一冊目:『20世紀の人間たち』 アウグスト・ザンダー
一冊目に紹介したいのは、ドイツのアウグスト・ザンダーの『20世紀の人間たち』です。まだカメラが貴重だった1892年から撮影が始まりました。画期的なのは、著名な人物ではなく、普通の人々にカメラを向けたこと。農夫や大工、医師や銀行家など、職業の貴賎や男女の別なく、平等にカメラを向けています。
そこににじみ出てくるのが、人間性です。被写体となった人々の人生が、語りかけてくるように写真に現れています。服装もまたしかり。農夫の一張羅から上流階級の服装まで、実にしっくりと着ている人物になじんでいるように感じられます。お洒落のノウハウ以前に、「服は人なり」を感じ取ってもらうのにうってつけの一冊です。人間観察としても、非常に優れたドキュメンタリーですね。時代を反映したスーツのスタイルも興味深く見ていただけると思います。
二冊目:『un anniversaire de JEAN COCTEAU』
次に紹介したいのが、ジャン・コクトー。詩人であり画家であり、ジャンルを超えた芸術家でありました。この写真集は、コクトーの詩とそれにインスパイアされた写真家の作品が添えられたもの。中に数点、コクトー自身が写っているものがありますが、それがとても印象深い。彼は、創作の際にもスーツを着ています。着くずしているわけではいのですが、どこか型にはまらない雰囲気を醸し出ています。
彼は上流階級出身。若い頃の写真も残っているのですが、まだあどけなさが残る顔立ちのころからひと目でそうと分かるほど、上質な洋服をまとっています。また、カルティエの有名な三連リングをデザインしたのも彼ですし、彼が書いた戯曲の舞台ではピカソが美術を、シャネルが衣装を担当するなど、まさにフランスを代表する芸術家にして一流の洒落者でもありました。若い頃から自然に身につけてきた美的センスを感じさせます。まさにスーツを“着こなし”ているといえるでしょう。
三冊目:『Ferlinghetti Portrait』
ドイツ、フランスときたので、最後はアメリカから。ローレンス・ファーレンゲッティという今年99歳になる現役の詩人のポートレート作品です。彼はビートニクのゆりかごとも呼ばれるサンフランシスコの「シティライツブックストア」の店主でもあります。ビート・ジェネレーションの代表的な詩人、アレン・ギンズバーグを世に送り出したのも彼の功績といえるでしょう。ビート・ジェネレーションは、当時のアメリカの大量消費社会に対するカウンターカルチャーです。後に続くヒッピーカルチャーの源流ともいえますが、ヒッピーたちの服装がカジュアル過ぎるのに比べて、ビート・ジェネレーションの詩人たちはスタイリッシュでかっこいいのです。
ファーレンゲッティは、フランスのソルボンヌ大学、アメリカのコロンビア大学と二つの名門校で学びました。そうした知性が、思想となってスタイルにも現れると思います。書店で朗読会を開催するときのビシッと決めた服装も、アトリエのある郊外で過ごすときのラフな服装も、メリハリはありますがどちらも洒脱な印象です。ビジネスマンのオンとオフの服装のヒントとして参考になると思います。もう一つ、特筆すべきは彼の帽子。ハットをかぶったスタイルが実になじんでいるのです。
今回、いわゆるファッション写真から作品集を選ぶことも考えたのですが、やめにしました。ファッションはトレンドを映すものですから、色柄や写真の撮影手法からも時代性が見てとれるので、ものによっては古くさく感じることもあります。その点、モノクロ写真は古くならない。情報をそぎ落とし、深く人間性を追求する表現になっているからだと思いますね。
私の友人のテーラーは、古い写真集からラペルの幅などのスーツの要素を参考にしているようです。洋服の専門家ではないわれわれには、そこまで細かなことはわかりません。しかし、「自分に合う服」を考えてみるとき、こうした優れた人物写真から受け取る印象は、必ず自分の美意識に蓄積していき、いつしか自己表現に反映されるのだと思います。
やまじ・かずひろ
東京・渋谷にある古本屋「Flying Books」の店主兼音楽レーベル「FLY N' SPIN RECORDS」/詩集出版「SPLASH WORDS」代表。学生時代には世界を旅し、卒業後はカルチャー・コンビニエンス・クラブ(CCC)に入社。独立後、2003年に、50年以上の歴史があり父が営む「古書サンエー」の2階に、自身の店「Flying Books」をオープン。さまざまなカルチャー情報の発信源として注目を集めている。話題となった「代官山蔦屋書店」のディレクションをはじめ、古書のセレクト、イベント製作、書評等の執筆、中国・上海での書店制作、アメリカ西海岸書店ツアーのコーディネートまで幅広く活動中。
talk:Kazuhiro Yamaji
text:PRESIDENT STYLE
photograph:Wataru Mukai