ショパール マニュファクチュールの生みの親

創業者を知れば、そのブランドのフィロソフィーが見えてくる。新興にしろ老舗にしても、創業者のポリシーを受け継ぎながら事業を継続している企業が多いためだ。とりわけ大手コングロマリットに属さないファミリー企業はその傾向が強い。大手資本に左右されることなく独立性を保った事業運営ができるから。

高級時計の世界で数少ないファミリー企業の一つがショパールである。創業は1860年のことだが、現在の高級時計製造の礎を築いたのが現共同社長のカール‐フリードリッヒ・ショイフレ。彼は1980年代に経営に参画すると、ショパールの創業者が生業としていた機械式ムーブメントの製造に着目し、社内の反対に合いながらも1996年にショパール マニュファクチュールを立ち上げる。しかもそこで作り上げたのは単なる汎用機ではなく、ハイエンドの頂点に位置するほどの最高級機。それまでジュエリーウォッチのイメージが強かったショパールを、最高級の機械式時計を作るマニュファクチュールへと変貌させたのがカール‐フリードリッヒこの人である。高級時計メゾン・ショパールの生みの親と言ってもいい。

そのカール‐フリードリッヒの35年来の旧友が、モータースポーツ好きの間では伝説的なレーサーであるジャッキー・イクスである。2人はイタリアで開催されるクラシックカーレース、ミッレ ミリアにペアで出場する盟友であり、ジャッキーは現在ショパールのアンバサダーも務める。公私共に親交が深いジャッキーだけが知るカール‐フリードリッヒの素顔、そしてそこから見えてくるショパールのフィロソフィーを聞いた。

写真左がカール‐フリードリッヒ・ショイフレ、写真右がジャッキー・イクス
2人は昨年もペアでミッレ ミリアに出場。写真左がカール‐フリードリッヒ・ショイフレ。カール‐フリードリッヒは、1958年ドイツ・フォルツハイムに生まれ、スイス・ローザンヌで経営を学んだ後、ファミリービジネスに参画。96年、ショパール マニュファクチュールを設立。現在、妹のキャロラインと共にショパール グループの共同社長を務める。自らワイナリーを持つほどのワイン好きでもある

ル・マンのキングが“器がでかい”と感じた瞬間

――今日はよろしくお願いします。ジャッキーさんとカール‐フリードリッヒさんは、どのようにして出会われたのですか。

ジャッキー・イクス(以下略) 人には誰しも、思いがけない出会いがあるものだよ。カール‐フリードリッヒとは、もしかしたら出会うはずじゃなかったかもしれないし、でも出会うべくして出会ったとも言える。最初はたまたま同じ場所に居合わせて、本当にすれ違っただけなんだ。

――そこからどのようにして親密になったのでしょう?

ある時、私の友人がパリでブレスレットを買ったんだけど、ネジが緩かったのか、壊れてしまったんだ。その話を別の友人にしたら、「ショパールのボスを知っているから紹介しようか?」と言ってくれて、それで初めてきちんと会った。ブレスレットを見た彼は「すぐ直るよ」と言って、本当に直してくれた。ついでに工房も案内してくれて、ランチも共にしたよ。その頃、ちょうどカーレースのミッレ ミリアがリバイバルしていて、「良かったら一緒に出ない?」と誘われて、一緒に出ることになった。それが1988年のこと。それから気がついたら35年。私にとっては、人生の中で何人も出会うわけじゃない、数少ないかけがえのない友人だよ。

ジャッキー・イクス
ジャッキー・イクス。1945年生まれ、ベルギー・ブリュッセル出身。1960年代にF1や耐久レースに出場。ル・マン24時間レースでは6度の優勝経験を持つ。その豊かな経験や安全への心がけがカール‐フリードリッヒの心を捉え、2人はクラシックカーレースのミッレ ミリアにペアで15回以上出場している

――普段のカール‐フリードリッヒさんはどんな人ですか。

いつも快く人に対応する。不機嫌な日もあるんだろうけれど、私にはほとんど見せないね。何よりすごいと思うのは、チームリーダーとしての器がとても大きいんだよ。社内のいくつものチームとタスクをこなし、フルリエの工房も見て、しかも時計を実際に作る職人やアーティストへのリスペクトをすごく持っている。みんながお互いをリスペクトして、同じ方向を向いて進めているのは彼の器があるからだと思うね。

――器が大きいと感じられた出来事はありますか。


それはミッレ ミリアの話をしないとならないね。レースでは私たち2人が交代しながら運転する。基本的に彼が運転するんだけど、雨が降ると「君、運転して。プロでしょ」って言うんだ。雨が降るとルートを見つけるのが難しくて、特にスタート地点のブレシアという街は土砂降りになることが多い。ルートも見つからないような難しい局面で、彼は自分の命運を人に任せる器があるんだよ。どれだけ寛容なことか分かる? 私の判断次第ではリタイアになることだってあるのに、ずぶ濡れになりながら「運転していいよ」って言うんだよ。

――そう言われたらジャッキーさんはどうするのですか?

もちろん黙って運転するさ(笑)。文句も言わずに。

ファミリービジネスであり続けることが哲学になっている

――ショパールのメンズウォッチを総覧すると、カール‐フリードリッヒさんの人となりを具現したようなラインアップだと感じます。彼の紳士的な部分が高級時計の伝統を重視した「L.U.C」コレクション、クルマ好きの部分が「ミッレ ミリア」コレクションのように。ブランドトップの人となりがこれほど如実にプロダクトに表れているブランドは他にありません。

それは、まずは彼がすごく仕事を愛しているからだと思うよ。ジュエリー部門は妹のキャロラインが引き受けているから、時計に関してはより彼の思い入れが強く出ているかもしれないね。でもやっぱりファミリービジネスということが大きい。商業的な成功を優先する会社と比べると、家族経営という部分が大きいと思う。ヨーロッパには2代、3代と続いている企業だけが参加できるクラブがあって、彼らはファミリービジネスであることが哲学なんだよ。カール‐フリードリッヒも彼のファミリーも皆、働くことがとても好き。仕事に対する情熱をすごく持っているんだ。

ジャッキー・イクス
インタビューを始めると、開口一番「今日は取り調べに来たの?」と、ベルジャン・ジョークで場を和ませる。こんなお茶目な人柄に引かれるファンも多い

――情熱という点で言うと、ショパールは高級時計の世界ではほぼ無名だった1990年代に、いきなり最高品質の時計を作るマニュファクチュールを立ち上げました。近年ではサステナビリティーへの取り組みです。今年は年末までに社内のステンレススティールを全てリサイクル素材のルーセントスティールに切り替えるなんていう宣言をしてしまう。長期的な視点と志の高さが印象的です。

彼らには、自分たちがやるべきことをやるというポリシーがある。やるべきことだから自然とゴールも高いものになるし、一度ゴールを掲げたらそこに向かって突き進む。サステナビリティーについて言うと、今はどのブランドも、どこから来た素材をどう使うか、ということを考えているけれど、ショパールが取り組み始めたのはもう25年も前。環境に対してどう向き合うか、自分たちがどうあるべきかという哲学がしっかりしていたので、他に先駆けてそういう動きができたんだと思うね。

――サステナビリティーの取り組みについてはどう感じていらっしゃいますか。

もちろんイエス。でも、もしノーという立場だったとしても、カール‐フリードリッヒはしっかり耳を傾けるだろうね。彼は誰とでも本音で意見交換をして、たとえ自分とは違う意見に対しても聞く耳を持っているんだ。

――では、最後にショパールの「ミッレ ミリア」コレクションについてお聞かせください。新作の開発に際して、ジャッキーさんがアドバイスやアイデアを出すことはあるのですか。

カール‐フリードリッヒは常に新しいアイデアにオープンな人間だと思うよ。これまでに6つのジャッキー・イクス・エディションを作っているけれど、その時は「どう思う?」「何を入れたい?」とよく聞かれたね。例えば、ラバーストラップにダンロップのタイヤの模様を取り入れたいというリクエストを出したら、それも聞き入れてくれて、私自身がダンロップに掛け合ったこともあったな。今後、7本目が出来たら、もっと詳しく話すことができるよ(笑)。

ジャッキー・イクス
現在、ショパールのアンバサダーも務めるジャッキー・イクス。今春発表された「ミッレ ミリア」の新作では、写真のゴールドベゼルのモデルが気に入りだという。今年のミッレ ミリアは世界に先駆けて日本で発売が開始されている。詳細はショパール ブティック 銀座本店(TEL.03-5524-8972)まで

――2023年の「ミッレ ミリア」の新作に対してはどんな印象をお持ちですか。

前のモデルよりサイズが少し小さくなって、エレガンスが増しているね。レザーのストラップの色みもすごくいいと思った。ダイヤルの色は個人の趣味があると思うけれど、私はこのゴールドベゼルのモデルがとても好きだよ。

――とてもお似合いです。ビジネスパーソンが着けるとしたら、どんなシチュエーションで着用することを薦めますか?

どんなシチュエーションだって構わないよ。防水性があるから多少濡れても安心だし、私なんて寝る時も着けているさ。針が太くて光る(注:蓄光する)から、夜中に目覚めても時間が分かるんだ。誰にでも似合うし、どんな時にだって着けていられる時計だね。

――たしかに使い勝手が良さそうなクロノグラフですね。本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。

問い合わせ情報

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ショパール ジャパン プレス
TEL:03‐5524‐8922


photograph:Hisai Kobayashi
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