初めまして! この春、サザビーズ時計部門グローバルヘッドに就任したサム・ハインズです。4月の香港とロンドン、5月のジュネーブと、春のオークションシーズンを迎え、各地を飛び回っている機上でこの原稿を書いています。この連載を通して、日本の皆さんと我々の仕事についてシェアさせていただけることを大変光栄に感じております。

さて、オークションハウスのスペシャリストと聞いて、どんな仕事をイメージするでしょうか。絨毯の敷かれた素敵なサロンで品物を査定し、ワインを片手に芸術談義をする……そんなイメージかもしれません。実際には世界40カ国、80拠点のサザビーズで、約1600人のスタッフが時計部門も含む70以上の分野に従事しており、それぞれ年に2~4回、のべ年間250回以上のオークションを開催するために飛び回っています。具体的には、出品者様との交渉、セールの組み立て、買手様への営業などを経て、オークション当日を迎える、といった仕事。この一連の流れを繰り返し、マラソン状態で走り続けているのが常です。

お客様の国籍や年齢、性別も実に多様。サザビーズのオークションでは、出品された作品を通して、出品者様と買手様が直接会うことなく取引ができます。どうやって作品を集めるのか、顧客管理はどうしているのかなど、ビジネス形態に謎めいた部分が多いと思われるかもしれません。ちなみに弊社はオークション会社としてNY証券取引所に上場をしている最古の企業。1744年の創業から、270年以上の実績を積んでいます。

世界各地に展開するサザビーズ。時計だけでなく、絵画、彫像、宝石などさまざまな分野の出品作品が、世界中で一年中取引されている。

さて、会社の紹介はこれくらいにして、私個人のことを少しお話しましょう。幸せなことに、私の人生の楽しみの一つと、仕事とはリンクしています。つまり、公私ともに時計を愛する日々を送っています。そして時計を通し、世界中のコレクターの方々にお目にかかる機会を頂けることも自分のモチベーションです。今回はその一例として、日本でのある忘れられない出会いについてお話します。

オークションの準備は半年前から始まる

オークションに先立ち、時計(出品作品)を集める時間は、開催日の約半年~3カ月前までの期間です。過去に取引歴があるお客様や、事前に問い合わせを頂いたお客様、時計業界のプロの方々など多くの方々がサザビーズをご存じなので、その時期に時計を拝見できるおかげで定期開催が可能になっています。とはいえ新規開拓は常に課題で、Web上での査定会の告知やソーシャルメディアの活用など、毎シーズン新たな仕掛けをつくるべくマーケティング部門が力を注いでいます。

この冬、日本の郊外に住むお客様から突然「新聞広告を見ました」と電話がありました。お客様の名を仮にX氏としましょうか。X氏は、定年退職されたビジネスマン。電話があった数日後、私と同僚がX氏の自宅へ伺った当日、偶然にも初めてのお孫さんが誕生されたそう。そんな嬉しいニュースとともに、打合せはスタートしました。

「初めまして」と突然ご自宅に上がりこんだ外国人をコーヒーとお菓子でもてなしながら、X氏はいろいろなお話をしてくださいました。長年にわたる、時計をはじめとする趣味のコレクション、ご夫婦の馴れそめ、これまでのキャリアについて、そしてこれからの人生のお話……それは、仕事を忘れそうなほど楽しいひとときでした。

日本のオークション参加者の特徴とは?

X氏の多岐にわたるお話には、日本のお客様に共通する蒐集(=コレクション形成)のお手本となる要素が散りばめられていたと思います。それは、1に愛情、2にリサーチ、3メンターや仲間との出会い、4コンディション管理、5データ管理、6コレクションのゴール設定、この6つです。

実際にはそこに、自分の欲求や懐事情との兼ね合いが絡みながらコレクションは形成されていくわけですが、X氏は現行モデルも含む手持ちの時計を少しずつ入れ替えつつ、ヴィンテージのパテック フィリップとヴィンテージのロレックスのコレクションを、自身の納得のいく形になるまで30年かけて蒐集していらっしゃいました。

いわゆるヴィンテージウォッチは、針や時字(インデックス)、分目盛りなどの目に見える文字盤部分はもちろん、内部の機械部分(ムーブメント)に至るまで、どこまでがオリジナルの部品でどのようなコンディションなのかが市場の取引価格に大きく反映されます。完品(商品にキズなどがない状態のもの。購入したときの付属品などもすべてそろっているもの)を求め、また、よりコンディションの良いものを探すためにリサーチを続けてきたX氏が大きく影響を受けたのは、メンターとなる方との出会いでした。

時計オークションに参加される日本のお客様のもう一つの特徴は、今のようにソーシャルメディアでの情報収集が可能となる以前から、時計専門誌、専門ウェブサイトなど様々な媒体による時計専門の情報がとても充実しており、コレクターの層が厚く、コレクションのレベルが高いことです。

時計専門の雑誌やWebサイト、時計専門店などが充実しているのは日本の特徴。X氏が見せてくれたヴィンテージウォッチの中には、ロレックス専門の雑誌に掲載されている時計そのものも数本含まれていた。

X氏も、メンターから受けた影響と、蒐集した時計がある本に多く掲載されたというお話を熱心にしていました。1に愛情、2にリサーチ、この2つだけで知識を身につけざるを得ないコレクターだった自分にとって、日本にはマニュアルとなるような専門誌や個性豊かな専門店が今も数多くあることは羨ましい限りです。

さて、X氏が出品したヴィンテージのパテック フィリップとヴィンテージのロレックスはどんな時計だったのか? それは次回お話します。

text:SAM HINES