服装は社会へのあらゆる窓口
――著書『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』では、アメリカ人の視点から日本人の装いについて、実例を挙げて指摘されていますが、どんな反響がありましたか。
【安積】おかげさまで初の著書がベストセラーになりました。本が出てみると、想定していた40代、50代の男性ばかりでなく、10代の方から70代まで、またエグゼクティブの奥様と思われる主婦層にまで読んでいただきました。
――安積さんのイメージコンサルティングとしての経験から、この本を書くにいたった経緯を聞かせてください。
【安積】大学を卒業して就職したのが外資系のコンサルティングファームでした。そこで上司によく言われたのが、「ビジネスがグローバル化する中、顔が見える、存在感のあるエグゼクティブが日本でもより求められている」ということ。その言葉をきっかけに、イメージコンサルティングを本場アメリカで学びました。
その間、日本では優れた実績を挙げていたのに、海外に出たとたんに、「部下がついてこない」「よい人脈が築けない」などと自信をなくす方々を見てきましたが、2009年に帰国してみると、残念なことに日本の状況はあまり変わっていませんでした。以来、「洋服(装い)と仕草(振る舞い)」に関して気になることを書きためてきたのですが、結構な分量になったこともあり、一度整理して日本のエグゼクティブや政治家の方々に伝えようと思い立ったのです。
――そういう安積さんの経験をもとに、ビジネスパーソンにとって、服装の重要性を教えていただけますか。
【安積】人のイメージを左右し、存在感を際立たせるのは「洋服(装い)と仕草」です。これは車の両輪、どちらかが不十分だと、うまくいきません。そのことを踏まえて話をしますと、装いとは、知人や友人、会社対会社など、社会と接する全てにおいて窓口となる役割を果たしているということです。ビジネスの現場でも、まず見た目、装いから相手を判断して、関係が始まります。
――ビジネスで社会への窓口となるスーツスタイルが、この頃かなり多様化してきています。
【安積】そうですね。アメリカを見ると、スーツを着る人と、着ない人との二極化が進んでいます。IT系やベンチャー企業の人たちはスーツを着ません。スーツを着るべき環境にいるビジネスパーソンは、ドレスコードを知ってきちんと着こなしができれば、同じ価値観を共有する者と判断され、ものすごくアドバンテージが高くなると言えるでしょう。
日本も、アメリカのように二極化している傾向がありますが、それでもまだスーツを「制服」として着ている人、自分のスタイルを確立していない人が多いですね。
「スーツは戦闘服」という言い方がありますが、実は現代の洋服は欧州の軍服、貴族の乗馬服がルーツになっています。そういう歴史以上に、欧州ではその人のアイデンティティ、個性と強く結びついています。「服は人なり」と言っていいかもしれません。身に着けているものが、その人の記号としての役割を果たしているのです。
――装いは、ビジネスの場面では着る人のアイデンティティを表す重要な記号ということですね。押さえておくべきことはありますか。
【安積】記号を上手に使いこなすには、2つの力が求められます。1つは相手のアイデンティティ(=記号)を読み解く力。もう1つは自分のアイデンティティ(=記号)を発信する力、別な言い方をすれば、相手に応じて記号をつかいこなす能力です。
コミュニケーションでは、基本的には受け手側に立って考えるべきということ。つまり装いも世界共通の「暗黙のルール」を理解したうえで、相手の立場に立って考えなければなりません。それを認識し、どう操るかは、これからのビジネスシーンでますます重要になると思います。
スーツ選びのキーポイントとは?
――では、もう少し具体的なことを伺わせてください。スーツを選ぶ場合、キーになるポイントは何でしょうか。
【安積】著書でもチェックポイントを挙げていますが、とにもかくにもサイズです。肩のフィット感。年齢が高い人たちに見られるのが、ゆったりサイズの服です。バブル時代に流行したソフトスーツを若いときに着ていた影響でしょう。若い世代の人を見ていると「細い、短い、高い」、つまりスリムで着丈が短くラペルのゴージラインが高すぎる方が多いのが気になります。
若い世代の人たちが自分でかっこいいと思う服装、友だちがほめてくれるスタイルであっても、年齢も価値観も異なる人と接するビジネスの場では、好感をもって受け止めてもらえないことは少なくありません。周囲の目にどう映るのか、それをいつも意識することです。
――どこまでが許容範囲で、何がいけないのか。他人の目に映るそれを知るのは、難しくありませんか。
【安積】そうでもありません。服飾関係の本は多数あるし、ネットの情報も豊富ですから、洋服の基本を学ぶには2時間もあれば十分でしょう。装いに対する意識を持とうとすれば、実は意外に簡単に学べるのです。
自分のスタイルがある、とはどういうことか。参考までに、イメージコンサルタントとして独立する前、ニューヨークの男性服飾店で働いていたときのエピソードを紹介しましょう。黒塗りの車で訪れる上流階級の方々がお客様でしたが、彼らには顕著な買い物のスタイルがあることに気づきました。好みのスーツの色は決まっていて、たとえばネイビーのネクタイならネイビー10種類くらいを並べ、その中から明度や彩度、細かな柄などを吟味して選んでいくのです。
安積さんレッスン 気をつけたいポイント【パンツの長さや折り目】
――まずは自分のスタイルを見つけて、次に個性を出していく、センスを磨いていけばいい、ということですね。
【安積】そうですね。これもアメリカの例ですが、転職で違う業界に移ったときなど、転職先の業界のスタイルに合わせ、シルエットを数ミリ単位で調整したり、パンツの裾をダブルからシングルに変えたりします。できるエグゼクティブたちは、そんな微妙な差まで計算しているのです。しかし、自分のスタイルがブレることはありません。(以下実践編に続きます)
安積さんレッスン 気をつけたいポイント【シャツの襟とネクタイ】
安積陽子/Yoko Asaka
国際ボディランゲージ協会代表理事
アメリカ生まれ。ニューヨーク州立大学イメージコンサルティング学科卒業。2005年からニューヨークのImage Resource Center of New York社でエグゼクティブなどを対象に自己演出術のトレーニングを開始。09年に帰国、同社の日本校代表に就任。16年一般社団法人国際ボディランゲージ協会を設立。非言語コミュニケーションの研修、コンサルティングなどを行う。
著書『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』。
text:Fumihiro Tomonaga
photograph:Tadashi Aizawa