老舗のバーと新進の蒸留所、コラボの決め手となったもの
「厚岸蒸溜所との出会いは2018年のこと。その年、初めて出荷されたウイスキーを試飲する機会があったのですが、一口含んですぐにクオリティーの高さを感じました」
帝国ホテル 東京内、オールドインペリアルバーの支配人を務めるバーテンダーの若松健次さんは、厚岸蒸溜所との出会いをそう振り返る。
厚岸蒸溜所とは、牡蠣の名産地として知られる北海道・厚岸で2016年に稼働した新進の蒸留所だ。歴史こそ浅いもののその特徴は際立っており、スコッチウイスキーの聖地ともいわれるアイラ島の伝統製法を受け継ぎながら、そこに厚岸らしい風味を加えたウイスキーづくりを行っている。稼働から2年後の2018年に最初のウイスキーを商品化すると、そのクオリティーの高さにオールドインペリアルバーの名うてのバーテンダーたちがうなった。以来、同バーでは厚岸蒸溜所がリリースするすべての商品を扱ってきた。
そうした親密なつながりから昨年の2022年に実現したのが、帝国ホテル 東京と厚岸蒸溜所のコラボレーションボトルである。これは厚岸蒸溜所が蒸留したモルトウイスキーの原酒樽の1つを帝国ホテル 東京のためだけにボトリングしたもので、もちろん同じ樽のシングルモルトは他の店では味わえない。1樽のみ、瓶詰めすると264本の限定ボトルとなる。
コラボレーションのきっかけとなったのはもちろんそのクオリティーの高さにあるが、現地の蒸留所に足を運んだチーフバーテンダーの井戸真さんは「本質的な部分でも共感を覚えた」という。
「厚岸蒸溜所を訪れて感銘を受けたことが二つあります。一つは、本物を追求する姿勢です。例えば、厚岸に蒸留所を構えた理由はアイラ島の環境と非常に似ているから、蒸留に使用する水やピート(泥炭)は厚岸産、樽も地元で間伐されたミズナラを使用……などと、アイラをリスペクトしながら厚岸ならではの風味にこだわっているのです。そしてもう一つが、国内のウイスキー蒸留所では初めてHACCP(ハサップ。食品の安全性確保のための衛生管理方式)認証を取得したということ。蒸留所のスチル(蒸留器)の下は通常は濡れていることが多いのですが、厚岸蒸溜所はつねに清潔に保たれています。液体漏れなどの不具合があった際にすぐに発見できるように徹底されているのです。バーにとっても安全性は何より欠かせないもの。その点でも絶対的な信頼があります」
クオリティーの高さ、ものづくりの姿勢、そして安全性の徹底という共通項が決め手となってコラボレーションが始動した。ボトリングの半年ほど前の2022年の夏頃に、厚岸蒸溜所が2年半ほど熟成させた多数の原酒樽の中から、帝国ホテルのバーテンダー10名ほどがテイスティングを行って樽をセレクト。加水率も少しずつ変えながら何パターンも試飲を行った。最終的に、ストレート、ロック、ハイボールのいずれでも楽しみやすく、そしてアイラモルトの愛好家でも満足できるようにアルコール度数はやや高めの48度となった。
実際に試飲してみると、まずはアイラモルトの特徴でもあるピート香が口中に広がって鼻腔へと抜け、その後で甘い香り、そして少し遅れてチョコレートのような風味が訪れる。期待以上のインパクトがありながら心地よい余韻もあり、せわしないビジネスから解放されて豊潤な時間が楽しめそうな味わいになっている。
このコラボボトルは、帝国ホテル 東京のオールドインペリアルバー(本館中2階)の他、インペリアルラウンジ アクア(同17階)とランデブーラウンジ・バー(同1階)でも楽しめる。また、同ホテル内のレストランや客室でもオーダーが可能になっている。聞くところによると、このボトルは発売開始から2週間で10本が売れたとか。老舗と新進といった歴史の長さにとらわれることなく一流同士が通じ合ったコラボ。この機会を逃してはきっと悔やまれる。
オールドインペリアルバー
帝国ホテル 東京の本館中2階に位置するオールドインペリアルバー。シングルモルトをはじめとするウイスキー、スピリッツ、ワイン、オリジナルカクテルなどが多彩にそろう。隠れた人気がランチ利用。アルコールの注文は不要で、各種サンドイッチやハンバーガーが楽しめる。この記事で取り上げたメニューは、厚岸蒸溜所とコラボしたシングルモルトがシングルで6380円、にしんの酢漬け2900円(共に税込、サービス料15%別途)
photograph:Yuki Kurihara
edit & text:d・e・w