――経営者として、あるいは一ビジネスマンとしての仕事の哲学や心がけを教えてください。

1960年代に「象が踏んでも壊れない」で一斉を風靡した「アーム筆入」を企画したのは、私の叔父です。私が言うのもなんですが、叔父は敏腕経営者でした。叔父(COO)と父(CEO)は良いコンビだったと思っています。特に叔父は企画と営業については類稀なる力を発揮しサンスター文具を大きくする原動力となったと思っています。私が社長になる直前に当時の副社長と話し合い、「叔父と同じようになるのは難しい」と意見が一致しました。であれば、トップとして組織をグイグイ引っ張るのではなく、社員に底から突き動かしてもらえるような組織づくりを社長としてめざそうと決めました。

社員の成長が会社の成長です。社員にはどんどん挑戦してもらえるように促しています。挑戦には失敗がつきものですが、失敗してもそこから経験値を得て伸びていけばいいのです。

――トップである小林さんは会社の顔でいらっしゃいます。身だしなみなどに特別な配慮をされているのでしょうか?

父から「しっかりとした服装を心がけるように」と注意を受けていました。祖父が創業したこの会社に入った時点で、時期社長として周囲に注目されていることは意識していましたね。決しておしゃれではありませんでしたが、父に言われた通り折り目正しい服装だけは徹底してきました。

また、マナーを重んじ、相手への配慮を怠らないように気をつけています。社会人になったタイミングで両親に高級料亭へ連れて行ってもらい、食事中やかしこまった場でのマナーなどを教えてもらいました。相手を不快に思わせないこと、すなわちマナーを真剣に考えるようになったきっかけですね。

服装はきちんとしていても、数年前までは自分の太った身体がコンプレックスで、おしゃれをする気にもなれませんでした。だからスーツも無難なものばかり選んでいましたね。

社長になって1年目の年頭所感で減量することを周囲に宣言しましたが、見事に失敗しました。翌年も声高に減量を誓うも減量することができず、3年目でようやく成功に至ることができました。有言不実行が2度も続き、「このままでは社員に示しがつかない。何が何でも!」という想いで頑張りました。

――どんな方法で減量に成功なさったのですか?

まずは、毎日体重計に乗り、目を逸らしたくなるような現実と対峙する習慣を自らに課しました。そして、食べ過ぎや高カロリーな料理を我慢する簡単な食事制限と、大学で親しんだテニスを楽しむことで運動を生活に取り入れました。そうして90キロ以上あった体重を70キロ台にまで落とし、無理なくダイエットを成功させることができました。

――減量に伴って、服装にも変化があったのでしょうか?

売り上げと違って、体重に関しては右肩下がりがうれしいものです。選べる服の幅が広がり、おしゃれを楽しむことができるようになりました。また、リバウンドしてしまったら着られないように、スーツをオーダーして自分を戒めています。ただ、急激に痩せたために、取引先の方々の間では私の病気説が流れていたそうです(笑)。

とはいえ、太っているから装いが制限されるわけでも、服を楽しめないわけではないと今になって思います。恰幅のいい人でもおしゃれな人はたくさんいますしね。

ジャケット&パンツのカジュアルスタイルで出社することも。腕時計はアップルウォッチを愛用中だ

――読者のなかにも、ポジションの変化に合わせて服装など外見を見直す方が多くいます。要職に就き、自分を改造することとは、どんな体験だと小林さんは感じましたか?

やはり自分の体型にコンプレックスを感じていた頃は、自信が持てませんでした。その頃にこの取材のオファーをいただいていたとしても、お断りしていたでしょう。

ですが、痩せたからといってビジネスにおける服装に、特段の変化はなかったと思っています。我が社では、昨年からクールビズ制度を廃止しました。夏だからといってネクタイを外すのではなく、いつでもTPOに合わせた服装を社員に考えて欲しかったのです。夏でもネクタイをしていた方がいい場面はありますし、冬でもノータイが好ましい時があります。社員一人ひとりに、社内外問わず周囲に敬意を払う選択をして欲しいのです。大事なのは人を慮ることですから。

――小林さんが特に服装に気をつける場面はどんな時でしょうか?

かしこまった場に出る時や、ここぞという日はスーツをバシッと着ます。来期の方針発表や、年頭所感の際は特に気合を入れていますね。 2019年度の方針発表では社として掲げているキーワード「変える」に則って、スーツではなくあえてジャケットにノータイ、白いジーンズを履いて臨みました。

――小林社長は社員の方々ら「いつも笑顔で、ポジティブ」だと見られているそうです。明るいキャラクターも先代とは別のトップ像を目指した結果確立されたのでしょうか?

昔から楽観的であることに加えて、怒らないように意識してきました。部下に指導する時も、怒鳴らずに優しく叱るようにしています。父は短気でしたので、確かに反面教師にしていますね。というのも、私自身も短気であることを自覚していますから。

――創業家に伝わる教えのようなものはあるのでしょうか?

家に伝わっていることでありませんが、「いいものをつくる」精神は我が社で脈々と受け継がれています。例えば「アーム筆入」は当時の筆入としては高価で「売れないのではないか」という反対意見も出ていました。また、丈夫な故に「買い替え需要を減らしてしまうのではないか」という懸念もありました。

そこへ、創業者の「いいものなのだから、発売しよう」という鶴の一声で、商品化に至ったのです。企業のトップが組織のめざす先を明確に示す必要があります。企画で挑戦を続けつつも、我が社は人々の笑顔をつくるという変わらぬ心意気を一番大事にしているのです。

――「変える」をテーマに改革を進めているそうですが、社内に変化を感じていますか?

確かに変化を感じていますが、まだまだ変わることができる余地が残されていると思います。だからこそ、前年度に引き続いて今期も「変える」を標榜しています。社員には「変えるを変えないこと」と伝えました。この効果が見えてくるのはまだまだ先のことかもしれません。

社内のコミュニケーションに関しては、3年前に本社を移転した際に大きく好転させることができました。私のたっての希望で、4フロアに分かれていた東京のオフィスを1フロアに集約しました。社員同士、顔が見えることで少なからずコミュニケーションにいい影響をもたらすと信じてのことです。

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小林大地/Taichi Kobayashi
1967年、東京都新宿区生まれ。立教大学社会学部卒後、IT系シンクタンクを経て94年にサンスター文具に入社。98年取締役、2003年専務取締役、06年代表取締役副社長を経て、10年より現職。

text:Lefthands
photograph:Sadato Ishiduka
hair & makeup:RINO