庭造りで最も意識するのは、時間を映し出す「光」

「普段、時間という言葉を意識することはあまりないんです。ただ、光はとても意識します。時間にまつわるツールとして考えるなら、太陽の位置はどこでも意識しなければならないことです」

そう話すのは、東京・国立にアトリエを構える造園家、小林賢二さんである。もともとはインテリアデザインの仕事をしていたが、当時はバブル期のまっただ中。短いサイクルで空間が消費されていくことに違和感を覚え、次第に「長く残るもの」へ関心を深めていった。そんな時にエジプトで見たハトシェプスト女王葬祭殿に心を動かされた。そこでは断崖絶壁の自然の造形と、人間がつくった人工的な幾何学とが組み合わさって、感動的な風景をつくっていた。

日本だったら、断崖絶壁の代わりに、植物がその役割を果たすのではないか。植物の揺らぎと建築が合わさることで、人にとって心地よい風景がつくれるのではないか。まったくの野生ではなく、人間が住めるように少しだけ人工的な領域をつくる。それが小林さんの庭造りのベースになった。

小林賢二(こばやし・けんじ)
小林賢二(こばやし・けんじ)。造園家。1964年、長野県上田市生まれ。明治大学工学部建築学科卒業、桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒業。剣持デザイン研究所、苑環境計画を経て、1993年に小林賢二アトリエを設立。土、石、水、草木を主な素材に、住宅の庭からランドスケープ、環境アートまで幅広く手がける

「風景の骨格として、まず石敷きのアプローチやテラスなど、変わらない部分をデザインします。そこがしっかりできていれば、庭のオリジナリティーはキープできますから」

そして、その変わらない部分に、多彩な表情をつくり出すのが植物であり、光である。

「植物のすごいところは、葉っぱが光を通すことです。人工物とは違って、いろいろな向きの葉が光を通し、風で揺れ、日陰の中にもドラマチックなシーンが生まれるんです。北側の暗くなりがちな場所でも、地面に光が届かなくても、植物が立ち上がって葉や茎が光を受けることで、そこに光があることが分かる。それが庭では非常に大事。だからプロジェクトを始める時は、方位を非常に重視しますね。植物の適性も光の当たり方で全く違いますし、どの時間の光が一番いいかをいつも考えています」

光が変われば、同じ庭でも表情は変わる。造園家にとって光を見ることは、庭の中に流れる時間を読むことでもある。

庭
小林さんのアトリエに設けられた庭。デザインの骨格となる石組みは変えていないが、その周囲に配した植物にはしばしば手を入れているという

竣工時ではなく、10年先の姿をイメージする

庭造りが他の創作物と大きく異なるのは、植物が竣工後も成長し続けることだ。建築とは違い、庭は完成した時点からさらに変化していく。そのため、造園家には少し先の時間を見る視点が求められる。

「建築家の方は、竣工写真を撮るために、最初からある程度の完成度を求めることが多い。でも、庭の場合は最初から完成させてしまうと、成長した時にうるさすぎたり、多すぎたりする風景になってしまうんです。ですから、3年くらい先の仕上がりを目指しながら、10年先の風景もイメージして計画します。もちろん、最近の東京の狭い庭では、10年経ってもそれほど成長しない木を選ぶことも多いですね。ただ、どんな変化でも受け入れることが大事だと思っています」

10年先を見据えていても、庭は計画通りにだけ進むわけではない。だからこそ、変化そのものを庭の一部として受け止める大らかさが大切になる。

「植物は生き物ですから、100%大丈夫ということはありません。枯れることもありますが、それも含めて楽しむしかない。形あるものはいつか壊れる。そうなったら『次はどうしようか』と考えればいいんです。庭全体が生き物ですから、勝手に生い茂ってくるものもあります。それを残すか抜くか考えるのも、楽しみの一つです」

その時間感覚がよく表れているのが、小林さんが手がけた東京・東村山の「つむじ」の庭だ。更地に近い状態から始まった庭は、植物を足し、時に切り戻しながら、少しずつ姿を変えてきた。

「何もない更地に、さまざまな自然石を敷き並べて、150種類を超える草木を植栽しました。土の中に人工物を入れないで、自然の素材だけを使った庭造りをしたいと思っていたんです。乾燥に耐えられず朽ちてしまった植物があれば、植えた覚えのない木が顔を出して元気に育つこともあって。当初の計画とは違う景色になっているところも、多くありますね」

竣工時は、庭にとって完成ではなく始まりでもある。造園家は、10年先を思い描きながら、同時に予想外の変化も受け入れていく。

「つむじ」の造園が始まった頃
「つむじ」の造園が始まった頃(2015年3月)の様子。写真中央はまだ華奢(きゃしゃ)なヤマモミジ。つむじは、東村山の工務店、相羽建設を中心に、建築家の伊礼智さん、家具デザイナーの小泉誠さん、そして造園家の小林賢二さんが参画するプロジェクト。小林さんはランドスケープデザインを担当(撮影:小林賢二さん)
造園開始から11年が経過した年のつむじ
造園開始から11年が経過した年の、同じ季節の様子(2026年3月)。ヤマモミジの幹はしっかり太って、野性味を増している。その脇には、苗木で植えたユスラウメが、太陽の動きに合わせるように自然な形に育ってきた(撮影:小林賢二さん)

庭が、自分の手から離れていく瞬間がある

庭造りのなかで、小林さんが特にうれしいと感じる瞬間がある。東村山の「つむじ」が7、8年経った頃、建物の2階から庭を眺めて、「自分の手でつくったとは思えない」と感じた。そこには、人がつくったというより、植物がその場所で自分の時間を生き始めたような感覚があった。

「最初の3年くらいは害虫がついたり、暑さで弱ったりとトラブルが起きやすいのですが、そこを乗り越えて根がしっかり張ると、植物自身が自立して生きていくようになります。そうなると、僕の手から離れ、安心して見ていられる風景になる。こうなってくると、僕の時間とは違う『自然の時間』を感じます」

この「手を離れる」という感覚は、庭造りならではのものかもしれない。設計し、植え、手入れをしながらも、最後は植物自身の時間に委ねる。そこに、造園家が感じる時間の面白さがある。

「うれしい出来事ですね。木々が野生に戻っていく様子が楽しい。自分の手から離れていく感覚です」

庭
小林さんが、自分の手から離れていく感覚を味わった光景。庭というよりも雑木林に近い印象。この日の小林さんのブログには「最早、誰かが作ったとは言えないような、、大きな風景に育ってきました。」(原文ママ)とのコメントが残る(撮影:小林賢二さん)
庭
上の写真と同じ日に撮影した正面側からの景色。もはや建物が見えなくなるほどの生い茂りぶり。竣工から8年半ほどを経た2023年8月の様子(撮影:小林賢二さん)

小林さんは、庭を自分の「作品」として強く所有しようとは考えていない。庭は住む人のものであり、時間とともに変わっていくものだからだ。「僕は庭を自分の作品とはあまり考えておらず、お客さんのものでいいと思っています。ただ、僕に頼んでくれた痕跡として、石を使った骨格などは残っていてほしいとは思いますけれど」。

庭は、つくった人の意図だけで完成するものではない。住む人が関わり、植物が育ち、時間が重なって、少しずつ風景になっていく。造園家は、その始まりをつくりながら、いずれ自分の手を離れていく瞬間も見守っている。

自然と向き合ううちに、生活が「植物化」してきた

もう一つ、興味深い時間感覚がある。それが、植物を相手にするうちに、小林さんの生活リズムが次第に変わっていったことだ。

現在、小林さんの1日のタイムテーブルはおおむね次のよう。朝5時か6時に起き、7時か8時にはアトリエへ向かう。日中は仕事に集中し、夕方5時には仕事を終える。6時前には晩酌を始めることも多い。土日も仕事をしたり、庭をいじったりする一方で、夜まで仕事を引き延ばすことはない。1年の大半を、こうした規則正しいリズムで過ごしているという。

「植物や動物に休みはありませんが、夜には休みます。僕も植物の仕事をするようになってから、生活が次第に植物化してきたというか、太陽が出ている時間は仕事をして、それ以外は休むようになりました。太陽が出ている時間が仕事の時間ですから、時計はもう何年も持っていませんね」

もちろん、自然のリズムで働くことは、成り行き任せにすることとは違う。現場では限られた時間の中で作業を進める必要がある。だからこそ、段取りは徹底している。時計を持たず太陽に従う大らかさと、綿密なスケジューリングという時間意識のメリハリもまた興味深い。

「現場は時間との勝負です。時間通り、見積もり通りに進めるための段取りを、頭の中で徹底的に整理します。自分の作業、職人さんへの指示、昼休みの動きまで、パシパシと。日ごとのスケジュールもしっかりつくります。できないことは入れない。予定表は週ごとに整理し直します」

スケジュール表
小林さんの時間管理は手書きのスケジュール表が中心。残業をしない分、1日の段取りは事細かに予定を組む。他に、庭の経過を写真に収め、ウェブサイトに綴ることも欠かさないという

植物は、人間の都合だけでは動かない。光を受け、根を張り、季節に合わせて少しずつ姿を変える。その時間に向き合ううちに、造園家の暮らしもまた、自然のリズムへ近づいていく。

相手の時間に合わせて動くことは、人間同士の社会でも珍しくない。ならば、自然を相手にする仕事のなかで、生活のリズムが自然の活動時間へ近づいていくのは、むしろ当然のことなのかもしれない。時間を管理し、制御するものとして捉えがちな現代にあって、庭造りの現場は、人もまた自然の一部であるという根源的な感覚を思い出させてくれる。

photograph:Hisai Kobayashi
edit & text:d・e・w