繰り返し挑戦したバーテンダーの晴れ舞台
【吉村】バーテンダーにとって、ワールドクラスはどのような大会なんですか?
【吉田】ぼくのなかでは最終目標で、最高峰のコンペティションです。ずっと優勝したいと思ってきた大会です。
【吉村】ほかの大会とどう違うんですか?
【吉田】競技会のスタイルが非常に自由。でも、「なんでもいいですよ」と言われたほうが、バーテンダーとしては難しくて(笑)。最初に挑戦したころは、ぜんぜんカクテルを作れなかったんです。
【吉村】今回は何回目の挑戦ですか?
【吉田】ホテルニューオータニに入社してから毎年応募してるので、計11回。ファイナルまで行けたのは、2回だけです。1次予選を通らなかったこともあります。去年、初めてファイナルに出場し、すごく緊張して悔しい結果になりました。で、今年こそはと準備して臨みました。
【吉村】ご自身では、どういうポイントを評価されたと思いますか?
【吉田】今年は他人の真似事ではなく、自分らしくやろうと思ったんです。大会では、プレゼンテーションのスタイルやカクテルに流行りのものを取り入れることも大事なんです。たとえば、オレオサッカラム(柑橘系フルーツの皮の油分をつかったシロップ)やアクアファバ(ひよこ豆を茹でた汁で、卵白の代わりになる)を使ったり。でも、去年負けて思ったのは「自分のコンセプトまで曲げる必要はない」ということです。自分の言葉で、自分の得意な味で勝負して……その結果が高評価につながったように思います。「自分らしさ」を曲げなかったのがよかったんですね。
【吉村】吉田さんの自分らしさって、何ですか?
【吉田】カクテルを作るときに「ベースを殺さないこと」。そして「店で実現可能なカクテルをつくる」ことでしょうか。大会用ではなく、普通にこのバーで飲めるお酒をつくることです。
【吉村】ワールドクラスでは、ウオツカを使ったケテル ワン・チャレンジ部門とスコッチ・ウイスキーを使ったジョニーウォーカー・チャレンジ部門で部門優勝もされています。どういうカクテルを作られたのですか?
【吉田】ケテル ワン・チャレンジでは、「リ・シルク Re:Silk」というカクテルを作りました。
この「Re:」は、リサイクルやリユースの「Re:」で、Silkは絹のことです。ケテル ワンは、爽快ですっきりして、シルキーな口あたりが特徴のウオツカです。この蒸留所はオランダにあるのですが、風車で作った電力で蒸留器を動かしています。
わたしの今回のカクテルは、エコを意識して、いままで捨てていたものを新たに材料に使ったりしています。ケテル ワンの企業姿勢に重なる考え方です。
ベースはケテル ワン。そこにフレッシュレモンジュースやアクアファバ、オレオサッカラムなどを加え、シェイクして作ります。うちのバーでは毎日レモンやライムの生ジュースを作って、絞り終わった皮は捨てていましたが、その皮の油分を使ってオレオサッカラム(柑橘系シロップ)を作ったのです。衛生管理の規則もあって、卵もうちのバーでは使えません。卵白の代わりになるものはないかと考えたときに、アクアファバの利用を考えました。
【吉村】飲ませていただくと、メレンゲのような口あたりとシルクのような滑らかさがありますよね。まさに「リ・シルク」です。
【吉田】ケテル ワンのシルキーなテクスチャー(質感)を引き出したかったんです。
【吉村】アクアファバを使うことで、卵白よりもクセがないですね。ラベンダーズのビターズが、豆っぽいにおいをうまく抑えていますよね。このカクテルを飲んでいると、心地よい甘みと酸味のあと、最後にロースト感がぽっと残ります。不思議ですね。これは美味しい。とても品がいい。
【吉田】ケテル ワンの特徴は、シルキー感とロースト感なんです。だから、コーヒーとの相性もいいんです。
【吉村】「卵白が出せないなら、違うものがあるだろう」とか「捨てる皮からシロップを作る」とか、吉田さんの発想がいいですよね。一見ネガティブな状況を逆手にとって、ポジティブに反転し、新しいものを作っていく。
【吉田】コンペで出したカクテルをお店で提供できないなんて、あり得ないと思うんです。卵白使っちゃったら、うちのバーでお出しできないじゃないですか。今回作ったカクテルは、材料がきれないかぎり(笑)いつでも、ここでお飲みいただけます。
【吉村】さて。ジョニーウォーカー・チャレンジのカクテルは?
【吉田】ジョニーウォーカー ブラックラベル 12年を使った「サマービュー(summer view)」。グアバジュースやクランベリードリンクなどの入ったハイボールです。スコットランドのヒースの花々が咲き誇る風景をグラスに表現しました。ちょうどジャパンファイナルの時期が、スコットランドでヒースの咲く時期と重なっていたので。
【吉村】ちゃーんと考えてまんなあ(笑)
【吉田】それは、もちろん(笑)。あの手この手で。食中カクテルというテーマでしたので、イギリスのソウルフードであるフィッシュ&チップスに合わせるカクテルとして考えました。審査員のみなさんにフィッシュ&チップスの写真を渡して、食べている情景を連想して飲んでくださいと。
【吉村】エアーつまみ、ですね。すばらしいプレゼンテーション。
【吉田】「写真かい」って言われましたけど(笑)。食べ物の指定はないのですが、ぼくはフィッシュ&チップスにしぼりました。それもヴィネガーの味に。あの酸味に合わせたときに、ちょうどいいようなカクテル。ジョニーウォーカー ブラックラベル 12年の特徴のうちのフルーティさがヴィネガーと相性がいいんじゃないかなと。
カクテルの上にはヒースの花々に見立てた日本の花穂紫蘇を散らしました。ストローは紙でできたもの。エコの観点から、考えを統一してます。ビーチパラソルみたいな夏らしいイメージになります。
【吉村】飲むと、梅っぽいような、とても和風なテイストがしますね。日本の夏にぴったり。ウイスキーの燻した感じもふんわり漂ってきて、しっかりコシもありますし。
【吉田】けっこう油っぽい食べ物に合うと思うんです。
【吉村】飲み口は爽やかで、後でしっかりウイスキーの力を感じるハイボールですね。
【吉田】食中酒としてのカクテルはしっかりと味わいが感じられないと、だんだん何を飲んでいるのかわかんなくなっちゃうんで。ベースをきかせ、カクテルの個性が失われないようにしています。
【吉村】甘い香りが、白身魚にフィットしそうです。あとでスモークな感じが追いかけてくる。吉田さんのカクテルは、バランスがいいですよね。全体的にまるい印象です。
【吉田】バランスはかなりこだわっています。とくにウオツカって味がないですよね。どうウオツカを表現するか、これが難しいんです。ひたすら入れればいいってもんじゃないですし。ほどよいアルコール感とそのウオツカのもつ個性を引き出すのが大事です。
【吉村】個性をひきだしてあげる──それって、プロデューサーの仕事みたいですね。この人のこういう個性を、ここで引き出してって。
【吉田】そうですね。カクテルを作るときって、リキュールとか副材料でけっこう簡単にそのベースの味や特徴を殺せるんですよね。でも、ぼくらバーテンダーはお酒の魅力を伝えることが仕事。自己満足でおいしいカクテルを作るんじゃなくて、やはり、ベースの味をお客さんにしっかり伝えることが大事なんです。だから、ベースをちゃんと生かすのがとても大事です。ワールドクラスは、そこをとても見てくれているので、魅力的なコンペティションですよね。
ビジネスにも通じる、プレゼンの力
【吉村】今回、コンペティションで心がけていたことは何ですか?
【吉田】プレゼンをしながらカクテルを作ります。しかも5分という限られた時間内です。言うべきこと、言わなくてもいいことを、はっきりしておくことでしょうか。
【吉村】あらゆるプレゼンに言えますね。メリハリをつけ、よけいなことをしない。よけいな力を加えないってことですね。
【吉田】言いたいことをわかりやすく説明する。ぼくは最初にコンセプトを言いました。
【吉村】カクテルを考えるときに、どんな苦労がありますか?
【吉田】これとこれを混ぜたら美味しいかなと作っても、あと一歩のことがあります。今回のカクテルを考えるときも煮詰まりました。そんなときには、寝ることにしてるんです。ぼく、寝起きがものすごく頭が冴えるんですよ。とことんやって煮詰まってからアイデアがひらめく、というのがパターンです。
【吉村】それって蒸留と似てますね。醸造酒を煮つめて、一回死ぬじゃないですか、それからまた蒸留酒として再生する。そのときに、違う次元で命が新しくなる。
【吉田】カクテルをつくってテイスティングしてると、けっこうベロベロになるんです。だから「無理だぁ」って思ったら、寝ちゃう。良いことだけを思い出しながら寝ることにしてます。「あれ、まずかったな」とか思わない。「ここが上手くいったから、もうちょっとやってみよう」って。そうすると、翌日ポジティブな気持ちで起きられるんです。
【吉村】ところで、吉田さんにとって、カクテルって何ですか?
【吉田】自己表現の一つ。それとお酒の魅力を引き出すメディア。ストレートでウオツカ飲んでみてくださいというより、素晴らしいカクテルをつくって、ウオツカの魅力を知ってもらうメディアだと思うんです。
【吉村】9月にグラスゴーで開かれるワールドクラス世界大会で、世界のトップバーテンダーと競いあうことになりますが、そのときは、どういうスタンスで臨みますか?
【吉田】自分のスタンスを変えるつもりはまったくありません。伝えるべきことをしっかり伝えて、あとは味にこだわっていきたい。美味しいものを作れば納得してくれる審査員の方もいらっしゃると思いますので。味と、日本のバーテンダーの美しい所作というんですか、それだけは失わないように世界でもやっていきたいと思っています。
【吉村】吉田さんにとって、バーの意味合いって何ですか?
【吉田】街場のバーもそうですが、ドアを開けるのって勇気がいりますよね。でも、まずは座ってもらえば、新しい空間が待っています。
「人は家でも下ろせない荷物を抱えている。だけどバーはそれを下ろせる場所なんだ。バーテンダーはその荷物を下ろしてあげることができるんだよ」って、先輩に教えてもらいました。座っていただいたら、寛いでいただけるようにするのがカウンターの商売です。テーブルではできません。
【吉村】人生を重ねれば重ねるほど、それがよくわかってきますよね。心の荷物をちょっと下ろして、また、かついで帰るんですけど(笑)。でも、100グラムくらい軽くなってるかもしれないですね。
【吉田】ときどき荷物を忘れて帰るひともいます(笑)
吉村喜彦/Nobuhiko Yoshimura
1954年、大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。79年4月、サントリー入社。宣伝部に配属。輸入酒担当として、I.W.ハーパーなどのバーボンのソーダ割りキャンペーン、ジャック・ダニエル、山崎、響などの広告を制作。TV・CMでは、井上陽水の「角瓶」、ミッキー・ロークの「リザーブ」、和久井映見とショーケンの「うまいんだな。これがっ」の「モルツ」などヒット作を連発。97年1月に、独立して、作家に。
interview & text:Nobuhiko Yoshimura
photograph:Tadashi Aizawa