業界がアッと驚いた、顧客目線の自社最速納期への挑戦
労働人口の減少やビジネススタイルのカジュアル化の影響を受け、スーツ市場全体が苦戦を強いられる中、オーダーメイドスーツの販売だけは順調な伸びを見せている。とりわけ好調さが際立つのが、昨年10月のサービス開始以来、現在まで約9,000着を販売、既存店の売り上げが前年比1.7倍という目覚ましい成長を続ける「KASHIYAMA the Smart Tailor」だ。その陣頭指揮を執るオンワードパーソナルスタイルの関口猛社長は、人気の理由をこう分析する。
「スーツの着こなしは清潔感とともにサイジングが第一。ただ同じサイズでも、メーカーやブランドによって幅があるので、既製服で自分の体に合ったものを探すのは難しい。その点、オーダーメイドならうってつけです。オーダーメイドスーツ市場は、既に先行するブランドによって価格も下がり、注目度が高まっていました。後発として参入するにあたり、『お客様がさらなる改善を望んでいる点は?』と考え、思い至ったのが納期です。そこで今回、価格を3万円からとし、納期は最短1週間にこだわりました。洋服は基本的にはエモーショナルなもの。季節変化の速い日本で、『着たい』と思ったお客様の気持ちに応えるには、これくらいのスピード感が必要だと思ったのです」
この常識外れの挑戦に、当初は社の内外から批判や反発が続出。しかし関口社長には十分に勝算があったという。
「生産工程の前後、つまり採寸して工場に注文を伝えるまでとお客様へのデリバリーについて、徹底的に効率化を図りました。前者は採寸データをITでダイレクトに生産現場へ伝え、後者は「パックランナー」という工場出荷時の梱包のまま顧客へ直送することにして実現。結果、スーツの品質を落とさず、納期短縮が可能になりました。この目標実現のために、中国・大連の協力工場を子会社化しています。この縫製場とは長い協働関係を通して信頼を育み、技術の高さも抜群。さらには工員の定着率が高い。だからこそ安心して生産を任せられるのです。おかげさまで現状、予想を上回る注文を頂きキャパシティがオーバー気味。そこで既存工場の隣に、第2工場を建設中です。完成すると生産能力は2.5倍に増える予定です」
他社と一線を画するのは、熟練フィッターの底力
そして圧倒的に短い納期に加えてもう一つ、この成功を支える大切な要因を忘れてはならない。それが熟練フィッターの存在である。関口社長曰く、
「元々、オンワードには企業や個人宛に出向いてオーダーメイドスーツを作る部門がありました。だから『KASHIYAMA the Smart Tailor』のフィッターの8割が、キャリア20年以上のベテラン揃い。採寸のクオリティにも絶対の自信を持っていました。各フィッターから集めた採寸データをもとに、日本人の体型に合ったスーツパターンを開発。データが増えるたび、日々更新しています。そのマスターパターン数は今では数百以上。
また同時にフィッターは、お客様に的確なスタイルをお勧めするように努めています。例えば、ビジネスで装うスーツは“アンダーステートメント”がグローバルスタンダード。突飛な色柄は避け、色調を揃え、アクセントは1箇所程度に留めるべき。しかしオーダーに慣れていないお客様は、オプションであれこれと加えたくなるもの。そういう場合も、その方のパーソナリティや着用シーンを伺って、どこに出ても恥ずかしくないものをご提案するようにしています。ちなみに「KASHIYAMA the Smart Tailor」には、ボタンホールに色糸のオプションはありません。あるお客様にとっては不親切に映るかもしれませんが、そこは信念を持って行っています」
このように「KASHIYAMA the Smart Tailor」の成功の裏には、ITと人の手、最新テクノロジーと培われた伝統を融合させた、独自のフレームワークが見えてくる。それが絶妙に機能し、各店舗はこのところ採寸予約が取りにくいほどの活況ぶり。その状況を改善するため、6月からはブランド初となる完全予約制の「ショールーム」を全国6カ所にオープンさせた。
「ショールームは、自宅でも店舗でもない、新スタイルのお客様とのタッチポイントです。通常店舗に比べ、こちらは主要駅に近く好立地で、いっそうの利便性を重視。駅から徒歩5分以内というプライベートな空間で、ゆったりと採寸や生地選びが楽しめます。フィッターを呼ぶことに躊躇されていた方や忙しい方に、今後は仕事帰りや休憩中などを利用して、もっと気軽にスーツをオーダーいただきたいですね。さらに次のステップとしては、東京近郊のベッドタウンへの進出も計画しています。地元にタッチポイントを設けることで、平日の帰宅途中や休日の活用など、お客様により身近に便利に使っていただければと思っています」
次は三度(みたび)の民主化へ
「一部の店舗で、ウィメンズラインのオーターメイドがスタートしました。シャツなどのよりカジュアルなアイテムにも近々対応の予定です。また年内中には中国で、このスマートオーダーのシステムを導入するつもりです。そしてこれからは、ますます“カスタマイズ”が重要なキーワードになると感じています。既製品のように余剰在庫を見越して価格を設定するよりは、その分を省けばもっとリーズナブルにお客様にご提供できる。同時にこれは無駄なものを出さないという意味で、社会貢献に繋がるともいえるでしょう。実は、スーツに限らず、この会社が持つ貴重なリソースをもっと生かして、カスタマイズを切り口にした他分野への展開も考え始めているところです」
90年前にスーツの大量生産に初めて成功し、オーダーが当たり前だったスーツを広く世間に広めたオンワード。そして奇しくも現在は、その経験を生かし、オーダーメイドスーツ民主化の先頭に立つ存在に。しかし関口社長の思いは、すでにより領域を広げたカスタマイズの民主化にまで及んでいるようだ。時代の要請に応え、柔軟にスピーディに、さらなる進化は続くようである。
週末は、近くのショールームへ
熟練フィッターを自宅やオフィスに呼ぶこともできるが、スペースや時間帯の都合がつかない場合には、やはりショールームを訪ねるのが間違いない。最大2名まで同時予約ができるので、仲の良い同僚や仕事仲間を誘ってオーダースーツを作るのも楽しい体験となるはずだ。ショールームの特徴は以下の通り。
1. 主要駅に近い好立地で、仕事帰りに利用しやすい
2. 完全予約制なのでプライベート空間を独占できる
3. フィッターと場所を自由に指定、選ぶことも可能
銀座ショールームでは、レディースにも対応している。夫婦やカップルでの予約にもぴったりだ。
問い合わせ情報
KASHIYAMA the Smart Tailorカスタマーズサポート
TEL : 0800-111-1570
(土日祝日を除く10:00~17:00)
text:Fumihiro Tomonaga
photograph (portrait) : Hiroshi Noguchi
photograph (showroom) : Wataru Mukai