後ろ姿のチェック、できていますか?

――前回に続いて、スーツスタイルの基本として押さえておくべきことについて、教えてください。

【安積】前にお話したサイズとともに大事なのが、後ろ姿です。アメリカのエリートたちは「初対面の人物のパーソナリティは、その人の後ろ姿をチェックする」とよく言います。鏡を見て身なりをチェックしてから外出していると思いますが、これは本人の正面だけの目線。しかし他人から一番多く見られているのは、実は横からと後ろからなのです。そこには性格、価値観、普段の生活、気持ちの余裕までが表れています。

後ろ姿に関係して気をつけたいのが、靴のヒールの減り方です。斜めに減っているのは、歩き方が悪いから。歩き方にはどうしても癖があるので難しいことを言うな、と思われるかもしれませんが、ヒールの減りが均等の人は、日頃から姿勢や歩き方に気をつけているのです。

つまり、自分の目の行き届かないところにも手入れをしているか、細部まで気を配っているかどうか。そこに大きな違いが出てしまうのです。

安積さんレッスン 気をつけたいポイント【後ろ姿】

背中が伸びているか、上着の襟からシャツの襟が出ているか。正面からのチェックだけですませていませんか
スーツが体型より大きいと、背中のあちこちにシワができています
ジャケットの丈は、裾がお尻の丸みが見えないくらいのラインに合わせるのが目安です
靴のヒールの減り方も後ろ姿のポイント。減り方が均等なのが理想です

――まずは自分のスタイルを確立すること。そのうえで、どんなことを心がけたらいいでしょうか。

【安積】たとえば、これまでよりも上質なスーツを身に着けることです。上質なスーツを買うことを、一つの投資として考えてはどうでしょう。月収の2割を目安にすれば、それぞれの立場の方にとって満足のいくものが手に入り、それを着こなすことで自信も生まれます。

著書を読まれた方から、飲み代を削ってまで高いスーツを買おうとは思わない、人の懐具合を考えて提案してください、そのようなご意見もいただきました。

たとえば、月収が50万円の方が10万円のスーツを買い、週1回のペース、年間を通して着るとして計算しましょう。年間52週で52回、5年間着れば260回、1回分約385円です。流行のスタイルを気にしなければ、もう少し長く着られるかもしれません。

そう考えると、月収の2割という投資は決して高くはないと思いますが、いかがでしょうか。ご自身で納得のいくスーツ選びを、ぜひされてください。

安積さんレッスン 気をつけたいポイント【歩き方】

よくない歩き方。腕の振りが小さく、膝裏が曲がっています
きれいな歩き方。腕の振りが大きく、膝裏を伸ばして足を踏み出しています

――スーツを着たときの仕草、振る舞いについてお聞かせください。著書で歩き方とともに強調されていたのが、ボタンの開け閉めでした。

【安積】はい、皆さん、意外にご存知ない方も多いのではと思います。スーツは2つボタンの場合は上1つ、3つボタンは中1つを留めるのが基本。そして立ったときの佇まいが最も美しくなるよう設計されています。ボタンを閉じたまま座ると、肩が崩れ、背中が浮いて、前が開いてしまう。そこで座った際にボタンを外す、立った際には留めるのが、ボタン掛けのマナーです。この動作を、さりげなく片手で行うのが理想ですね。

これは心のゆとりの一種のバロメーターでもあります。気持ちに余裕がないと、そこまで気が回りません。また、相手がボタンを外せば、自分も外すなど、人間はミラーニューロンの働きでついつい同様の行動を取ってしまうもの。それができていない場合は、相手を見ているようで、見ていない、心が通じ合っていない証かもしれません。そういったことも、装いのルールを超えて見られているのです。

安積さんレッスン 気をつけたいポイント【上着のボタンの締め方】

上着のボタンは立っているときは締め、座っているときには外します

目元だけでなく口元も意識したい

――表情、笑い方についても鋭いご指摘がありました。

【安積】そうですね。日本人はコミュニケーションをとるとき、目から相手の感情を読み取ろうとする方が多いですが、欧米人は口元を見る傾向が強いのです。

日本人も口元、とくに歯に関心を向けてほしいですね。整った白い歯は健康や経済力、誠実さを象徴する記号。そして美しい歯を見せての笑顔は最高の武器にもなります。欧米の多くのエリート・ビジネスパーソンは少なくとも半年に1度は、ホワイトニング&クリーニングに歯医者に行きます。

日本でも最近少し意識が変わってきていますが、年齢が高くなるとどうしても歯の黄ばみが強くなってきますので、口元のケアを怠らないでください。クライアントの方々には、自分も利用する審美専門の歯科医院(銀座デンタルホワイト)を勧めています。

――ほかに、気をつけるべきことはありますか?

【安積】体臭ですね。一般的に日本人は欧米人に比べて体臭が少ないといわれますが、ニューヨークのビジネスパーソンからは「なぜ日本人は体臭のケアをしないのか」としばしば尋ねられます。ニューヨーカーの中には体臭予防のため、体毛の処理までしている人も少なくありません。イタリア人、フランス人などは、シャツは下着という文化なので、汗をかいたらシャツを着替えますが、高温多湿の日本で汗をかくたびにシャツ着替えるのは現実的でありません。そこで、下着を会社にストックしておくことを提案しています。特にグンゼ「SEEK(シーク)」のVネックTシャツは白いワイシャツに透けて見えにくい、下着のラインが出にくいなどの特徴があり、おすすめです。

――服装と仕草について、将来に向けたメッセージをいただけますか。

【安積】服装に対する投資をぜひ、次の時代を担うお子さまたちにも始めていただきたいと思います。着こなしも結局は美意識と大きく関係しています。美意識を育てるには、小さな頃から自然や美しいもの、本物に接する場を設け、五感で感じたものを一緒に語り合うことが大切。もちろん、ご自身の美意識や文化的教養も、より磨かれていくはずです。

私は母が早くに旅を勧めてくれたおかげで、10代から世界各地の美術館を巡り、現地の一流ファッションに触れる機会がありました。母親となったいまでは、2人の子どもと月1回ほどは美術館を訪ねます。自分のため、次の世代のため、そして日本の未来のためにも、「服育」に対する意識が高まり、もっと盛んになると嬉しいですね。

安積陽子/Yoko Asaka
国際ボディランゲージ協会代表理事
アメリカ生まれ。ニューヨーク州立大学イメージコンサルティング学科卒業。2005年からニューヨークのImage Resource Center of New York社でエグゼクティブなどを対象に自己演出術のトレーニングを開始。09年に帰国、同社の日本校代表に就任。16年一般社団法人国際ボディランゲージ協会を設立。非言語コミュニケーションの研修、コンサルティングなどを行う。
著書『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』。


安積陽子著『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(講談社+α新書)860円(税別)。ビジネスや外国人とのコミュニケーションで恥をかかないために必要なことや、踏まえるべきルールなどを、アメリカで学んだことを通して、具体的に解説。政治家や官僚、有名人の服装と仕草についても鋭い言及をしている。

text:Fumihiro Tomonaga
photograph:Tadashi Aizawa