時間はうそをつかない。リアルなところが面白い

「同じ天文学者でも、時間の感じ方はその研究内容によって異なりますね。私の研究対象は太陽系の中の天体の運動が中心です。例えば、太陽の周りを回っている地球と別の天体が衝突する可能性を調べるとなったら、それぞれの天体の位置を自分の数値計算プログラムで計算をして、結果をプロットしていくんです。2023年7月20日にはここにいる、10年後はここ、100年後はここ、というように。私のように、未来の予測や過去の検証を行う研究者にとって、時間はとてもリアルなものですね」

そう話すのは、東京・三鷹にある国立天文台で、天文保時室の室長を務める布施哲治さんだ。布施さんの専門は太陽系天文学で、とりわけ衛星や彗星、小惑星、準惑星などの研究を行う。日本の「はやぶさ」「はやぶさ2」の各ミッションや、アメリカの「ニュー・ホライズンズ」ミッションにも携わった、日本有数の天文学者である。

布施哲治さん
布施哲治さん。自然科学研究機構国立天文台、天文情報センターの天文保持室長。1970年神奈川県生まれ。総合研究大学院大学博士課程修了、博士(理学)。国立天文台ハワイ観測所広報担当研究員、情報通信研究機構鹿島宇宙技術センター主任研究員、内閣府への出向を経て、2022年から現職

「太陽系を研究する私たちにとって時間はリアルですが、遠い宇宙を研究している人はまた感覚が違って、まず距離が何百万光年、何億光年という世界。1光年は光が1年かかって進む距離のことで、おおよそ10兆キロメートルなんですけれど、地球から一番近い星でも約4光年あります。つまり、今見えているのは4年前の星の光なんですよ。それは光のスピードが有限だからなのですが、このように遠い銀河や宇宙を研究する人は過去を見ていて、その距離の指標になるのが時間、という言い方ができると思います。遠方の天体を研究する上では、距離、つまり時間はとても曖昧なもの。例えば、1億光年先の銀河を研究している人は、1億年前だろうが1億2000万年前だろうが、それほど大きな差だとは感じないんですよね。ある意味、ロマンチックと言えるかもしれませんけれど」

同じ天文学でも、リアルに捉えなければならない時間があれば、アバウトでも構わない時間があり、その向き合い方のギャップが興味深い。主に前者のように向き合う布施さんが、時間のリアルをまざまざと感じた瞬間があるという。1994年、木星にシューメーカー・レヴィ第9彗星が衝突した時のことだ。

「その彗星を見つけたのはアメリカ人でしたが、木星にぶつかると予想したのは日本のアマチュア天文家だったんですね。アマチュアといっても素人という意味ではなく、特に日本のアマチュアの中にはプロ顔負けのハイレベルの人も多いんです。私も彗星の木星衝突を研究テーマにしていて、あの時はまさにどこまで精度高く計算できるかとワクワクした時期でした。普通にコンピューターでプログラムを組むと、単精度といって8桁までの精度なんですよ。でも、先ほどの衝突時間を精密に出そうとするとその2倍精度の16桁、さらに4倍精度となる32桁の精度を使って計算しないと正しい結果の検証ができなかったんです」

1880年ドイツ製のレプソルド子午儀
国立天文台(三鷹)には歴史的な天文機器が保存されている。写真は1880年ドイツ製のレプソルド子午儀(国指定の重要文化財)。かつて天文台が港区麻布にあった頃は、時刻の決定と経度測量に使われていた

計算精度についての簡単な例を挙げると、こういうことになる。1÷3×3という計算の解は人間が手で計算すれば1と容易に分かるが、これを従来の電卓で計算すると0.999999…となる(関数電卓やスマホのアプリでは1となるものが多い)。こうしたわずかな差がプログラミングによる計算で累積していくとやがて大きな誤差となってしまう。それが彗星が衝突するかどうかの瀬戸際となれば無視できない。

「天文ソフトの中には、彗星が木星に衝突しないという結果になったものもありました。でも私が計算したところ、アメリカのNASAの結果とぴったり一致して、衝突するという結果になりました。そしてやはり彗星は木星に衝突しました。このように時間や距離、質量などの精度に対して本当にシビアに考えていかないと、天文現象の答えが合わない場合が多くあるんです。物事がシビアというと嫌厭する人が多いかもしれませんが、個人的には嫌じゃないんですよね。過去にさかのぼるにしろ、未来を予測するにしろ、現象に対して非常にリアルに感じられるのが、太陽系天文学の面白さかもしれません」

第一赤道儀室
国立天文台(三鷹)で最古の建物である第一赤道儀室。内部には屈折望遠鏡と太陽写真儀が設置されている。国立天文台(三鷹)には見学コースが設けられており、誰でも無料で見学ができる

正確さだけが時計の魅力じゃない

時間に対してシビアな天文の世界に身を置く布施さんは、日常の生活においても時間にコンシャスのようだ。使い込まれたノートには、日付と時間、そして業務内容がぎっしりと記入されている。電話1本に対しても、誰と何を何分間通話したかまで事細かにメモされている。そして時間といえば時計である。

「1999年から約10年間は、国立天文台ハワイ観測所にいまして、現地では時間なんてほとんど気にしない、特有の“ハワイアンタイム”が流れていました。そこから日本に戻った時、ハワイアンタイムのままでいたらまずいな、日本人らしく時間に正確にならないといけないなと思って。帰国した頃には電波時計が普及していましたし、着任した職場が電波時計の標準電波を送信していたこともあって、ソーラー電波の腕時計を買いました。家中の壁掛け時計や目覚まし時計も電波時計で揃えましたよ」

布施哲治さん
標準時の決定に携わるという重責を担いながら、自身の研究に取り組む布施さん。現在は岩手・水沢キャンパスにある原子時計を三鷹に移設するプロジェクトを進めている

ただ、電波時計を使い続けているうちにあることに気づく。

「電波時計はほとんどずれないので、スゴいなと思って最初はワクワクしながら使っていました。ただ、しばらくすると、あまりに正確に動きすぎて何だかな、と思うようになったんです。それで昔、父親が機械式時計を使っていたことを思い出して。当時は子ども心に“巻き上げるのが面倒じゃん、電池でいいじゃん”と思っていたんですが、そういうのもいいかもなと。それで悩んだ末に入手したのがオメガの機械式時計。理由はコンステレーション(注:星座)という、星にまつわるネーミングが気に入ったためです」

腕時計
布施さんの腕時計遍歴。左から、ハワイより帰国後に購入したセイコーのソーラー電波時計、星にまつわるネーミングに引かれたというオメガのコンステレーション、自身の生年と同じ1970年製のロレックスのデイトジャスト

布施さんの現在の主な業務は、天文台にある原子時計が生成する情報をフランスの国際度量衡局に送り、標準時の決定に貢献すること。

「オメガの時計は機械式でも精度が高く満足していたのですが、せっかく保時にも関わったのでもう一つくらい欲しいなと思って、自分の誕生年と同じ1970年製の機械式を買ったんです。その時に条件にしたのが、古いものなのでコンディションが良いことと、あとはリュウズを引いた際に秒針が止まること。機械式だから日に数秒はずれるんだけど、でも時刻を合わせる時は秒針が止まってほしいという、何だか矛盾ですよね」

未来に目を向けることも、過去にさかのぼることも自在。誤差がほぼ生じない電波時計も熟知しながら、ぜんまいと歯車で動くアナログの機械式時計の魅力も解する。タイトとロマン、天文の世界と同様に腕時計の世界も自由に楽しんでいるようだ。

photograph:Hisai Kobayashi
edit & text:d・e・w