やはり異才。黒澤明監督が予告編15秒で見せたもの
「私は“謎”だと思っています。予告編は結局、結末を言えないんですよね。ミステリーはもちろん恋愛ものなども、最終的にどうなるかという結末を見せずに興味を持ってもらわなければならない。そこで昔からよく言われているのが“起承転転”です。ストーリーを結ばずに、謎めいた部分を残すことで興味を持ってもらうという手法です」
そう話すのは、映画予告編を専門に制作するガル・エンタープライズの小江英幸さん。映画業界歴およそ40年、現在は制作部長として多くのディレクターたちを取りまとめる人物だ。
映画予告編の制作フローは、作品の内容や制作の進行具合によって多少異なるものの、一般的には次のようになる。まずは映画配給会社の宣伝部やプロデューサーと、その作品をどのように打ち出すか、どのような客層をターゲットにするかを決める。その方針にのっとって宣伝部がマーケティング戦略を練り、テレビ番組などでの宣伝を組み、パブリシティーや予告編の制作を依頼する。予告編は、かつては映画館で上映する60秒や30秒のものが主だったが、近年はネット用に15秒や6秒のものを制作することも多いという。
「起承転転を教える際によく話すのがこの古典です。“大阪本町の糸屋の娘、姉は十六、妹は十四、諸国諸大名は弓矢で殺す、糸屋の娘は○○で殺す“というもの。大阪本町に2人の娘がいて、姉は16、妹は14。これが起と承なんですね。で、大名は弓矢で殺す、といきなり転じる。結びが、娘は○○で殺す、なのですが、ここが謎の部分。答えは“目”で殺すなんですけれど、そこを隠しながら作品に引き込むのが予告編の作り方だと教わりましたね」
ただ、起承転転はあくまでもベースとなる考えで、起ではなく転から始まるものもあるし、作品や監督によってもその在り方は変わるという。
「例えば『ミッション・インポッシブル』のイーサン・ハントや、『007』のジェームズ・ボンドのように主人公が周知されていれば、起や承は後にして転から始めても皆、分かりますよね。また、監督で言うと、市川崑さんは“映画は本編だろうが予告編だろうが、絶対にドラマが必要だ”という方でした。また黒澤明さんが『乱』を撮られた時、その15秒の予告編をチェックしてもらう場に私も偶然居合わせたのですが、黒澤さんは“15秒で言えることは一つだけだ”とおっしゃって。それで出来たのが、15秒間ずっと城が燃えていて、最後に“乱”という文字がどんと出てくる映像でした。脱帽ものですよね」
飽きられたら終わり。だから“頭”が重要になる
この起承転転は、現在も予告編制作のセオリーの一つであるものの、映画の楽しみ方や宣伝手法の変化により新しい見せ方が求められるようになっているという。「いろいろな手法を使わなければならない時代になっている」と語る小江さんが話を向けたのが、自身の部下に当たる川野龍生さん。1995年生まれの27歳、予告編制作5年目の若きディレクターである。
「自分の世代の感覚で言いますと、映画館に来た人が必ずしも予告編を見てくれるとは思っていないんですよね。というのも、今は劇場が暗くなるまではスマホをいじってもいいので、本編が始まるまで動画やSNSを見て過ごす人もいます。そういう人たちの顔を何とかスマホから上げさせて、スクリーンに引き込むような予告編を作らなければならないと思っていて。もっとシビアなのがウェブの世界です。SNSではつまらなければすぐに飛ばされてしまいますし、ウェブCMではそもそも6秒で訴求しなければならないこともありますから」
そのために川野さんが意識しているのが、冒頭の数秒だそう。
「頭のキャッチーさ、そのインパクトと秒数はとても考えます。大体が10秒以内、長くても15秒ですかね。例えば、衝撃的な1カットを頭に入れて“何だ、このビジュアルは!?“と興味を持ってもらえるなら極端な話、1秒でも2秒でも十分ですし、面白い設定を15秒かけて丁寧に見せるのもいいと思います。個人的には短ければ短いほどいいと思っていて、練りに練った頭の部分をいかに短時間で見せるか、ということを一番考えますね」
その考えに至ったのは、やはりウェブでの視聴体験による。
「YouTubeの動画を例に出すと、例えば20分の動画でも、最初の10秒でその動画の面白い部分をダイジェストで見せることが鉄板中の鉄板になっていますよね。そういう動画を見慣れている人だと、やんわりした10秒ではすぐに飛ばされてしまうので、飽きさせない仕掛けづくりが必要だと思います。最近よくチェックしているのは、ボカロ系のミュージックビデオ。基本的に文字と絵だけなんですけれど、それをうまく動かして持たせている。昔ながらの洗練された映画の良さも残しながら、そういう今どきのテロップの出し方なども反映させていきたいです」
映画予告編はわずか数十秒で客の心を動かさなければならず、それ故に興味を引くためのコンテンツ作りのノウハウが凝縮している感がある。映像に関わる業務に限らず、日々のプレゼンテーションや作成する資料の多くにはストーリーがあるもの。謎を残して興味を持たせる、頭の数秒で引き付けるなど、客を飽きさせない予告編制作のセオリーは、一般のビジネスにも通ずるものがある。
photograph:Kazuma Okita
edit & text:d・e・w