約100年前の“救護所”がものづくりの原点
東京駅西側のランドマーク、丸の内ビルディング。丸ビルとして親しまれるこの建物が誕生する前に、同じ敷地に立っていたのが1923年に竣工した丸の内ビルヂングである。現在、三菱地所レジデンスが展開する分譲マンションブランド「ザ・パークハウス」のルーツはここにあるという。
「丸の内ビルヂングの完成間際に大地震が発生し、多くの被災者が出ました。そこで被害が少なかった丸の内ビルヂングとその周辺を臨時の救護所として使用し、被災者の救援活動を行ったのです。現在、三菱地所グループでは安心、安全のものづくり、そして建物だけではなく街をつくるという意識を大切にしていますが、それはこの出来事で得た経験が基になっています」
そう話すのは、三菱地所レジデンスの末石由美さん。末石さんは2022年からザ・パークハウスのブランドマネージャーとしてブランドマネジメントや広告活動を担っている。
震災後、丸ノ内ビルヂングは無事竣工し、三菱地所はその後もビルを中心とした事業を展開するが、1960年代になると空前のマンションブームが到来。時代のニーズに応えるように、1969年にマンション事業の第1号となる「赤坂パークハウス」の分譲を開始する。この赤坂パークハウスはハイグレードの建材や当時最先端の住宅設備もさることながら、入居者の要望に合わせて設計変更を行ったことが何よりも画期的だった。ここで得た高い評価と信頼がその後の「パークハウス」ブランドの発展の足がかりになった。
そして2011年に、三菱地所の住宅部門、三菱地所リアルエステートサービスの住宅販売部門、そして藤和不動産の3者が統合し、三菱地所レジデンスが発足。それまでのパークハウスを引き継ぎながら新しいスタートを切ったのが「ザ・パークハウス」ブランドである。
自社・他社問わず、マンション居住者の声を聞く
このザ・パークハウスは「一生ものに、住む。」をコンセプトとして掲げる。購入直後だけでなく、長年暮らした後も満足してもらえるような住まいを目指し、その実現のために「5つのアイズ」という自社基準を設けている。中でも特色がよく表れているものがいくつかある。まずは建物の品質管理に関するものだ。
「私どもでは設計から施工、完成に至るまでの4つのチェックを総称してチェックアイズと呼んでいます。特に強みだと考えているのが、施工時の中間検査と引き渡し前の完成検査のレポートです。新築マンションは建物の竣工前に購入していただくことがほとんどで、建設中の工事状況を実際に見ていただくことはできません。そこで、工事状況や検査結果を写真付きでレポートにまとめてお渡ししているのです。他にアフターサービスでも共有部分の補修点検などを行ったものは、レポートをご提出しています」
また、設計や設備仕様の面では、同社の原点である“安心、安全のものづくり”という意識が貫かれている。エントランスの床に非光沢の石を使うのは、雨の日でも滑りにくくするため。壁に凹凸がない平滑な素材を使うのは、仮にぶつかった際もけがや洋服が破損する可能性を減らすためと、その意識は素材1つにまで及ぶ。
さらに、ものづくりの面でユニークなのが、同社で「アイズプラス」と呼んでいる取り組みだ。
「簡潔に言うと、お客さまの声を軸にしながら、プロの視点を入れて新しい価値をつくっていくという取り組みです。弊社では数年に1度、大規模なアンケート調査を行っています。対象は国内のマンションにお住まいの方全て。他社のマンションにお住まいの方からもご意見を頂いて、新しいものづくりに生かしています。この数年で改良したもので好評なのは、洗面化粧台の使い勝手ですね」
一般的な洗面台を思い浮かべてほしい。カウンターの中央に洗面ボウル、その左右にわずかなスペースがあり、洗面ボウルの前に1人が立つと他の人が身支度するスペースはほとんどない。特にせわしない朝や大人数の世帯では洗面ボウルの奪い合いが発生することも。
そんな居住者の悩みを受けて開発したのが、洗面ボウルを片側に寄せた洗面化粧台。これにより洗面ボウルを使う人とカウンターを使う人、2人が一度に身支度できるようになった。設計や施工などの面でメーカーとの協議は要したものの、実際に供給を開始すると入居者から好評を得て、現在では標準仕様になっているという。
ザ・パークハウスが“生態系の再現”に取り組むわけ
そして、現在あらゆる企業の責務となっている環境配慮についても、ザ・パークハウスは先進的な位置にある。
2013年には消費エネルギー量の見える化にいち早く取り組み、「マンション家計簿」という独自のツールを製作。ザ・パークハウスの環境性能を伝えるとともに、省エネ行動を喚起することを目的とした。SDGsなどというワードが登場する前のことである。それから十数年、業界全体が変化している現状を見れば、時代を先取りしていたことは明らかであろう。
そうした環境に真摯に向き合う姿勢はいまだ変わることなく、CO2削減やゼッチ・マンション・オリエンテッド(※)への対応など、現在の取り組みも多彩で先進的だ。中でも独自色が強いものが2つある。まずは型枠コンクリートパネルのトレーサビリティ強化である。
※ ZEH‐M Oriented。住棟全体の年間エネルギー消費量を、現行の省エネ基準値から20%以上削減する省エネ性能
「マンションの建設では、コンクリートを流し込むための型枠にかなりの量の木材を使用します。それらの木材の産地がどこか、適切に管理されているのか、どういうサプライチェーンを経たものかなど、トレーサビリティを確保できる仕組みづくりを推進しています。輸入木材については熱帯雨林減少の問題に加え、伐採地の先住民の立ち退きや労働者の人権侵害が国際的な問題になっています。正当に調達された木材を使用することで、違法な木材を極力使用しないよう協力業者に働きかけるなど、森を守り、そこで暮らす人も大事にしていこうという考えです」
型枠コンクリートパネルのトレーサビリティ確保はサステナビリティを推進する上で重要なファクターになる。マンションの建設で、しかも型枠合板でトレーサビリティを確保する試みはおそらく類例がない。他に先駆けた取り組みとなる。
そしてもう1つの独自の取り組みが、同社が「ビオ ネット イニシアチブ」と呼ぶものだ。
「一言で説明すると、そこにあるべき生態系を回復させるという、生物多様性の保全を目指した取り組みです。マンション建設は開発行為ですので、そこにいた生物がいなくなってしまうのでは、という問題がやはりあります。その影響を最小限に抑えるために、その土地に由来する、またはその土地に合った樹木を選定し、生き物を呼び戻すという考え方により、マンションの緑化計画を行っています。さらにマンションを1つの森と捉えると、近隣に同じ木を植えたマンションがあれば鳥などは行き来できますよね。そういう循環を生み出すことも大切だと考えて取り組んでいます」
マンション建設時に植栽を行うだけでなく、引き渡し後には見込んだ生態系が生まれているかどうかの調査も行う。ザ・パークハウスでは2015年からこのビオ ネット イニシアチブに取り組み、累計200棟以上に導入してきた。昨年、同社が行った調査によると、近隣にいない生き物を再生する増加率(ネイチャー・ポジティブ効果)が、非導入の物件に比べて2.4倍という結果も出ている。
マンションの専有部分の内装や設備については、入居者の都合で住みながら手を入れることが可能だが、建物全体のコンセプトは100%デベロッパーに委ねられ、それを途中で変えることはまず不可能だ。だからこそデベロッパーやブランドの理念が重要な判断基準になる。
そこを重視して、数十年後にも満足できる価値の創造を目指すのがザ・パークハウスである。およそ100年前に端を発する街づくりの思想を原点に、今またサステナビリティの面でも先進的なポジションを占める。“地球ファースト”とも言うべき現代においては、住むことが誇らしくなりそうなマンションであり、そして数十年後、その思いは一段と増していそうな感がある。
photograph:Hisai Kobayashi(portrait)、MITSUBISHI ESTATE RESIDENCE(apartment)
edit & text:d・e・w