日本もスイスも中小企業の悩みは同じ
機械式時計の入門的なブランドとしても人気があったフレデリック・コンスタント。ほぼ30年にわたり大手資本を受け入れることなく独立性を保ってきたブランドが、なぜシチズンの傘下となったのか。きっかけは2015年、スタース氏が50歳を超えたころに起きたという。
「2015年に3つの時計グループから買収の話を受けた。過去にもそういう話があったが、私の息子たちが後を継ぐかもしれないと、すべて断っていた。ただ、息子たちに後を継ぐ気がないとわかったため、それら3社と協議を始めることにした」
3社のうち1社はヨーロッパ系、もう1社はアメリカ系、そしてシチズンだった。その中でシチズンを選んだ理由は、良好な補完関係が築けることにあった。
「シチズンは主にクオーツで、われわれは機械式。価格帯も顧客層も異なるため、互いが尊重してビジネスをできる。ほかのグループを選んでいたらブランドの優先順位としては10番目くらいになっていたかもしれないが、シチズンのグループであれば、機械式時計ではトップのブランドになれるのが大きかった。さらに流通や販売の面でも補完できると考えた。われわれは100カ国以上に販売網がある。シェアは、ヨーロッパが35%、アジアが30%、アメリカが15%、中東が10%ほど、その後にロシア、南米と続く。ヨーロッパだとフランス、ドイツ、スイスが強く、アジアでは韓国が非常に強くて、じつは日本より市場規模は大きい」
韓国が日本より大きいというのはちょっとした驚きだが、それ以上に注目したいのがアメリカの15%という数字だ。高級消費財を世界的に展開するブランドの場合、ヨーロッパ、アメリカ、アジアが同程度のシェアになるとリスクヘッジができ、理想的なバランスだといわれてきた。この点にもスタース氏が期待するものがあった。
「シチズンの北米チームには550名ほどのスタッフがいる。一方、われわれはマイアミに17名がいるだけだった。シチズン傘下になった後、営業スタッフの統合が完了し、その結果、早くも非常に高い成長率を見せている。もちろん日本でのブランド認知の向上、流通の拡大を期待しているが、何よりも重要なのは世界のマーケットのバランスだ。その点でもシチズンと補完関係が築ける」
大手グループの資本になると、ブランド運営の独立性や製品のオリジナリティーが保てるのか、という懸念が挙がるが、人的・技術的な関与は「互いにない」という。それもクオーツと機械式という住み分けがあってこそだろう。
さて、フレデリック・コンスタントの例からもわかるように、老舗が多いと思われがちな時計業界にもじつはこの数十年のうちに創業したブランドが少なくない。1970年代にクオーツショックで壊滅状態に陥っていた機械式時計が90年代になって再び日の目を浴びると、それまで休眠していたブランドの再興やまったく新しいブランドの創設が相次いだからだ。そうしたブランドの創業者はおおよそビジネスの第一線から足を洗う時期を迎えつつあり、後継者問題は近い将来必ず訪れる最大の課題だろう。となればグループ化の流れに拍車が掛かる可能性は低くない。今後どんなグループ化が進むのか、それによる業界再編は起こるのか。時計ビジネスの今後を左右する動向であることは間違いない。
ピーター・C・スタース
フレデリック・コンスタント グループ社長。1963年オランダ・ゴーダ生まれ。エラスムス・ロッテルダム大学で経営学の学士号を取得後、アメリカのハーバード大学でビジネスケーススタディプログラムを受講。1987年、ニューヨークの法律事務所でコンサルタントとしてキャリアをスタート。89年にロイヤル フィリップス エレクトロニクスに営業部長として入社。88年、パートナーと訪れたスイスでスイスメードの腕時計の美しさに惚れ、時計製造会社の設立を決意。92年、香港見本市に初出品。2002年にはスイスの時計メーカー、アルピナを買収。アトリエ・デモナコを加えたフレデリック・コンスタント グループの社長に就任する。2017年5月にシチズン傘下に入る。
text:d・e・w
photograph:Hisai Kobayashi