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禅寺仕込みの謙虚さが、周囲の協力を集める秘訣

――社長に就任された当時は年上の方々を相手に、どのようにご自身のビジネスを推進していったのですか?

社長に就任した33歳のときは、社内外において目上の方々と対等に渡り合わねばなりませんでした。この頃に、いまも生きる謙虚な姿勢が磨かれました。

故・城山三郎さんが著した『粗にして野だが卑ではない』は三井物産社長や国鉄総裁を務めた石田礼助さんをモデルにした小説ですが、その中で書かれている「人間として大切なことは、まず第一にいやしくないこと」という言葉が印象的で、社長に就任してからずっと大切にしてきました。

何か自分に下心があると、相手に対してグイグイと詰め寄りがちですよね。そうした姿はどうしてもいやしく映ってしまいますので、謙虚であることを常に意識してきました。また、自分を認めてもらおうと虚勢を張るのではなく謙虚でいることで、先輩方から私に歩み寄ってくださり、対等に向き合おうとしてくださいました。

――創業家の長男として生まれ、ご両親から身だしなみやマナーを厳しく教育されたのでは?

もちろん両親の教えもありましたが、実家のそばにある禅寺の老師の教えが心に深く刻まれています。臨済宗妙心寺派の正眼寺です。今でも雲水と呼ばれる修行僧が数十人おり、修行に励んでいます。

若かりし日の私はそこで、人に嫌な思いはさせないこと、自分自身に対して誠実に生きていくことの尊さを教わりました。

そこでの新入社員研修合宿を、我が社では恒例としています。朝3時に起きて座禅や作務を行う生活を体験することで、自分自身を見つめ直すいい機会になると考えています。

靴の手入れには特に気を使うという遠藤社長

――身だしなみを気にかけるようになったのは、いつ頃ですか?

中学、高校と地元の学校に制服で通っていましたので、大学入学で上京してはじめて服装について自分なりに考えるようになりました。まず当時流行っていたアイビールックに出会い、ファッションとしての装いを気にかけるようになりました。

大学時代にアメリカを回るバックパッカーの旅をしていました。ニューヨークに差しかかった際、父親の知り合いの方に高級レストランへ連れていっていただく機会がありました。いつも通りカジュアルな格好をしていた私は、レストランのドレスコードに抵触してしまい、人にジャケットを借りてやっと入ることができました。この苦い経験から、TPOにあわせた身だしなみを心がけねばならないと痛感しました。

服装が与える印象は、国際的信頼関係を生む共通言語

――スーツのブランドはどのように選んでいますか?


今日着ているのは「ブリオーニ」で仕立てた一着です。20年ほどは、このブランドを気に入って購入しています。重厚なイギリス系や実用的なアメリカ系よりも、軽やかさを感じさせるイタリア系のスーツをなんとなく選んでいますね。

地元・岐阜のテーラーさんに通っていたのですが、トレンドを敏感に意識するようになり、海外ブランドでつくるようになりました。ビジネスにおいて戦闘服であるスーツは、フィット感だけでなく、流行にも気を配ることでよりよい印象を相手に与えることができるはずです。

――スーツを着るうえで、心がけていることはありますか?

とにかくシワが目立たないように気をつけています。自分でブラシをかけたり、シワを抑えるスプレーでケアを怠りません。きちっとネクタイを襟に収めるなど基本的なことも、もちろん気にしています。

スーツを上手に着くずすことで、くだけた印象を効果的に演出する方法も最近では見受けられます。しかし、自己表現を優先するのではなく、相手を尊重した服装をすることが私のポリシーなので、スーツはあくまでビシッと着こなします。

――そうした服装への心構えも、ビジネスの成功に繋がっているのでしょうか?

意思決定の速さが成功の大きな要因のひとつですが、服装が与える印象がスピーディなビジネス環境を支えているとも考えられます。たくさんの取引先企業の中でも、海外の大企業はとりわけトップが頻繁に入れ替わります。その都度ご挨拶に伺い、我が社についてご説明をさせていただいています。その際、謙虚な姿勢に加えて、折り目正しいスーツ姿によって私が与える印象が、「ミスターエンドウは聞いていた通りの人物だ」という信頼に結実していると思うのです。

すぐに使える! 自己演出テクニック

遠藤社長の眼鏡コレクションは、なかなかのもの。所有する眼鏡の数は50を超える。おもしろいことに、毎日かける眼鏡を替えているのだ。いつもスーツ姿でありながら、ワンアイテムを日々変化させることで、頻繁に顔を合わせる人にも自分の印象を強く残すためのちょっとした自己演出法だという。

遠藤宏治/Koji Endo
1955年、岐阜県関市生まれ。県立岐阜高校、早稲田大学政治経済学部卒業。79年12月、米ロヨラ・メリーマウント大学大学院修了(MBA取得)。80年3月三和刃物(現貝印)に入社。86年常務、89年副社長を経て、同年9月から現職。

text:Lefthands
photography:Sadato Ishizuka
hair & makeup:RINO