原酒の熟成にはピークがある

ウイスキーのボトルの多くには、8年、10年、12年などと熟成年数が記されているのをご存知だろう。バーのメニューに、銘柄と並んで熟成年数が記されていることが多い。そして熟成年数が長いほど高価になる傾向があるため、ウイスキーは「熟成年数が長いほど良い物だ」と認識している人も多いはず。

だが、その考え方に異を唱える人がいる。キリンビールでウイスキーのマスターブレンダーを務める田中城太さんだ。権威ある国際的なウイスキー・アワード、「アイコンズ・オブ・ウイスキー」の2017年大会において世界最優秀ブレンダーを受賞した、日本を代表するブレンダーである。

キリンビール、マスターブレンダーの田中城太さん

「熟成年数の長さは、確かにウイスキーの品質を決める指標の一つです。ですが、長く寝かせればいいというものでもありません。重要なのは、熟成の度合いであり、熟成しすぎると原酒本来の特長が弱まってしまうのです」と田中さん。

いま一度ウイスキーの製造工程を簡単におさらいしておこう。まずは大麦麦芽だけで、あるいはトウモロコシやライ麦など穀類の主原料に大麦麦芽を加えて発酵させた後、蒸留する。前者がモルトウイスキー、後者がグレーンウイスキーの蒸留液として原酒のもととなる。それらの蒸留液を樽に入れて熟成させる。このときに用いる樽もさまざまな種類があり、この樽のセレクトもまた原酒それぞれに個性や特長を与える重要な作業だ。こうしてできた原酒のうち、単一の蒸溜所でつくられたモルトウイスキーだけをボトリングしたものをシングルモルトと呼び、タイプの異なる複数のモルトを混ぜ、さらにグレーンウイスキーを加えて味わいを調和させたものをブレンデッドウイスキーと呼ぶ。

田中さんが話す「原酒本来の持ち味が弱まる」というのは、熟成が進み過ぎると樽由来の香味が強く出すぎてしまい、熟成によって生まれる香味のバランスが崩れ、本来の特長が弱まってしまうことをさしている(下図参照)。

熟成のピーク(マチュレーションピーク)のイメージ図。熟成のしかたは、原酒によって異なる

「原酒には、本来持っている香味の特長や個性が最もよく表れるタイミングがあり、その期間を“マチュレーションピーク”と呼びます。熟成の初期段階では未熟で香味が刺激的で味わいも粗いのですが、樽での熟成が進むと、フルーティーさや華やかさが徐々にあらわれ、そして樽熟香と呼ばれる甘く香ばしい風味が原酒に生まれます。複雑さが増すと同時に味わいもまろやかになり、香味のバランスが良くなる。この時期がマチュレーションピーク、いわゆる円熟期です。ここを超えると熟成度合いが進み過ぎ、樽由来の香味が強くなり、バランスが崩れてしまい原酒の個性や特長が弱まってしまうのです」と田中さんは説明する。

マチュレーションピークは原酒の酒質やつくり方によって異なり、グレーンウイスキーは一般的にはモルトウイスキーよりも熟成が早く進むそうだ。

ブレンデッドの新境地を切り開く

そもそもキリンのウイスキーづくりは、いまから45年前の1973年、富士御殿場蒸溜所を開設したことに始まった。創業当初から、熟成の年数に捉われることなく、熟成の度合いを重視したウイスキーづくりを進めてきた。2005年には、国産ブレンデッドウイスキー「富士山麓」を立ち上げた。しかし、当時の市場は、シングルモルトや熟成年数の長いウイスキーが人気を博していたという。

「富士山麓 Signature Blend(シグニチャーブレンド)」。700ml、アルコール分50%、オープン価格

「私たちキリンのブレンダーが入社以来一貫して教え込まれ、長い間守り続けてきたのがマチュレーションピークの重要性です。熟成年数というのはあくまでも目安であり、年数に捉われることなく、原酒ごとの熟成の度合いを見極めることこそが本質であるという考えが、代々受け継がれているのです。そうした創業時から守り継いできた品質基準を基軸に、富士御殿場蒸溜所のフラッグシップとなる、新たな商品をつくりたいという思いがずっとありました」と田中さん。

富士のふもとに位置する富士御殿場蒸溜所。冷涼な気候でウイスキーづくりに理想的な環境が整う

そこで商品を開発するにあたりコンセプトとなったのが、先達たちから受け継がれてきた“マチュレーションピーク”だったというわけだ。キリンの富士御殿場蒸溜所は、モルトだけでなく、複数の蒸留器を使い分けて、香味タイプの異なるグレーン原酒をつくることができる、こうしてつくりわけた多彩なモルト原酒とグレーン原酒を用い、それぞれの原酒の特長や個性を見極め、マチュレーションピークを迎えた原酒を厳選して、絶妙なバランスでブレンドしたのが「富士山麓 Signature Blend(シグニチャーブレンド)」なのだ。

富士御殿場蒸溜所の多彩なグレーン原酒とモルト原酒

グレーンは、あくまでモルトで表現される力強い味わいを調和させる、いわばモルトを飲みやすくするためのもの、というのが一般的なイメージだ。

しかし、田中さんは「富士御殿場蒸溜所の香味タイプの異なる、風味豊かなグレーン原酒は、モルトに負けない味わい深さや厚みを出す、うまみの素なのです」と話す。

さらにブレンドのポイントを「原酒の熟成の仕方やピークに達するタイミングは、原料や蒸留液の性状、熟成環境、樽の種類など、さまざまな要素が絡み合って変化します。原酒ひとつひとつで異なる熟成度合いの見極めは、マチュレーションピークを見つめ続けてきたわれわれだからできること。それぞれの原酒の特長を最大限に生かすようにバランス良くブレンドしました。これぞ45年に及ぶキリンのウイスキーづくりを代表する象徴的な商品と胸を張っていえます。ですから"シグニチャーブレンド"と名づけたのです」と自信に満ちた声で話してくれた。

原酒の香味特長が最もよく表れるマチュレーションピークを迎えた原酒たちを厳選して絶妙なバランスでブレンドしたウイスキー。では、その魅力を最大限に堪能するためにはどんな飲み方がいいのか、教えてもらった。

「温度は常温、先ずは氷を入れずにストレートで。そこから少しずつ水を加えては、その度に味わってみてください。加えた水の量により、香りの広がり方や味わいに変化が感じられると思います。熟成のピークを迎えた原酒の特長がもっとも表れているものをバランスよくブレンドしたからこそ生まれる複雑な香味は、“口の中に含んだ途端に風味が爆発する”と表現した人もいるほどです」と田中さん。

味わってみると、最初は華やかな香りが鼻に抜け、次に香ばしい甘味と樽の熟成香が感じられる。言われた通り、少量ずつ水を加えてテイスティングすると、次から次へと様々な香りが鮮やかに立ちのぼり、ある瞬間に甘みや複雑さが増してくるのだ。そして、口の中がボリューム感たっぷりの風味で満たされ、余韻が実に長く続き、豊かな気分に包まれた……。

およそ半世紀を迎えるキリンのウイスキーづくり。その一つの集大成ともいえる「富士山麓 シグニチャーブレンド」は、日本のブレンデッドウイスキーの歴史に新たな名を刻む可能性を秘めている――熟成のピークが生み出す至福の一口をぜひ、体験してもらいたい。

問い合わせ情報

問い合わせ情報

富士山麓 Signature Blend (シグニチャーブレンド)
キリン株式会社 キリンビールお客様相談室
TEL:0120‐111‐560


edit & text:d・e・w
photograph:Shoichi Kondo, Hirotaka Yabushita(portrait)