大手の銀行や商社などで、ビジネススタイルに厳格な規定を設けていた企業が、カジュアル服での通勤や業務を奨励する例が増えている。「自由な雰囲気で、創造性を発揮する」という企業側の理由付けはもっともらしいが、果たしてそれは効果的に機能しているだろうか。

「服装の自由化そのものが組織内の風通しや創造性に影響を与えるということはない」と、長瀬さんは言い切る。インスタグラム日本事業責任者、日本ロレアルCDOなどを歴任し、今年10月にはアパレルブランド「ボーダー・アット・バルコニー」のCEOに就任、翌11月には2つの会社を新たに立ち上げたばかり。マーケッターとしてのキャリアを活かす新事業は枚挙にいとまがない。

オフィスがカジュアルな服装だからといって、必ずしも社員間の風通しがよく創造性豊かになるというロジックには直結しない。「むしろ業種と社風によって、そして自分の立ち位置によって、服装に正解がある」と長瀬さんは言う。自身10社以上会社を変わってきた。業種は通信、IT、ソーシャルネットワーク、化粧品、芸能プロダクションと多岐にわたる。スーツをビシッと着こなしていたときもあれば、スウェットパーカにジョグパンというラフなスタイルで勤務していたこともあるという。

「会社に合わせて、仕事に合わせて服装は変えるべきであって、一概にスーツNG、ノーネクタイを推奨するのはナンセンスです。私もインスタグラム時代は、スーツの日もあればカジュアルの日もありました。しかしIT企業のエンジニアにはスーツを着る必要のない人もいます。そこへスーツ姿の上司がきても、服装で拒絶されては仕事の入り口に立てないので、そういう場合はTシャツにハーフパンツのほうが、会話が弾むこともある。反対に責任者として人と会うときはスーツでないと信用してもらえないこともあるでしょう。ようは相手に応じて服装は変えるべきで、自分のクリエイティビティの発露として着替えるものではない。ビジネススタイルは相手の期待に応えるものでなくてはなりません。スーツかカジュアルかの選択ではないのです。」

まず相手と向き合って、話を始める土俵に上がるための服装が必要だ。自身の快適を求めるためのノータイスタイルが、相手にとって不快なら土俵に上がることすらできないのだから。単純に服装をカジュアルにすることがいかにナンセンスかを長瀬さんはロジカルに、しかし軽快に物語る。

「日本では、服装についてあまり深く考えていない人が多いように思います。だから逆にルールに囚われてしまうのではないでしょうか。何を着ればいいのかわからないから、考えなしにルールに従う。そういう人って、自分の服のサイズも知らないのではないでしょうか。自分のことをわかっていないと、自分の能力すら把握できない。それでは自分がどういう仕事をすればいいのか、わからないのでは?」

長瀬さんは自分の服のサイズをピタリと明言できる。サイズがわかっているから、服を買うのも効率的だし、何を着ればいいのか、何を着れば似合うのかを知っている。

「サイズはもちろん、似合うブランド、色柄、アイテムまでわかっているからこそ服って選べるんだと思うんです。それといつも同じ店、同じスタッフに対応してもらうことで自宅のクロゼットを把握してもらっているから、パーソナルスタイリストのようにコーディネートや買い物のアドバイスもしてもらっています。僕は、そんなに服のことに詳しくないのでプロに任せたほうがいい。そうするためにも自分のサイズを知っておくべきです。」

ハイブランドのお洒落なスーツを華麗に着こなしている長瀬さんは謙遜してそう話すが、明確に自分の役割を区別している点には一理ある。マーケティングという専門性の高い得意分野をもつ長瀬さんは「自身のケイパビリティ=許容量をわかっていることが、生活の全てにおいて重要」だと話す。

自分を知ることが、仕事と服装への第一歩

若い頃から重要なポジションを任されてきたのは、スーツ選びにも少し背伸びをしてきたからだという。中途半端なスーツを2着買うぐらいなら、高級な1着を買う主義。同世代のなかで、誰よりもいいスーツを着ていたと胸を張った。

「上司に連れ出されて人に紹介されることが多くなったのは、部下の中でも恥ずかしくないやつとして認められていたからだったのでしょう。責任ある仕事を任されることも多くなるので、自分でもみすぼらしいビジネススタイルというわけにいかないから、さらに磨きをかける。期待に応える服装はそうやって身につけていきました。」

もちろん仕事内容が評価されてのことだろう。しかし外見をも活かす長瀬さんのセルフブランディングが奏功していることは、多くの企業からヘッドハンティングされてきた実績が物語る。それに服装にこだわり、仕事にこだわるというポリシーは、傍から見てもじつにクリエイティブだ。言葉の選び方やロジックとともに、新しい切り口を創造してくれそうなイメージが漂う。期待に応える服装術は、ビジネスのあらゆるスタートシーンに必要なスキルといえる。

自分自身が着るべき服がわかるように、自分の仕事を理解しているという。自分の家のクロゼットと同じように仕事の許容量を知ることが、ヘルシーかつハッピーに生きていく術と知っているのだとも。そのため、自分の身の回りにあるものは、シャツ1枚、ペンひとつに至るまで、自分自身が納得できるものを厳選している。

「たとえばクロゼットに服がいっぱい詰まっているのに、新しい服を買ったら、無理やりどこかを寄せてスペースをつくりますか? 無理して押し込めた服には、しわが入ったり、ダメージを受けたりしたままで気付かずに着ていたらダサいですよね。一枚入れるなら、一枚捨てるべきなんです。そうしていま必要な服が整っていくから、クロゼットがそのまま自分の服装のフレームワークとして機能するんです。」

この方法論を、長瀬さんのかつての上司、マット・ジェイコブソン氏に教わったという。彼は、Facebook8人目の創立メンバー。長瀬さんを日本のInstagramの事業責任者に採用した人物だ。

「マットは、コンマリが流行る前から『断捨離』という言葉をよく使っていました。彼から、自分のクロゼットの大きさを知っているかと聞かれたことがあります。服だけの話ではありません。自分が生きていくうえで必要なものを入れるクロゼットの許容量を知ったら、あとは出し入れするしかない。無理をすれば必ずどこかに歪みが生じる。捨てられるものを持っているということは、恥ずかしいことだということも教わりました。新しいものを買うとき、入れ替わりに捨てるものを考えてみて、何も捨てるものがないときは、それは必要ないものだってことがわかるんです。マットの部屋は味の出たヴィンテージ品ばかりなのも理解できます。そのどれもが彼らしい選び方がされているんです。」

自分の好きなものを厳選していくことで、自分の好きなものが集まり快適なスペースが作り上げられていく。情報収集のアルゴリズムは、インターネットに似ているのだそうだ。

「SNSでは承認欲求を互いに満たすための『いいね』ではなく、本当は『いいな』を記録すべきなんです。自分の好みを熟知し、感性が動くものを『いいな』する。そうすることでSNS上に自分にとって必要なヒト・モノ・コトといった情報が自然とクリッピングされていくんです。それこそ、次なる仕事へのフレームワークとなるはずです。」

自分のクロゼットの容量を知り、SNSには自分にとっての『いいな』を重ねていく。そうしたライフスタイルの見直しこそ、クリエイティブの源泉と言えるのではないだろうか。

長瀬次英〇1976年京都府生まれ、中央大学卒。インスタグラム日本事業責任者、日本ロレアルのCDO、株式会社LDH JAPANのCDO等を経て、この10月に自身の会社でナレッジシェアリング&Networkを目的とした会社「PENCIL&PAPER㈱」とCDO/CEO/CMO といった経営者目線でのコンサルティングを提供する会社「Visionary Solutions㈱ 」を設立。同時にブランディングビジネスで有名な柴田陽子事務所にてCSO(最高戦略責任者)を担い、またBORDERS at BALCONYというアパレルブランドのCEO等を担い真のパラレルキャリアを実践している。登壇しているセミナー等は数多く、史上初2年連続アド・テック東京(2017&18)で#1スピーカーを受賞。他にも2018年1月に「Japan CDO of The Year 2017」を受賞。Forbes・Japan(2017年12月号)にて「カリスマCxO」の一人として特集される。常に、新しいかつ時代にあったビジネスモデルの構築とサラリーマンの無限の可能性を模索している。

text:Yasuyuki Ikeda(Zeroyon lab.)
photograph:kuma