クールビズに限らず、通年ノーネクタイを許容するオフィススタイルの普及は、もはや止めようもない時代の流れといえる様相だ。それどころか「ノータイの許可」から「ノータイの推奨」、さらには「ノータイの強要」にまで発展している。ネクタイをして出社したら上司からネクタイを外すよう指示されたという話も聞いた。

いずれにせよ、ノーネクタイの推奨には、窮屈な服装を廃して生産性をあげる、あるいは服装のカジュアル化による社員同士の交流の拡大など、ビジネスへの好影響を期待しているようだ。

果たしてネクタイを廃することが、それほどの効果を生むのだろうか? 職場の服装について「そもそもネクタイが苦しいという以前に、シャツのサイズがあってないので窮屈なのではないでしょうか」と指摘するのは、アイネックス代表取締役・仙田剛さんだ。同社は、国内大手百貨店やセレクトショップオリジナルのネクタイを製造し、海外のネクタイブランドの輸入販売も手掛ける企業である。「木綿のシャツは洗濯すると縮むので、首周りが詰まってくる。そこへネクタイをしたら苦しいのは当たり前ですね」と仙田さんは言葉を続ける。

もちろん首元までボタンをするのが窮屈に感じるという人はいるだろう。しかし「襟を正す」の言葉があるように、仕事にのぞむとき、男の正装は襟を閉じておくものだ。一方、「胸襟を開く」の言葉に、心を開いてうちとけるという意があるように、ネクタイを締める、ゆるめるという動作にコミュニケーションの意図があることも思い出してもらいたい。

仙田さんも言う。「男性だったら誰でも思い当たると思うのですが、ネクタイを締めることで「今日一日頑張るぞ」と仕事へのスイッチを入れることができます。ネクタイって、ビジネスマンにとって大切な道具だと思うんですよ。一方、仕事の後、飲みに行ってネクタイを緩めたとき、「心がホッとする」ことの良さも知ってほしいと思います」

かくいう仙田さんも「暑いときはネクタイをはずすべき」と言い切る。その代わり、ネクタイをすべき日は、正しく結んでネクタイの「ビジネス力」を活用すべきとも指摘する。

「人は見た目が9割とまでは言わないけれども7割ぐらいは見た目が大事。とくに仕事相手の第一印象は、ネクタイから得られることが大きいものです。それにネクタイは自分の気持ちを引き締めたり、信頼できる人間であることをアピールしたりするだけでなく、相手を話しやすくさせるための気遣いでもあるはずなんです。人を見るとき、最初からまっすぐ目を見て話せる人って少ないですよね。そんなとき、ネクタイの結び目=ノットがあると、相手が目線を置くのにちょうどいい。意識しなくても、相手がノットに視線を置くことで話しやすくさせてあげる。ネクタイには、そんな役割もあるんです」

10年以上着ているというお気に入りのフランネルのスーツ。体に馴染み、じつに格好いい

アイネックスでは男性社員に月曜から水曜まではネクタイ着用を推奨している。木曜、金曜の着用は個人の自由だ。

「若い経営者のなかには、オフィスでカジュアルな服装でいることが、先進的な考え方の経営者にふさわしい、と考えている人もいるようです。しかし、少し上の世代からすると、そう思わない人のほうが多い。ビジネススタイルには基本があるわけです。そこから少しずつ個性を出すためにハズしていくべきで、最初からハズした格好では、仕事も基本的なところができているのかなと不安に感じます」

若い経営者でも、年配の経営者と会う時はネクタイをしていくべきという。実際に、どんな色柄のネクタイをしているか、きちんと隙間なく締めているかなどによって、まともに相手をするかどうかを考える経営者もいるからだ。どんなにビジネスプランが良くても、面と向き合ってもらえなければ、その扉すら開かれない。それもまたビジネスの基本である。

しかし、そんな仙田さんも若い頃は破天荒な社員で、「ファッションは好きですが、ネクタイは嫌いです」と言って入社した武勇伝は、業界でも語り草である。アイネックスの前身となる会社は金沢のネクタイメーカー。国内の問屋を通して買い付けたネクタイを取引先に卸すことが主な業務だったところに、イタリアへネクタイを買付にいくことを提案したのは仙田さんだった。ときに営業先で、他社製品と自社製品を比べるためにハサミでネクタイを切り刻んだ話や、東京支社の設立にあたって金沢のアパートの家賃と週に一度帰省する交通費とを会社に負担させたエピソードも伝説的だ。

「出過ぎた杭は打たれない」とは、仙田さんの座右の銘。多少の無茶をしても、服装に一家言ある社員だったからこそ、その思いがトップに届いたに違いない。若き日の仙田さんに倣うならば、ノーネクタイ時代だからこそ、逆張りでネクタイを着用し、ビジネスマンとしてのスジを通すというのもいいだろう。

text:zeroyon lab.
photograph:Hiroyuki Matsuzaki