渡辺さんが生涯で衝撃を受けたというシャトー・ペトリュス©Zachys Wine Auction,inc

――そんなワインの中に渡辺さんにとって忘れ得ぬワインはありますか。

【渡辺】1本は「シャトー・ペトリュス」です。私をこの世界に引き込んだワインで、私の人生をも変えてしまいました(笑)。

もう1本は2000年に出合った名もないワイン。当時、私はパリでワインの勉強をしていました。92年の世界ナンバーワンソムリエが経営するレストランで、料理に合わせて1杯ずつワインをブラインドテイスティングさせてくれました。出てくるワインは「シャトー・シュヴァル・ブラン」や「シャトー・オーゾンヌ」などの高級ワインばかり。最後にソムリエが「これを当ててごらん」と出してくれたワインがそれまで飲んできたボルドーの名だたるワインよりも美味しくて、「何これ!」と衝撃を受けました。それがまったく名も知らないワインだったんです。

――有名なワインを飲む時とはまた違った楽しみですね。

【渡辺】感動した私は翌日、このワインを作っている南仏のワイナリーへ向かいました。でも、誰も知らないようなワイナリーだから産地に着いてもどこにあるか分かりません。うろうろしていたら、たまたま鍬を担いで歩いていた農家の人が通りかかったので尋ねました。「あぁ知っているから、着いておいで」と着いた先が納屋のようなワイナリー。案内してくれた鍬を担いだ人が、オーナーだったんです。

後日、そのワインがNYのワインショップで、たった20ドルで売っていることを知りました。先ほど高級ワインを飲んでくださいとお話ししていながら、2000円でもすごく美味しいワインがあるんです、だなんてごめんなさい(笑)。それから10年以上たってそのワインはサザビーズのオークションに出てきましたから、やはり、多くの人が美味しいと思ったのでしょうね。

飲んで感じたことを自由に表現してみる

――先ほど、テイスティングの話が出てきましたが、味わいや色を表現するのもワインにつきものです。これが苦手と感じる人もいると思いますが。

【渡辺】難しく考える必要はありません。ワインを飲んで感じたことを素直に口にすればいいのです。

私がボルドーのワインスクールで学んでいた時、1日で50銘柄をテイスティングしたことがあります。最後の方はもう舌も効かないし、頭も朦朧としてくる。それでも感想を言わなければいけません。そんななか、白ワインを飲んだ時にふっと頭に浮かんだのが竹でした。「すきっとしたキレがあり、竹のようだ」と答えると、周りから「素晴らしい表現だ」と褒めてもらいました。みなさんもこんな風に思ったままに表現してください。日ごろからワインを飲む時に、感じたことを口に出す癖をつけておくとよい訓練になると思います。

――だいぶ気が楽になりました。ワインを通じて取引先と交流を深めるコツがあったら教えてください。ワインを伴う会食に誘う場合、どんなことに気を付けたらいいでしょうか。

【渡辺】ワインを持ち込めるレストランを選び、自分が好きなワインを出してみたらどうでしょうか。ワインリストとにらめっこするよりもずっといいと思いますよ。

ご自身がよく知っているワインですからその味わいやワインにまつわる物語を話しやすいし、この1本を相手のために厳選したという気持ちが伝わり、先方の心をぐっとつかめるのではないでしょうか。

私にも経験がありますよ。アメリカのワシントン州からお客様がいらっしゃって会食した時です。アメリカ随一のワイン産地であるカリフォルニアのものでも、二番目のオレゴン州のものでもなく、三番目のワシントン州で作られるいいワインをお出ししました。そのお客様はワシントン州に帰ってからもその銘柄を地元のワインショップで購入するほど気に入ってくれました。お互いの距離がとても縮まり、ビジネスも広がりました。

――逆に、こちらがワインを伴う接待などを受けた時はどうでしょうか。

【渡辺】注意したいのはワインを注がれたら、それほど好きな味でなくても1杯だけはきれいに飲んでほしいですね。それが相手の気持ちに対する礼儀です。また美味しいからといってごくごく飲むのは感心しません。ゆっくりと味わって飲めば、相手も楽しんでくれていると感じます。そして何かしら感想を述べることを忘れずに。味や香りの表現が苦手でも、例えば「どこの産地ですか」と尋ね、自分が訪れたことのある場所ならそこから会話が弾むケースもあります。

――最後に、ワインを飲む席で、ワインの知識をひけらかすのではなく、相手に教養があると感じてもらえるように話すには、どこに気を付けたらいいでしょうか。

【渡辺】言い方が大事だと思うのです。高級ワインを引き合いに出して「○○を飲んだことがある」「○○を持っている」と話すだけでは嫌味に聞こえます。でも、そのワインを飲んだ感想やエピソードを添えて話すと、ワインをブランドで飲んでいるのではなく、ワインを愛していることが伝わって、相手から好ましく思ってもらえるのではないでしょうか。

それからワインを心から好きになってください。そうすれば、きっと商談や接待といったビジネスシーンでも必ず役に立つことがあるはずですから。

渡辺順子/Junko Watanabe
プレミアムワイン株式会社代表取締役
フランスでのワイン留学を経て、2001年に大手オークションハウス「クリスティーズ」のワイン部門に入社。09年までNYクリスティーズで、アジア初のワインスペシャリストとして活躍。現在は日本で、欧米のワインオークション文化を広める傍ら、アジア地域の富裕層や弁護士向けのワインセミナーを開催するほか、NY、香港を拠点とする老舗ワインオークションハウス「Zachys(ザッキーズ)」の日本代表も務める。


渡辺順子女史が上梓「世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン」(ダイヤモンド社)1600円(税別)。飲むための知識ではなく、ビジネス教養として使える智識をまとめた1冊。

text:Akifumi Ohshita
photograph:Hisashi Okamoto