お洒落は自分だけのためならず

社会的に階級意識の根強いヨーロッパ諸国では、仕事場でもホテルでもレストランでも、見た目によって歴然と人の扱いが変わってくる経験をしたことがある人も多いはず(そのことにすら気づかない人もいるが)。もしも一流レストランで「なぜこんな隅の席に通されるのだろう?」と不満を感じたならば、不平を口にする前に御手洗で鏡を見て、自分の身なりをチェックしてみよう。自分はその店で食事をする客の「模範」あるいは「手本」として見えるかどうかを。

ある程度以上の地位や身分にある者は、それなりの装いの術、つまりドレスコードを心得ているだけでなく、実際に相応の投資をして、comme il faut(コム イル フォ=かくあるべき)たる身なりを整えておくべきだろう。それは自らのポジションに対して、自分自身に対して、そして行動や場所を共有する他の人間に対してのリスペクトの表明にも通じる。「お洒落は自分だけのためならず」である。

さて、気をつけるべきはONの服装だけではない。むしろスーツを脱いだOFFのシーンにこそ人間の「素地」が見え隠れするものなので、ゆめゆめ油断することのないように気をつけたい。そして装いの要が、靴であるということも。それはなぜか? 靴は身につけるものの中で何よりも、よく手入れされているか、つまり美しく磨かれているかどうかを雄弁に語るからだ。「足元を見れば、人間が分かる」とは、何を履いているかだけでなく、誰がどう履いているか、人の内面までが表れるという意味なのだ。

TPO+Pから考える靴選び

これまで漫然と選んでいた靴を、ONとOFFのバランスを考え、対の存在として見てみることをお薦めしたい。ONの靴選びは、いわゆるTPO(Time=時、Place=場所、Occasion=場合)に加えてもうひとつのP(Position=自分の地位、身分)も鑑みると、自分にふさわしいブランドやスタイル、価格帯まで見えてくる。その同じTPOにPを加えたTPPOの観点から、次はOFFの靴を考えるのだ。

例えば今回は、男性の装いの基本にしてルーツとなる英国靴から、ON/OFFそれぞれの1足を選んで紹介しよう。まずはONの靴、ジョセフ チーニーの「ウィルフレッド」である。

誰に会っても恥ずかしくない、王道の一足

ジョセフ チーニーのセミブローグシューズ〈ウィルフレッド〉。端正なセミスクエアトゥがスーツスタイルを格上げしてくれる/JOSEPH CHEANEY〈WILFRED〉6万9千円(税別)

「革靴ならばどれも同じ」ではない。大きくは、バルモラル(内羽根式)とブラチャー(外羽根式)の2種類に分けられ、前者がフォーマル&タウンユース、後者がカジュアル&アウトドアユースというのがそもそもの生い立ちの違いである(今回取り上げるONとOFFの2足もそれぞれ該当している)。

スーツを正しいドレスコードで着こなす場合、靴はバルモラルに限る。ブラッチャーを合わせてもいいのは、ジャケットスタイルまでである。まずここを押さえておかないと、ヨーロッパでは口には出さずとも、「わきまえていない人」と誰かが心の中でそうあなたを値踏みしていると考えるべきだ。

そしてバルモラルの中でも、最も真面目でフォーマルなのはストレートチップ、あるいは見た目のとおりキャップトゥと呼ばれるスタイルである。しかしシンプルさゆえに、これをスマートに履きこなすにはトータルの着こなしが一分の隙もない完璧さにまとまっている必要がある。平たく言えば、上級者向けということになろう。

そこで今回選んだのは、フォーマルさでいうとその次の順位に相当するセミブローグ・スタイル(より細かく言えば、その間にクオーターブローグと呼ばれるスタイルもある)。キャップトゥやレースステイ、ヒールキャップなどのステッチ部分にブローギングと呼ばれる穴飾りを施したものだ。このブローギングがいかにもトラディショナルでオーセンティックな雰囲気を醸し出し、エグゼクティブのスーツの着こなしに望ましい風格と品位を添えてくれる。

〈ウィルフレッド〉のサイドビュー。各所に施されたブローギングの美しさが映える

一足目としては、まず黒を選んでおこう。そうすれば、相手がたとえ大社長であろうと大統領であろうと、どんな偉い人に会っても恥ずかしくない。茶色を履きたいのなら、これが自分のものとして十分馴染んでから入手する二足目以降にしておこう。

グッドイヤーウェルト製法でつくられる〈ウィルフレッド〉のレザー製アウトソール。張替えにより、一生履き続けることができる

では、どんなブランドから選ぼうかとなった時、ぜひお薦めしたいのが、今回ご紹介するジョセフ チーニーである。創業は1886年。英国靴の総本山、ノーザンプトンで今日も熟練の職人の手によって一足一足丁寧につくられている。上を見れば、世の中には10万円を超える靴も幾らでもあるが、チーニーはそれらに勝るとも劣らない高品質を誇りながら、価格においてはまさに英国の良心を感じさせるバリューなアンダー10万円をキープ。無論、底がすり減れば付け替えし、一生モノとして愛用するにしくはない本物である。今回のテーマであるセミブローグのモデル名は「ウィルフレッド」。あなたの着こなしの格を上げてくれる、正真正銘のONの靴として、ぜひ機会があれば試してみてほしい。

英国王室御用達の王道カントリーシューズ

トリッカーズのカントリーシューズ〈モールトン〉。7アイレットのアンクル丈となる/TRICKER'S〈MALTON〉M2508 7万7千円(税別)

OFFの日の服装にこそ、先述したとおり、その人の素地が表れてしまう。ウォーキングシューズはウォーキングの際に、スニーカーはジョギングの際に履くもの。例えば郊外やアウトドアに行楽に出かける、あるいはクルマで遠乗りして湖畔の美術館やレストランを訪ねるといった際には、こちらも先述したようにTPPOに適った靴を選ぼう。

まず一足目に買うべきは、王道中の王道、定番中の定番である、英国王室御用達ブランド、トリッカーズの「モールトン」をおいてほかはない。フルブローグ、ないしはウィングチップと呼ばれるスタイルは、やはりトラディショナルでオーセンティック。さらにエイコン(=ドングリ)と呼ばれる明るい茶色が、休日にふさわしい華やかで洒落た雰囲気を醸し出してくれる。

〈モールトン〉の風格あるサイドビュー。写真のエイコン以外にもブラウンやブラックもラインアップされている

シーシェイドと呼ばれる同ブランド十八番の革素材は高い防水・防汚性を持ち、さらに今回紹介するモデルはダイナイトソールというラバーソールを備えており、これからの雨が降りがちな季節にはことさら重宝する機会も多いだろう。

〈モールトン〉のアウトソール。厚みの少ないダイナイトソールは、雨の日の街中で履くのにも便利

そもそもは貴族が野山に出て狩猟をする際に履いた靴でもあることから、ジャケットやニットとの相性も抜群。英国スタイルを楽しむのなら、秋にはオイルドコートやツイードジャケットと合わせるとより雰囲気が出るだろう。機能性に加え、クラス感を感じさせるこの靴も、一生モノでありながらやはり良心的な価格であることを追記しておきたい。

問い合わせ情報

問い合わせ情報

JOSEPH CHEANEY
BRITISH MADE 銀座店
TEL:03-6263-9955

TRICKER'S
トレーディングポスト 青山本店
TEL:03‐5474‐8725

text:Shigekazu Ohno(lefthands)
photograph:Takao Ota