将軍家御用達を務めた老舗の逸品

江戸の城下町として栄えた日本橋には100年以上の伝統を受け継ぐ名店が今も多く残っている。和菓子店「長門」もそのひとつだ。創業はおよそ300年前、八代将軍・徳川吉宗公の時代。将軍家の御用菓子司として菓子を献上していたという由緒ある一軒である。

そんな老舗の名物が、今回紹介する「久寿もち」だ。商品名は“くずもち”だが、わらび粉でつくられたわらび餅である。14代目の菱田敬樹さんが誕生秘話を教えてくれた。

「わらび餅はもともと関西で親しまれていた和菓子です。昭和のはじめ、関西でわらび餅を食べた先代がいたく感動し、自分の店でもつくろうと決めたそうです」

当時、東京ではわらび餅がほとんど普及していなかった。未知のものを、どうすれば客がすんなりと受け入れ、買ってくれるか……。

「考えあぐねた先代が目をつけたのが、東京で馴染みのあったくず餅です。その名を借りて、形もくず餅のように三角形にして、黄な粉をまぶし、商品化したわけです」

堂々と別物の名をつけて、見た目まで模してしまったというのだから、おおらかな話だ。しかし、色白でむちっとした食感のくず餅と、飴色でぷるっとした歯ごたえのわらび餅は、似ているようで非なるもの。当時、このくず餅は一体何だ!? と驚く客もいたのではないだろうか。そう菱田さんにたずねると、茶目っ気のある笑顔で答えてくれた。

「いらっしゃったでしょうね。今でも、実はわらび餅だとご存じないお客様もいらっしゃって、説明すると“どおりでくず餅とは歯ごたえが違った”などと驚かれますから」

「久寿」の字が見える包装。縁起のよい言葉なので、年配の方に差し上げても喜ばれる

わらび餅の原料は希少な高級素材

ところで、わらび餅に使われる“わらび粉”の正体は何か。

名前から察する通り、原料は山菜でおなじみのわらび。その根っこだけが用いられる。採取した根を粉砕し、取り出した原汁を何度もろ過し、精製された澱粉を乾燥させればわらび粉となる。手間がかかるうえ、澱粉の歩留まりは1割にも満たない。そもそも、和菓子の材料となる国産のわらびは収量自体が少ないため、わらび粉は希少だ。和菓子界の高級素材として扱われている。

スーパーやコンビニでもわらび餅と銘打った商品が並んでいるが、タピオカやレンコンの澱粉を原料にした品物が圧倒的に多い。もちろんそれなりのよさはあるが、わらび粉でつくったものとは味も食感も別物である。

長門の「久寿もち」は、国産のわらび粉を使用した正真正銘のわらび餅。ぷるんとした独特な歯ごたえ、なめらかな舌触りが心地よく、何度味わっても飽きがこない。

珈琲や酒にも合う、夏向きの味

このむっちりとした質感が、コーヒーやお酒など強い味の飲み物にも合う

「久寿もち」は、暑い季節は冷やすと一層おいしい。ただ、冷やし過ぎると特有の弾力が損なわれるので、食べる直前に冷蔵庫で15分ほど冷やすくらいがちょうどいい。合わせる飲み物はお茶が定番だが、実はコーヒーも合う。香ばしくほろ苦い黄な粉の風味が引き立ち、豊かな香りの余韻が楽しめる。また、菱田さんからこんな組み合わせも教わった。

「お酒にも合います。辛口の日本酒もなかなかでしたが、芋焼酎と合わせると落ち着いた甘さが楽しめます」

近頃は、甘いデザートと酒の組み合わせを提唱するレストランやバーが登場し、その意外な相性に目を向ける旨いもの好きも増えてきた。新しい食べ方は人を興奮させる。ぜひ、手土産を渡す相手にも、伝えて差し上げるといいだろう。

夕方前には売り切れてしまう日が多い。確実に入手するために、ぜひとも取り置きを。

【店主から一言】

菱田敬樹さんは14代目の店主
「先代から引き継いだ味を守り、体に染みこんだ勘を頼りにしながら日々、つくり続けています。コシのある独特な食感をお楽しみください」

問い合わせ情報

問い合わせ情報

「長門」
東京都中央区日本橋3-1-3
TEL:03-3271-8662
商品:久寿もち
価格:890円
販売:一つから
日持ち:2日間
営業:10時~18時 日曜、祝日休み

text: Yoko Yasui
photograph: Hiroshi Okayama