業担当は、お客様を接待することもありますから、私も若い頃は「お酒はそんな注ぎ方するな」とか「そんな食べ方するな」とか、よく注意されました。細かいところでは、日本酒のお銚子を振って空になったかを確かめることもいけないと教わりました。手に持っただけでわかるだろうと。京都の芸子さんたちもそういうマナーなので、京都らしいかもしれません。

いまでも私は、20代の社員が集まるコンパなどに参加して酒席での礼儀やマナー違反を見つけるとその場で注意するようにしています。細かいと嫌われるかもしれないけれど、相手への細やかな気づかいは、ビジネスの顧客目線にもつながる大切なことです。

創業者の稲盛和夫も、同じようにその場で注意していました。仕事のミスもその場で指摘する。あとで別室に呼んでお説教するのでは、本人もピンとこないからです。

ただ最近は、叱られることに慣れていない若い社員もいるので、昔のようにすぐ指摘しないこともあります。一呼吸おいて「どう言えばいいか」と考えてから注意することが増えていますね。

――会長になられた現在、最も力を注いでいることは何でしょうか。

京セラのフィロソフィを正しく伝えていくことです。

当社は2019年4月でちょうど創業60年を迎えます。それだけ長い年月が過ぎれば、創業時のスピリッツが薄れてしまうのも無理はありません。稲盛の言葉は伝わっていても、それが形骸化していることがあります。

例えば、京セラフィロソフィの中に「全員参加で経営する」という項目があります。これは全社員が経営者の視点で考えて行動することが重要ということですが、当社では仕事のみならず宴会でも運動会でも全員参加が基本となっています。しかし、この言葉だけが一人歩きすると、全員そろうことが目的化してしまう。ただ全員が参加しているだけでは、意味がありません。みんなで力を合わせるところが重要だからです。

そのようにフィロソフィを正しい姿で伝えるために、社内報などでも積極的に発信し、海外法人にも出かけて直接説明します。

これは歴代の会長が果たしてきた役割で、私も年5回ほどアメリカ、ヨーロッパ、アジアの拠点に出かけて、社員たちに講義して質疑応答やコンパで対話しています。200人ほどの管理職を集め、2日間の研修を開くこともあります。

現地の社員から「言葉は覚えていましたが、会長の講義で本当の意味がわかりました」と言われるとうれしいですね。

――会長ご自身が最も好きなフィロソフィは何でしょうか。

いつも心がけていることはたくさんありますが、「謙虚にして驕らず」は深く考えさせられる言葉です。成功は過去の結果に過ぎなくて、将来も同じように成功するという保証はどこにもありません。将来の成功は、これからの努力にかかっている。だから、常に謙虚であることに努めて、けっして驕らない。この姿勢はビジネスでは本当に大切だと思います。

しかも、ただ知っているだけでは意味がありません。フィロソフィを実践していくにはどうすればいいか。それは、愚直な努力をコツコツ積み上げていくしかない。一足飛びに成功するのは無理です。昨日より今日のほうが少し成長している。自分の軸がブレることなく、愚直な努力をコツコツ重ねていく。「謙虚にして驕らず」は、そういう意味だと思います。

山口悟郎/Goro Yamaguchi
京セラ代表取締役会長
1956年生まれ。78年に同志社大学工学部を卒業後、京都セラミック(現・京セラ)入社。半導体部品の営業職が長く、半導体部品統括営業部長等を経て、2009年取締役執行役員常務に就任。13年から京セラ代表取締役社長を務め、17年から現職。

text:Top Communication
photograph: Kunihiro Fukumori
hair & make: Aya Kajio