日本の高層マンションはここから始まった

空に住まう――。現代ではそれほど目新しいフレーズではないが、およそ半世紀も前にこのコンセプトを提起していたのが三井不動産である。

高度経済成長真っただ中の1960年代、都心部では住宅の密集化という事態が生じていた。この事態に対処すべく、それまでの“横に広げる”住宅造りから“上に伸ばす”発想で1971年に誕生したのが三井不動産の「三田綱町パーク・マンション」だ。現在、三井不動産レジデンシャルが展開する「パーク」ブランドの起源であり、日本初の超高層マンションとして知られる物件である。

三田綱町パークマンション
1971年に竣工した三田綱町パーク・マンションは、19階建てのツインタワー。以降、林立する高層マンションの先駆けとなった

三田綱町パーク・マンションの竣工後も、三井不動産は時代ごとのライフスタイルに合わせて「並木道のある」「水辺に住まう」「美術館のような」など、新しいコンセプトのマンションを提案してきた。2006年には住宅事業に特化した三井不動産レジデンシャルが発足し、21年には三田綱町パーク・マンションの誕生50周年を機にリブランディングを図った。

「パーク・ブランドで掲げているのは“Life‐styling×経年優化”というコンセプトです。ここにはライフスタイルに合った住宅を提案し続けてきた当社の歩みも込められています」と話すのは、現在パーク・ブランドを統括する中島勝人さんだ。

「まず、多くの方にとってマンションは一生に1度の買い物なので、長年にわたり安心安全な暮らしを提供しようという価値観があります。その中で昔から受け継がれているのが、時がたつほど愛着が増していく、どんどん暮らしが良くなっていくような商品を提供していこうという考え。それが経年優化です。もう一つは、特にこの数年のコロナ禍で顕著だったのですが、お客さまのライフスタイルが劇的に変わっているので、そうした変化に対応する商品を提案していこうという考えです。そこからLife‐stylingというコンセプトに至りました」

パークホームズ四谷ザレジデンス
パーク・ブランドの中核となるコアカテゴリーは、最も主要なパークホームズ、大規模なパークシティ、高層のパークタワーから成る。写真は2018年竣工のパークホームズ四谷ザレジデンス
パークコート青山ザタワー
コアカテゴリーの他に「唯一無二を貫く」というコンセプトのリミテッドカテゴリーも展開。パークコート、パークマンションというブランドがある。写真は曲面構成が個性的なパークコート青山ザタワー

買ってもらえなかった理由にヒントがある

ライフスタイルの変化に対応する、と一口に言っても、行うは難し。秘策や奥の手がある訳でもない。三井不動産レジデンシャルが取り組むのは地道なヒアリングだ。

自社のマンションの購入者へのヒアリングは大抵のデベロッパーが取り組むことだが、同社が特徴的なのは、それに加えて非購入者の声も重視していることだ。「選んでいただけなかった理由に大きなヒントがある」ことから、自社マンションの購入に至らなかった客の声にも熱心に耳を傾けるという。

中島勝人さん
中島勝人(なかじま・かつひと)。三井不動産レジデンシャル、営業イノベーション部部長。パーク・ブランド全般の管理・運営を統括する。DX活用や販売手法の変革に関する業務も担い、モデルルームのVR化などを手掛けた

そして、それらの声をスピーディーに設計に落とし込めるのもまた同社の強み。三井不動産レジデンシャルは用地の購入から製造、販売、アフターサービスまでを自社で行う製販一体の企業であるため、入居者などの声は随時、設計部門に届く。声の内容を吟味した上で、必要な改良、有意義な変更であれば設計標準(標準的な設計仕様)に採用するという仕組みだ。継続的なヒアリングにより設計標準が常にアップデートされ、Life‐styling=暮らしを形作ることへとつながっている。

「一昔前は3LDKが主流でしたが、現在はご夫婦のみや、ご夫婦とお子さま1人の世帯も増え、またテレワークの普及などもあって2LDKや4LDKのニーズも高まっています。以前は1部屋の広さは最低でも4.5畳、という思い込みがありましたが、ワークスペースとして使う場合はもっと狭くても構わないという声があったりと、ニーズは本当にさまざま。バリエーションを多くするほど手間ひまを要しますが、今はそうした多様なニーズに対応できるような商品構成にしています」

物件リスト
三井不動産レジデンシャルの販売実績と販売予定(直近3年/今後3年程度、一部抜粋)

人がつながればマンションはより良いものになる

では、パーク・ブランドの建物や設備にはどんな特色があるのか。そこにはブランドコンセプトを構成する経年優化――住めば住むほどに愛着が増す住まい――が息づいている。

「どのマンションも竣工直後はきれいで年を経るごとに少しずつ汚れていくものですが、極力きれいな状態を維持したいですし、仮に汚れたとしてもそれが風合いとなっていくものにしたい。そのため、タイルをはじめとした建築部資材の選定にはとても気を使い、汚れにくいものや汚れが味わいになるものを選んでいます。それと植栽にもこだわっていますね。植栽が家族の歴史とともに成長していくということを意識して、成長するほどに魅力を増すような木、枝ぶりが良くなっていくような木を選定しています」

PHO深沢七丁目
植栽を豊かに配したパークホームズ深沢七丁目

この経年優化の考えはソフト面にも貫かれている。入居者のコミュニティーづくりを同社が旗振り役となって推進している。

「入居された直後は、何となくコミュニケーションが取りにくかったり、人付き合いが得意じゃない方もいます。そこで入居されて1~2カ月後、管理組合が組成される頃に入居者さま同士の交流を図るレジデンシャルグリーティングという催しを開催しています。これをきっかけに一緒にゴルフに行ったり、お酒を飲んだりと、入居者さま同士の交流が活発になっていくことも多くあります。人と人がつながるとマンションへの愛着が増してより良いマンションになっていく傾向がありますが、そのきっかけづくりですね」

この他にも、マンションの敷地でマルシェを開催して交流の機会を設けたり、あるいは木陰にベンチを設置して周辺住民との触れ合いの場をつくるような施策も行っている。とりわけ都市部では地域のつながりが希薄だといわれて久しいが、その関係性づくりをデベロッパーがサポートしてくれるのは何とも心強い。災害や物騒なことも多い現在、さらに増えていくだろう未来にとって、地域コミュニティーがある意義はより深いものになりそうだ。

待ったなしのCO2削減にインセンティブを

最後に今後の取り組みについて。大きな方向性は業界全体で取り組むCO2削減だが、その中でもユニークで有意義な取り組みがある。まずは同社が「くらしのサス活」と呼ぶものだ。

「エネルギーの見える化はこれまでもやってきましたが、“減った、増えた”は把握できても、CO2削減を自分事として取り組める方は少数です。そこでその施策を一歩進めて、家庭内でCO2を削減するとポイントが付与され、そのポイントが貯まると抽選でスポーツ観戦や観劇のチケットが当たるという、くらしのサス活アプリのサービスを開始しました。すでに新築分譲マンションで導入を始めていて、今後は既存の分譲物件への導入も予定しています」

家庭でのCO2削減を促すような取り組みは数あれども、そこにポイントという動機を与えたサービスはかつてなく、今も類例がない。適切なインセンティブは人の意識を変え、意欲的な行動を引き出す。CO2削減への行動を変える可能性がある。

中島勝人さん
ポイント制度はサービスの提供側にも負担が大きいが、「分かりやすく、楽しみながら取り組んでほしい」との思いから開始したという

そしてもう一つの取り組みが、MR(Mixed Reality)を活用したモデルルームである。

「これまで、プランや家具レイアウトなどのご案内は、VRを活用した2次元で行ってきましたが、そこに3D化した家具を投影できるようにしたのが新しいMRのモデルルームです。部屋の広さや高さに加えて、家具を置いた際の高さや幅、空きのスペース、視界などが立体的にご体感いただけるようになりました」

2LDKか3LDKかといったプランを比較することもでき、室内に投影する家具の入れ替えも自由。購入を検討している住まいを、インテリアをカスタマイズしながら体感できるようなモデルルームとなる。今年5月に始まったこのMRモデルルームは、現在のところ「三井のすまい 池袋サロン」のみでの展開だが、他のサロンにも順次導入していくという。

さて、三井不動産レジデンシャルのパーク・ブランドの特色を追ってみると、多様なニーズに対応する商品構成や、地域コミュニティーづくり、あるいはCO2削減のポイント制度など、決して派手ではないものの地に足の着いた取り組みが多く、長期的な視点で入居者とともにより良いマンションを目指そうという姿勢が垣間見える。そこに息づくのは他ならぬ“Life‐styling×経年優化”というコンセプトだろう。歴史の長さや大手の名に依存することのない、実直なブランディングを見た。

photograph:Hisai Kobayashi(portrait)、Mitsui Fudosan Residential(apartment)
edit & text:d・e・w