この控えめな個性こそザ・シチズンの品性

ブランド創設30周年を迎えたザ・シチズンはこの秋、その節目を記念して2つの限定モデルを発表した。ケースや文字板、さらにムーブメントまで異なるこれら2モデルには、腕時計の理想を追求してきたザ・シチズンの歩みが凝縮されていると言っていい。

まずメカニカルモデルには、世界的に見ても高精度の部類に入る平均日差-3~+5秒の自動巻きムーブメント、Cal.0200が備わる。スイス製の機械式時計の品質規格にCOSC(スイス公式クロノメーター検定協会)の認定があるが、このCal.0200はその基準をしのぐ精度を有する。ラグを廃したケースはバンドとの一体感があり、モノブロックのシャープな個性を発するとともに着装感も高められた。そして特筆すべきが文字板である。ランダムに施された曲線は、ブランドシンボルのイーグルが羽ばたく様を表現したもの。あからさまな描写ではない抽象的な表現に、日本らしい調和の美意識が感じられる。

そしてもう一つが、シチズンが得意とするエコ・ドライブモデルだ。こちらも年差±5秒という高精度のムーブメントで、さらに2100年まで修正不要の日付表示を備える。正統的なデザインのケースとバンドはスーパーチタニウム製。優れた耐傷性とクリアな色みの両立は、シチズンが有する高度なチタニウム加工技術の賜物である。文字板には、メカニカルモデルと同様にイーグルの羽ばたきに想を得た装飾が施された。宙を舞う羽を連想させるような繊細な表現はどこか日本画のような趣がある。

時計
今秋発表された「ザ・シチズン/30周年記念限定モデル」から、「メカニカルモデルCaliber0200」(左)と、「高精度年差±5秒エコ・ドライブ」(右)。共に時代を選ばない普遍性を基調としながら、メカニカルモデルはややスポーティー感があり、エコ・ドライブモデルは実用本位の端正さが際立つ。(左)NC0201-54A(特定店限定モデル)。ケース、バンドはステンレススティール。ケース径40mm。自動巻き+手巻き。5気圧防水。71万5000円。世界限定300本。2025年12月11日発売予定。(右)AQ4100-57C。ケース、バンドはスーパーチタニウム(デュラテクトプラチナ)。ケース径38.3mm。エコ・ドライブ。10気圧防水。44万円。世界限定500本

2本を並べてみると、外装や文字板の色みは似通っているものの、つぶさに見ていけばほぼ全てが異なっている。さて、悩ましいのはどう選ぶか。程よいスポーティー感が欲しい、機械式時計特有の動きを味わいたいというならメカニカルを、より高精度を求める、数日着用しなくても動き続けてほしいというのであればエコ・ドライブを、ということになるだろうか。どんな場面にも、そして今後数十年と着用できるデザインは共通項である。

トップレベルの加工技術が品格をもたらす

冒頭で「ザ・シチズンの歩みが凝縮されている」と述べたように、この2モデルはザ・シチズンが30年にわたり積み重ねてきた技術、ノウハウ、そして美的表現の集大成的モデルである。これらを例に取りながら時計作りのDNAを掘り下げるならば、まずは普遍的なデザインであることだ。

ザ・シチズンが誕生した1990年代は、腕時計デザインが自由で多彩、それぞれに個性が光るモデルが多く見られた時代だった。そんな中、ザ・シチズンが創設時から掲げたのが「共に一緒に生きていくこと」というコンセプトだった。一過性のファッションアイテムではなく、身に着ける人の人生を通して寄り添うロングライフな時計を標榜し、普遍的なウオッチデザインを提案したことに驚く。それから30年を経た現在も、ザ・シチズンの時計はどんなモデルであっても簡潔で端正な顔つきを湛え、それ故に優れた視認性を有する。

時計
一般的に、ケースからラグを省くとビンテージ調のテイストに流れてしまうが、メカニカルモデルは多面構成のデザイン、ラウンド形ベゼルとのバランス、そしてサテンとポリッシュの磨き分けで現代的なフォルムを獲得。バンドのリンクの設計も現代性に一役買っている

その普遍的なウオッチデザインの品格を押し上げているのが、外装をはじめとするパーツの加工精度の高さである。

かつて当サイトで「ザ・シチズンの時計を1億画素を有するカメラで撮影する」という企画を試みた。高品質と言われる日本の時計作りがどこまで高品質かに迫るためだったが、実際に撮影してみると現場がざわめいた。針やインデックスにどれほどフォーカスしても欠けやゆがみが見られず、どこまでも精密に仕上げられていたからだ。超高精細なカメラは肉眼では見えないものまで映し出す。自社で一貫して時計製造を行うマニュファクチュールというだけでなく、その素材加工技術のレベルの高さも映し出したのである。

文字盤
エコ・ドライブモデルのダイヤルのアップ。面取りが施された時分針、光を受けやすいように多面で構成されたバーインデックス、ブランドシンボルのイーグルマーク、そして肉厚に施されたシチズンのロゴなど、どこを見ても精度が高い。ロゴが浮いたように見えるのは、文字板が上板と下板から成る2層構造になっているため。上板の裏面に羽のパターンを施してアイボリーカラーに着色し、下板にメタリックな質感を施すことにより美しい輝きを創出している

さらに内部機構にもまた、ザ・シチズンのDNAが垣間見える。ザ・シチズンのムーブメントはクオーツから始まり、後にエコ・ドライブが搭載されるようになった。ここでもシチズンは精度にこだわり、年差±5秒、そして年差±1秒のエコ・ドライブへと開発を進めた。しかしながら、1990年代以降はスイス機械式時計が復興し、国内でも年々、人気が高まった時代である。シチズンがどれほどすごい開発を遂げたとしても、時計業界の中には「やっぱり機械式じゃないと……」といった空気感が多少なりあった。

そんな色眼鏡で見ていたわれわれ時計関係者の認識を変えたのが、2019年にシチズンが発表した自動巻きムーブメント、Cal.0200である。11年ぶりとなった新開発の機械式ムーブメントで、前述のようにスイスのCOSCの基準を上回る高い精度を実現してみせたのである。この発表は「シチズン=電子時計に長けたメーカー」というそれまでの認識を、電子時計も機械式時計も製造できるトータルウオッチメーカーへと刷新し、さらにどんな駆動方式でも高精度を実現できるだけの機械技術を持つメーカーであると認識させるのに十分なインパクトがあった。

ケース裏
メカニカルモデルのケース裏からは、平均日差-3~+5秒の高精度を誇るCal.0200が眺められる。写真手前、リング状のテンプには、ひげぜんまいに触れずに精度の微調整が行えるフリースプラング式を採用した。毎時2万8800振動で約60時間のパワーリザーブを有する。ローターのオープンワーク、受けやローターに施された面取りや筋目模様など、丁寧な仕上げも見もの

工業製品と人をつなぐ“緊張と緩和”の妙

デザイン面で言えば、近年、ザ・シチズンの大きな特徴になっているのが、時計に情緒をもたらすような文字板の表現である。こうした方向性のきっかけは、和紙という新しい素材に出会ったこと。日本古来の素材であり、エコ・ドライブに必要な光を透過する素材であり、なおかつ豊かな風合いを持つ和紙は、シチズンにとって理想的な素材だった。

この和紙を文字板に用いたモデルを2017年に発表すると、以後、和紙に藍染や金・銀・プラチナ箔を施したもの、カラーグラデーションで深みを与えたものなどを次々と製作。本来は無機的な工業製品である腕時計に情緒的な表情を与える文字板は、いまやザ・シチズンのシグネチャーになっている。この流れを受けて、和紙を使わずに電鋳という技法で新しい表現を試みたのが冒頭で取り上げたメカニカルモデル。ゆがみのないパーツの精密さと対を成すようなリラックス感。緊張と緩和のバランスが心地よさにつながっている。

文字盤
メカニカルモデルの文字板のアップ。意図的に不規則に描かれた曲線の彫り込みは、電気めっき技術を応用した電気鋳造の製法による。彫りの方向がまちまちであるため、光の受け方によってそれぞれ異なる陰影を落とし、自然の移ろいのような情趣も感じさせる

そして最後に付け加えたいのが、アフターサービスの充実ぶりである。販売後のユーザーのことをどれだけ真摯に考えているか、メーカーの姿勢が如実に現れるのがメンテナンス面である。

この分野でもザ・シチズンは業界に先駆けていた。ブランド創設時の1995年に、クオーツ時計で業界初となる10年間無償保証の提供を開始。現在は、シチズンオーナーズクラブに登録すると、メカニカルモデルで最長5年、エコ・ドライブモデルで最長10年という長期の保証が受けられる。「共に一緒に生きていくこと」というコンセプトをアフターサービスの面でも体現する。

本質を追求して獲得した“日本の美”

ところで、かつて「日本からは高級時計が生まれにくい」と考えられていた時代があった。日本は量産品を作る国で、高級品が得意なのはスイスやドイツである、と。日本が電子技術で世界をリードしていた20世紀後半は、まさにそんな時代だった。それから数十年を経た今、クオリティーの面で世界と渡り合えるブランドが登場し、高級時計と呼ぶにふさわしいブランドも現れている。その一つが他でもない、ザ・シチズンである。

「共に一緒に生きていく」というコンセプトを掲げて誕生してから30年、ザ・シチズンが一貫してきたのは、人が身に着ける道具としての腕時計の理想を追求することである。機能的・性能的な合理性をベースに、実際の使用感やユーザーの声を傾聴しながら実用性を磨き続ける中で、独自の美しさも獲得してきた。

こうしたものづくりのプロセスや完成したプロダクトを知ると、そこには“用の美”に似た思想が感じられる。1920年代に民藝運動を牽引した柳宗悦によって提唱されたこの思想は、現在も日本のものづくりやデザインに携わる人々に影響を与え、国内はもとより海外からも高い評価を得ている。日々の暮らしに溶け込む日用品の美しさ、あるいは人が使ってこそ育まれる実用性の中にある美しさ。そんな思想に通じるようなザ・シチズンの腕時計に、スイスやドイツとは一線を画する日本らしい高級時計の姿を見た、と言えば言い過ぎだろうか。少なくともザ・シチズンをよく知る時計関係者の中には、異議を唱える者はいないはずである。

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photograph:Masahiro Okamura(CROSSOVER)
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