シングルモルトを大好きな人間が造っている

「まずは、作り手側が熱いファンであること。そこから消費者の間にも熱いファンが生まれる。われわれの場合、私自身も従業員も、そして最高蒸留・製造責任者のビル・ラムズデン博士も、大のシングルモルト好き。一人ひとりがアンバサダーとして皆さんとコミュニケーションを取っている。シングルモルトを大好きな人間が造っているというのがまず一つです」

そう答えるのは、ザ・グレンモーレンジィ・カンパニー社長兼CEOのキャスパー・マクレー氏だ。同社は高級ブランドのコングロマリット、LVMHグループの一員で、グレンモーレンジィとアードベッグの2つのスコッチウイスキーを手掛ける。キャスパー氏は2018年からマーケティングおよびコマーシャルチームの責任者として、ブランドの改革やキャンペーンを主導。売り上げを2倍以上に伸ばしたという。

キャスパー・マクレー
キャスパー・マクレー。ザ・グレンモーレンジィ・カンパニー社長兼CEO。2018年から、マーケティングおよびコマーシャルチームの責任者として、グレンモーレンジィとアードベッグのブランドの変革とキャンペーンの陣頭指揮を取る。Eコマース事業の強化も担った。2023年7月より現職

「ブランドの熱いファンを作るために必要なことは?」との問いに対するキャスパー氏の答えが、冒頭のコメントだ。

「それを踏まえたうえで、2つのことが重要です。まずは最高品質のウイスキーを造ること。自分たちが納得したものを造ればそれがバーテンダーやリテーラーの方に伝わって、一般の消費者を盛り上げてくれる。同じような考えを持つ蒸留所は他にもあるかもしれないが、われわれの質の高さは、シングルモルトの受賞数の多さが示している」

スコッチウイスキーの産地は大きく6つのリージョンに分類され、グレンモーレンジィはスコットランド北部のハイランド地方を、アードベッグは同西部に位置するアイラ島を拠点とする。ウイスキー業界では毎年、世界的な品評会やコンペティションが開催されるが、ウイスキー愛好家が最も注目するシングルモルトの部門において、ハイランド地方で最も受賞歴が多いのがグレンモーレンジィであり、アイラ島で最も受賞歴が多いのがアードベッグである。質の高さが客観的に証明されているというわけだ。

ファンを生み、ファンをつなげる“エンバシー”

「そして2つ目がクリエーティビティー。消費者の方に共感してもらえるようなクリエーティブなものを発信することです」

おいしいウイスキーを造ってさえいれば自然とファンが増える、という時代ではもはやない。嗜好品の中の嗜好品ともいえるシングルモルトの世界でも、ブランドイメージを伝えることが重要だという。

「昔、有名なアドバタイザーがこんなことを言った。“人々はウイスキーを飲んでいるのではなくて、ウイスキーのイメージを買っているのだ”と。これはある程度、真理を突いていると思う。だからといってコマーシャルを数多く打てばいいわけではない。重要なのは、個人が薦める言葉です。シングルモルトを初めて口にしたきっかけを聞くと、およそ75%の人が“友人や家族、バーテンダーに薦められて”と答えている。シングルモルトに精通した友人やバーテンダー、インフルエンサーが薦めること。そこが一番重要だと考えている」

専門家や愛好家が薦めるものを試してみた、という経験は、多かれ少なかれ誰しも身に覚えがあることだろう。特に消費財の中でも高額品になるほど、専門家の助言を聞きたくなるものだ。いくつものシングルモルトを味わい、その違いを解するバーテンダーや愛好家に向けて、最高品質の味わいとブランドの世界観を発信する。彼らのお墨付きが得られれば、今度は彼らがアンバサダーのような立ち位置で広く一般に知らしめてくれる。狙いはシングルモルトに精通した人々。キャスパー氏の戦略は明確だ。

その具体例がいくつかある。まずは、アードベッグの「エンバシー」と呼ばれる取り組みだ。これはアードベッグに精通したスタッフがいて、品ぞろえも豊富なバーやリテーラーのこと。現在、日本に50店舗あるという。アードベッグは世界で約20万人という最大級のファンクラブ(アードベッグコミッティー)を持っており、そのうちおよそ5.5万人が日本のファンだという。彼らが集う場としてもエンバシーが機能している。

そしてもう一つが毎年行っているイベント、アードベッグ・デーである。

「アイラ島では毎年、フェス・アイラというウイスキーの祭典が開催され、その最終日にアードベッグが一番大きいパーティーを開催します。世界各国から人が集まって大きくなったので、海外でも体験してもらおうということで始めたのがアードベッグ・デーです。今では世界各国で開催しているけれど、日本の方はちょっと特殊というか、偏愛ぶりがすごい。他とは違うサブカルチャーを愛する日本人だからこそここまで入れ込むのか、と私は見ている。世界で一番すてきな、ファンシーなドレスをまとっているのが日本のファンです」

宇宙のような異次元の空間を創出
5月下旬に東京で開催されたアードベッグ・デー 2025から。「高重力(ハイ・グラビティ)実験」のテーマから宇宙のような異次元の空間を創出。限定ボトル「アードベッグ スモーキーバース」のほか、ゲストを楽しませるコンテンツも多数用意された

シングルモルトはもっと楽しいものであるべきだ

一方、グレンモーレンジィではまた異なるアプローチを取る。今年の初めからスタートしたのが、ハリソン・フォードを起用したグローバルキャペーンだ。

「伝えたかったのは、グレンモーレンジィの故郷がハイランドであること、そしてウイスキーがどうやって造られているかということ。ただ、それを真面目に、説明的に伝えるのではなく、皆さんに楽しんでもらえるようなストーリーになるよう、語り手を選びたかった。語り手にハリソンを選んだ理由は次の4つ。本当にシングルモルトが好きだという真正性、自分が好きなものしか薦めない信頼性、今でも第一線で活躍するアクティブさ、そして最後がユーモアのセンス。ウイスキー造りは真剣だけど、それをユーモアを交えて伝えたいという希望にもぴったりだった」

フィルム制作時のオフショット
フィルム制作時のオフショットから。ビル・ラムズデン博士から贈られたグレンモーレンジィを手にするハリソン・フォード。撮影時の和やかな雰囲気がフィルムにも現れている

完成したのは、ハリソン・フォードがスコットランドのハイランドを訪れ、その大自然や古城、蒸留所、そして現地の人々に出会うという12のエピソードフィルムだ。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・スコットランド」と名付けられたこのムービーは、現在、グレンモーレンジィの公式ウェブサイトで視聴できる。ちなみに出演者の多くは実際の従業員とのことだが、これは蒸留所を見て回ったハリソン・フォードのアイデアだという。30年も40年も蒸留所に勤める大の男が「あのハリソン・フォードと共演できる!」と浮足立っていたなんていう裏話を聞くと、視聴しながらつい口元が緩んでしまう。

さて、ここまで見てきたように、キャスパー氏がこの7年で注力してきたのはCRM、顧客との良好な関係の構築であることは間違いない。それらの施策から一貫して感じられるのは、「顧客に楽しんでもらいたい」というシンプルな思いだ。

「シングルモルトを造るには、時間も労力も費用もかかる。だからこれまでは真面目に、真剣に伝えることが多かった。でも私の考えでは、シングルモルトはやっぱり楽しいものでなければならない。なぜかというと、人生で最も貴重なものは友人と時間。友人との最大限の楽しみ、そして価値のある時間を生み出すのがシングルモルトだと思っているから」

確かな品質があって、非日常の楽しみがあって、シングルモルトの楽しみ方を熟知したリーダーがいる。世界中、多くのファンに親しまれるのも納得である。

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