眼鏡は自己表現のツール
GLOBE SPECS(グローブスペックス)は、2017年に代官山店が、18年に渋谷店が、ミラノで行われる国際眼鏡展示会MIDO展で、世界中の眼鏡店のなかから優れた店に賞を授与するBestore Awardを二年連続で受賞する快挙を果たした。世界一の眼鏡店を作り上げた原動力とはなんだったのか。代表の岡田さんに話を聞いた。
【水谷】岡田さんが、そもそも眼鏡店を志したきっかけは何だったのでしょうか。
【岡田】小学生の頃は、親の転勤でアメリカにいました。そして中高校時代は、私の父が勤めていた会社の社宅があった青山に住んでいました。当時(1970~80年代)の青山はファッションの震源地で、次々と新しい流行が生み出される土地でした。ですから、ファッションは空気のような存在で、いつも自然に身の回りにあったのです。
【水谷】アパレルではなく、あえて眼鏡というのはどうしてですか。
【岡田】実は、私の家系はいわゆるお堅い職業に就く人が多いんです。私も仕事とはそういうものかと思い込んでいまして、最初は銀行に勤めました。しかし、どうしても馴染めず、やはりファッションの世界に身を置きたい。そこでファッションと、そうではない堅い側面を持った仕事をしたいと考え、もしかすると眼鏡がゆくゆくそうなっていくのではないかと考えて、眼鏡業界に身を投じました。
【水谷】銀行員とは意外な経歴ですね。その当時、世の中では眼鏡はファッションアイテムと認識されていたんですか。
【岡田】いや、当時はやはり実用品ですね。最初は歴史のある大きな眼鏡店で勤めはじめました。視力が弱い人が、必要に迫られて眼鏡を作りにくる。もちろん眼鏡のオシャレを楽しんでいる人はいたかもしれませんが、私の目からすれば、まだまだでした。というのも、来店するお客様もちっとも楽しそうではなかったんですよ。必要だから仕方なく、しぶしぶ眼鏡を作りにくる、という印象でしたね。
【水谷】岡田さんご自身は、初めから眼鏡をファッション感覚でとらえていたんですか。
【岡田】そうですね。入社2年目のときに社内会議で新しい眼鏡店のアイデアを出し合う機会がありました。その時、私が提案したのが「眼鏡店をデートで楽しめる場所にする」というものでした。眼鏡は洋服以上に人の印象を左右するもの。それをカップルで洋服を選ぶように、楽しむ時間にしたら素敵じゃないかと。
【水谷】確かに、パートナーと眼鏡を選ぶのは楽しいですものね。ああでもない、こうでもないと。すぐにそうした店が実現したんですか。
【岡田】いやいや。会社の上層部からはまったく相手にされませんでした。しかし、26歳の時に転機が訪れました。当時勤めていた会社はニューヨークの五番街にも店舗を持っていて、そこに転勤になったんです。
【水谷】五番街といえばニューヨークの一等地ですね。
【岡田】周辺には、高級デパートやブティックがひしめき合っていました。街を行く人もみなオシャレで、自分が思う世界がすでに実現されていると思いました。
【水谷】思う世界と言いますと?
【岡田】まさに眼鏡をファッションとして楽しんでいたんです。例えば老眼鏡一つとっても、ハーフアイの小さなものをかけて、お年寄りでも実にかっこいいんですよ。若い人も「歳をとったら、あんな素敵なリーディンググラスをかけたい」なんてね。眼鏡に対してとてもポジティブなんです。個性的でファッショナブルな眼鏡をかけている人も大勢いましたね。
【水谷】では、五番街の店もさぞファッショナブルに……
【岡田】いやいや。まったくです。ただ、再び転機が訪れました。当時、五番街の賃貸契約は10年が一区切り。それを超えると家賃がグッと値上がりするんです。そこで店舗を少し先のパークアベニューに移転することになったんです。ところが、まだ五番街の店の契約が10カ月も残っている。さらに空き店舗にしてはいけないというルールもあったんです。そこで会社から「残りの契約期間を好きにやっていいぞ」と言われ、初めて自分で店を任されることになったんですよ。
【水谷】ようやく夢の実現に一歩近づいたわけですね。
【岡田】うれしかったですねえ。毎晩、閉店後にショーウィンドウの飾りつけを工夫するんですが、ディスプレイがうまくいくと、ショーウィンドウの窓ガラスに手の跡がいくつもつくんです。そうするとお客様が興味を持って商品を見てくれているとわかるんですね。そうしたトライアルを重ねるうちに評判になって、残り10カ月の仮店舗が、パークアベニューに移転した本店の売り上げを上回ってしまったんです。眼鏡は自己表現のツールとしての市場がある、と確信しました。
眼鏡文化を担うショップづくり
【水谷】日本では眼鏡は実用品。アメリカでは眼鏡は自己表現のツール。文化の違いを感じますね。
【岡田】まさに眼鏡文化の違いですね。アメリカから帰国した後、さらに経験を生かすために別の大手眼鏡店に転職したんです。そこでは主にヨーロッパに買い付けや商談のために通っていました。フランスを中心とするヨーロッパの中央部は、眼鏡は丸形が主流なのです。北欧に行けば、これはまた別のスタイル、いわゆる北欧デザインのものがある。そのようなお国柄もまた文化だな、と思いましたね。
【水谷】ヨーロッパでも眼鏡はファッションアイテムでしたか。
【岡田】日本では知られていないような小さな工房やブランドがたくさんあって、それぞれに魅力的な眼鏡を作っているんです。こうした素晴らしい眼鏡を日本に紹介したいという思いを、その頃から強く感じるようになったように思います。現在のグローブ(世界中の)スペックス(眼鏡)の店名にも、その思いが込められています。
【水谷】1998年にいよいよグローブスペックスをオープンさせたわけですが、当時はどのような受け止められ方だったのでしょうか。
【岡田】当時は、眼鏡専門のセレクトショップはまだなくて、多少面白いものを仕入れていても価格も安く、若い人向けのデザインのものばかりでした。グローブスペックスでは、20代の若者から60代以上の方までを満足させる品ぞろえを心がけました。価格帯も今と変わらず4、5万円台が中心です。最初は不安もありましたが、ありがたいことにすぐにファッション誌で取り上げていただき、一気にお客さんが増えましたね。いまよりは店も狭く、週末にもなると奥に入ったお客様が出られなくなるほどの盛況ぶりでした。
【水谷】そこまでとなると、潜在的に眼鏡に個性を求めるお客さんがたくさんいたのかもしれませんね。その受け皿となる店がなかったというだけで。
【岡田】そうかもしれません。しかし、個性とはいってもやはり職業や役職に応じた選び方というのはあるものです。特にビジネスパーソンのお客様には、あまりにユニークなものはお薦めしません。いまではお客様のなかに上場企業の社長も多くいます。そうした方々にはリスクマネジメントの観点から眼鏡をお選びいただいています。
【水谷】リスクマネジメントと言いますと?
【岡田】経営者の方は人前に出ることが多いでしょう。その際、好印象を与えるような眼鏡選びということです。また、頻繁にデザインを変えてしまうと会うたびに印象が変わってしまいます。なので、その人らしさが伝わるデザインを長く愛用されるほうがいいと考えています。
【水谷】なるほど。それは、大事なことかもしれません。
【岡田】とはいえ、休日用にと個性的なものをお買い求めいただくことも多いですが(笑)
【水谷】これだけデザインが豊富だとキリがないですもんね(笑)。自分に合う眼鏡を選ぶコツというのはあるのでしょうか。
【岡田】よく聞かれるのですが、まず顔だけを見ないことですね。眼鏡をかけて、鏡に顔を近づけて見る人がいますが、生活のなかで他人とそこまで顔を近づけることはまずありませんよね。ですから私どもの店舗では姿見を置いてあるんです。少し離れたところから見て、服装も含め全体の印象を見るようにしたほうがいいと思います。また、自分で似合うと思う眼鏡は、ご自身が違和感を覚えないもの、という面もあります。むしろ人から似合うと薦められたものをかけてみると、最初は違和感があるかもしれませんが、すぐに馴染むものです。主観ではなく、客観視がコツと言えます。自分に似合う眼鏡は、自分では選べないものです。
【水谷】それは至言ですね。次回は、実際の眼鏡をいくつか紹介していただき、印象づくりのヒントを教えてください。
interview & text:Muneki Mizutani(PRESIDENT STYLE)
photograph:Mutsuko Kudo