「見せるビジネスアイテム」としての魅力

万年筆は、単なる「筆記具」ではない。重要な書類にサインするときや、取引先との打ち合わせ、会議など視線を集めるビジネスシーンで、さりげなくステータスをアピールすることができる。だからこそ、どんなブランドを選ぶか、どんな価格帯のものを選ぶか、どんなデザインを選ぶか、ということは非常に重要だ。自分にとって、どんな万年筆が「正解」なのか、悩んでしまう人も多いことだろう。

そんな人たちに向けて平石さんは、「見た目重視」で選ぶことも大切、とアドバイスする。

コレクションを見れば万年筆の好みが分かるという「銀座・伊東屋」のバイヤー、平石康一さん

「万年筆選びは、クルマ選びに似ています。乗り心地や加速性能、燃費などの『機能』はもちろん大切ですが、デザインが気に入らなければ、どんなに乗り心地が良くても毎日乗りたいとは思いませんよね。一方、お気に入りのデザインなら、毎日乗りたいと思うでしょうし、視界に入るたびにハッピーな気持ちになるはずです。初めての万年筆で、書き味に強いこだわりがないという人なら、まずデザインで数本を選び、その中から最も書き心地のいいものを選んでみてはいかがでしょうか」

あまり堅苦しく考えず、ネクタイピンのようにアクセサリー感覚で胸元にあしらう、あるいは手帳との配色を考えて選ぶなど、万年筆を「見せるアイテム」として楽しんでみてはいかがだろうか。

手間と時間をかけて「自分だけの1本」を育てる楽しみ

万年筆には、他の筆記具にはない特徴がある。第一に「使い込むほどに、自分の書き癖に合わせてペン先の形が変化していく」という点。ペン先の角度や筆圧は、人によって微妙に異なる。長い年月にわたって使い込むことによって、自分好みの書き味に「育っていく」というわけだ。

そして、定期的なメンテナンスが必要という点も、万年筆ならではの特徴といえるだろう。平石さんにメンテナンスについて聞くと、「最も効果的なメンテナンスは、マメに書くこと」という答えが返ってきた。

「長く使わずにいると、インクが乾いたり詰まったりして、書き味が鈍る原因となってしまいます。短い時間でもよいので毎日使い続けると、なめらかな書き心地を長くキープすることができます。私自身は、出勤すると最初に、その日やるべき仕事を万年筆で箇条書きにすることを日課にしています。不思議なもので、気が重い仕事にも、軽やかな気持ちで臨めるような気がするんです(笑)」

加えて、毎日使っている人でもぜひ行っておきたいのが、数カ月に一度のクリーニング。ペンの先端部やインク供給部を水洗いした後、柔らかい布やティッシュで水分を拭き取り、日陰で乾燥させる。この洗浄を行うことで、心地よい書き味が戻ってくるのだ。

使い込むほどに好みの書き味に変化し、手入れを重ねるほど、ますます愛着が増す……その魅力は、長くつきあうほどに自分の足に馴染む「革靴」にも通じるものがある。多くのエグゼクティブたちが万年筆を愛用する理由は、「ビジネス人生を共に歩む相棒」と感じているからではないだろうか。

銀座・伊東屋・平石バイヤーが選ぶ「万年筆の魅力を感じる1本」

一口に万年筆と言っても、その特徴や強みは多様。そこで、平石さんに「特別な1本」と「普段使いの1本」のペアを3つ考えていただいた。ぜひ万年筆選びの参考にしてほしい。

最初の1本におすすめ「道具としての万年筆」

【上】ペリカン スーベレーンM1000 緑縞 7万5000円(税別)
実用性が高く、初心者にも玄人にも受け入れられるロングセラー。デスクに常駐させたい1本。

【下】パイロット キャップレス C-15SR・ダークブルー 1万5000円(税別)
パイロットが開発した世界初のノック式万年筆。常に携帯して、すぐに使える機動性はビジネス向き。

クラフトマンシップが生んだ「機能美」を愉しむ

【上】グラフォンファーバーカステル クラシックコレクション グラナディラ 10万円(税別)
温かみのあるウッド素材とエレガントなプラチナコーティングが美しい。

【下】ラミー2000 ブラックアンバー 7万円(税別)
ベストセラーモデルの発売50周年記念バージョン。オールメタルボディに、磨き上げられたクリップとペン先が映える。

工芸品として「所有する喜び」を味わう

【上】ナミキ 天の川 20万円(税別)
螺鈿・研出蒔絵の技法で表現された、繊細な描線や微妙な色合いが魅力。

【下】アウロラ88 サトゥルノ 11万円(税別)
イタリアにおける最初の万年筆メーカー、アウロラの代表的なモデル「88」。2018年の天体シリーズで、土星(Saturno)がモチーフ。

『万年筆バイブル』(講談社選書メチエ)

文房具専門店の伊東屋が万年筆の歴史から、構造、ブランドの特徴まで徹底解明。万年筆の知識や教養を深めたい人も初めての一本を検討中の人も、この一冊さえあれば十分だ。

問い合わせ情報

問い合わせ情報

銀座 伊東屋 本店
TEL:03‐3561‐8311


text:Akira Umezawa
photograph:Tadashi Aizawa