これもパルミジャーニ。度肝を抜く新作「ブガッティ タイプ390」

「ブガッティ タイプ370」。パルミジャーニ・フルリエとブガッティ社、初のコラボレーションによる時計。2004年作。水平軸に歯車を並べた筒型のムーブメントはさながら腕に載るエンジンだった。両者の出会いは2001年にさかのぼる。その頃、協力関係を結びうる時計メーカーを探していたブガッティ社が行き当たったのがパルミジャーニ・フルリエ。「卓越した技術のみならず、芸術性が高く、優れたデザイン感覚を持ち、創造性を制約されない独立したメーカーであること」というブガッティ社の厳しい条件をクリアしたのが、垂直統合したマニュファクチュールを持つパルミジャーニ・フルリエだったのだ。

格の高さも上品な美しさも氏の言うとおり、100%同意だが、けれども時計愛好家やウォッチジャーナリストは時に、何かビッグサプライズのある新作時計を期待するものだ。そう、2004年の「ブガッティ タイプ370」のような。

スーパースポーツカー、「ブガッティ ヴェイロン16.4」へのトリビュートとして製作された初めてのブガッティ・モデル「タイプ370」は、何と、ムーブメントがプレートとブリッジを5層、水平に重ねた筒型。エンジンブロックを模したスタイルだったのだ。もちろんそんなムーブメントは時計史上にない。時計業界のプロ、愛好家、ジャーナリスト、誰もが目を剥いた。

スイス時計の伝統的な技法や工芸的な価値を守るパルミジャーニ・フルリエの王道的な時計づくりはリスペクトすべき対象ではあるけれど、ミシェル・パルミジャーニ自身がしばしば言うようにそれだけがパルミジャーニ・フルリエではない。

「伝統を踏まえる一方で、時計の修復を通して獲得した五百数十年の時計に関する知識は過去を見ているのではない。未来をいつも見据えているのだ。それが時にまったくパルミジャーニらしからぬクレイジーな時計を製作する源になっている。ブガッティ・コレクションのように創造性を自由に展開させるのもありなのだ。チャレンジには何の制約も、何のタブーもなく、楽しんで時計の開発に携わるのもまたパルミジャーニ・フルリエなのだ」

特大のサプライズを、という求めに、「じつはいま発表を待つすごい時計があります。これには世界が目を剥く。数週間待ってください。コンフィデンシャルなので詳しいことはいまはお話しできないのです」とアムステュッツ氏は答えていたが、去る10月24日にフランスはアルザス・モルスハイム、ブガッティの本拠地で発表された「ブガッティ タイプ390」がそれだったのだ。1500馬力、最高時速420km/h(路上走行)の世界最強・最速のスポーツカー「ブガッティ シロン」の初納車に合わせて公開された。

驚くべきパワーとスピードでありながら流線型のエレガントなスタイルの「ブガッティ シロン」にインスパイアされたかつてない構造の腕時計「ブガッティ タイプ390」。革命的な未来型のキャリバーPF390がこのモデルの肝だ。エンジンのシリンダーのような円筒型機械式キャリバーはコーアクシャル(同軸)ムーブメントでフライングトゥールビヨン*を備えている。リュウズから反対側のトゥールビヨンまで7層で1軸の構造。パーツ数302個(時計全体の部品数は390個)。エンジンがすべてに優先するブガッティの思想に従い、このキャリバーの基本コンポーネントもエンジンに見立てて設計されている。例えば、パワーリザーブ表示は燃料計を、80時間パワーリザーブの直列式2重香箱はブガッティ特有の燃料タンクであるサドルタンクを模して。ブガッティのクワッドターボチャージャー搭載8リッターW16エンジンを小型化してつくるのだというエンジニアたちの意気込みを感じることができる。

*フライングトゥールビヨン…トゥールビヨンとは、精度を大きく左右するテンプをキャリッジ(カゴ状の部品)の中に収めて回転させることで、重力によって生じる歩度の誤差を低減する機構。そのうち、キャリッジを支えるブリッジを見せないように設計され、キャリッジが宙に浮いているかのように見えるものをフライングトゥールビヨンと呼ぶ。

プレートとブリッジの2層から成る一般的なムーブメントにおいてもエンジンに擬して語られることは多いが、腕に載る小型エンジンをつくるようにコンポーネントから模することはない。しかもエンジンブロック内の作動、文字盤への連係動作など、ほとんどの機械の動きがサファイアガラス越しに“鑑賞”することができる。

クルマの場合、大きな点検、修理はエンジンを車体から下ろして作業するが、このキャリバーPF390もそれと同様。コンポーネントシステムでつくられているために、そっくり取り外して作業可能だ。もう一つ特記すべきは、ケースやダイヤルのカスタマイズでビスポークが可能なこと。これほどの腕時計ならユニークピース(一点もの)にしてしまいたいのは人情だろう。

すべてにわたって画期的。子細にチェックすればするほど発想の面白さや技術力に感嘆する。今回の「ブガッティ タイプ390」をプラットフォームとして、今後のブガッティ・モデルは開発されることになるという。

アムステュッツCCOが語るパルミジャーニのポテンシャル

さて、2016年秋からこのブランドの舵取りをすることになったのが、現CCOのスティーブ・アムステュッツ氏だ。CCOとはあまり聞き慣れないが、アムステュッツ氏によれば、「グローバルビジネス戦略の開発、セールスに結びつけたマーケティング及びコミュニケーションの責任者。最近使われ始めた役職」とのことだ。

スティーブ・アムステュッツ氏。2016年からパルミジャーニ・フルリエのバイスプレジデント兼CCO(チーフ・コマーシャル・オフィサー)。経営面での実質的なリーダー。1970年生まれ。スイス国籍のスイス人。ニューシャテル大学でエンジニアリングとビジネスアドミニストレーションを学ぶ。スウォッチ グループのムーブメントメーカー、エタ社からキャリアをスタートさせる。その後同グループのティソ、LVMHグループのタグ・ホイヤーでキャリアを積む。時計業界は20年の経験がある。

「いまパルミジャーニ・フルリエにはCEO(最高経営責任者)はいません。ミシェル・パルミジャーニがプレジデント。彼を中心に、財務、人事担当のCFO、プロダクト担当のバイスプレジデント、CCO兼バイスプレジデントの私、そしてオーナーのサンド・ファミリー財団の役員、計5名でエグゼクティブコミッティー(経営委員会)を構成しています。すべてこのコミッティーで重要案件は話し合われ、最終的にはプレジデントたるミシェル・パルミジャーニが承認します。

CEOを置いていたある時期、ビジネスに専念するあまりミシェルの意向が反映されなかった時期がありました。プロダクトも必ずしもミシェルの意に沿うものばかりではなかった。ミシェル・パルミジャーニが創業者であり、彼の名前を冠したブランドでありながら、ブランドの旗幟がぼやけてはいいはずがない。そこでもう一度原点に戻ってパルミジャーニ・ブランドを建て直そうということになったのです。これまでの反省を踏まえてCEOは置かない。けれども経営の実務に通じ、ミシェルの判断をサポートする人は必要だということで、CCOのポジションが新設されました。外から見ていてもパルミジャーニ・フルリエの時計のクオリティーは最高のレベル。ブランドのイメージも上品です。実際、パルミジャーニ・ブランドで働く時計職人たちはみなここで仕事することに誇りを持っています。そんなブランドからオファーがあれば喜んで参加するでしょう。

21年間で35もの自社ムーブメントをそろえ、2018年には6型の新型ムーブメントを発表します。パルミジャーニ・フルリエのポテンシャルはとても高い。現在、時計製造集約拠点として、ダイヤル製造のカドランス&アビヤージュ社、輪列歯車、ひげぜんまいを含む調速機・脱進機を製造するアトカルパ社、切削加工のエルウィン社、高品質ムーブメント製造のヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ社、ケース製造のレ・アルティザン・ボワティエ社の5社が結集し、パルミジャーニ・フルリエ・マニュファクチュールを構成しています。針とサファイアガラス以外はすべて内製。ほぼ完全なこれほどのマニュファクチュール(自社一貫生産体制)は時計ブランド数あれど、まれです。このマニュファクチュールがあればこそどんな挑戦もできるわけです。ハイポテンシャルはここから生み出されます。

ミシェル・パルミジャーニは強く自己主張するタイプの人間ではありません。静かで内省的なタイプ。何よりも時計について考え、時計をつくることが好きな時計師です。ですからわれわれエグゼクティブコミッティーは会社運営上の実務、経営的な側面においてミシェルの専門ではないパートを支えるという任務を負っています。ミシェルの時計に対する膨大な知識と卓越した時計製造の技術、伝統的な精密技術や工芸的な技法を守っていくという強い意志……。こうしたミシェルをミシェルたらしめているコアの思想を薄めていく方向では、もはやパルミジャーニ・フルリエではない。ミシェル・パルミジャーニの思想を深化させることがパルミジャーニ・フルリエを前進させることになる。いまはまさにそれを再確認しているところです」

「誠実であること、嘘がないこと、本物を追求すること――これがパルミジャーニ・フルリエとサンド・ファミリー財団のポリシーの根幹」と工房で働く誰もが言う。実質以上に過剰であることを嫌い、誇張を嫌う、控えめで上品なパルミジャーニ・フルリエの時計はその反映だろう。CEOが存在しない現エグゼクティブコミッティーではCCOのスティーブ・アムステュッツ氏が経営面でのリードをすることになる。ともかく今年はブランドが脚光を浴びる年であった。ミシェル・パルミジャーニらしさを活かして、次のステップをどう踏むのか、期待して見ていたい。

問い合わせ情報

パルミジャーニ・フルリエ

text:d・e・w

photograph:Ryoichi Yamashita