毎年、バーゼルワールドを取材する楽しみはいくつかあるが、その一つがハリー・ウィンストンである。周知のように、ハリー・ウィンストンは最高品質のダイヤモンドを使ったジュエリーで名を馳せるブランドであり、贅の限りを尽くしたハイジュエリーの制作でも一目置かれる存在だと言っていい。

バーゼルワールド、モダンで高級感のあるハリー・ウィンストンのブース。

そのクリエーションは高級時計の世界でも異彩を放っている。ハリー・ウィンストンが時計製造に本格参入したのは1989年のこと。老舗が並み居る高級時計の世界では後発だと言わざるを得ないが、その名を一躍知らしめたのが2001年にスタートした「オーパス」だった。才気あふれる独立時計師とのコラボレーションでつくる製作方法も、そこから創造される見たこともない超絶機構も、ともにイノベイティブであり、このオーパスが既存の時計の後追いではなくそれらを超えたハイエンドな時計をつくるというハリー・ウィンストンの時計づくりを印象付けた。

さらに2009年には究極のトゥールビヨンを追求する「イストワール・ドゥ・トゥールビヨン」シリーズのローンチ。通常のトゥールビヨンは1つのキャリッジのところ、複数のキャリッジを組み込んでそれらを縦・横・斜めに回転させたり、2つの2軸トゥールビヨンを連結させたりと、常に新しい機構に挑戦するイノベイティブな精神とそれを実機化する技術には毎年感嘆させられる。こうしたシリーズが象徴するように「今年はどんなサプライズが待っているか」と期待させるのがハリー・ウィンストンなのである。

そして今年、そのサプライズは突然やって来た。バーゼルワールドのブースでレギュラーコレクションの新作を取材中、「短い時間しか見せられないから、今すぐ来てほしい」と声をかけられたのだ。ハイエンドピースのため、世界各国のブースで取り合いになっているのだという。幅50cmもあろうかというボックスに入れられ、厳重に運ばれてきた様子から、何やらただ事ではない空気が漂う。取材陣の視線がボックスに集中する中、男性がゆっくりと蓋を開けると、現れたのは横長の置き時計。腕時計だとばかり思っていたため意表を突かれたものの、その絢爛豪華な輝きにすぐさま視線が釘付けになった。

「プレシャス・シグネチャー・バイ・ハリー・ウィンストン」。●18Kホワイトゴールド×ザリウム™×ブルーオパール×ダイヤモンドケース。ケースサイズ幅187.6×奥行き75.7×高さ26mm。クオーツ(オートマタは機械式)。価格未定、受注生産。直営店限定
カム機構にもラウンド・ブリリアントカット・ダイヤモンドをセット。その数じつに520個!

これは「プレシャス・シグネチャー・バイ・ハリー・ウィンストン」と名付けられた置き時計。まず目を引くのはきらびやかなジュエリー使いである。ケースにはジルコニウムを主成分とするハリー・ウィンストンの独自合金であるザリウムと18Kホワイトゴールドが用いられ、そこに施されたのはブルーオパール、左右2つのサファイアカボション、そして何と582個ものバゲットカット・ダイヤモンド。さらにケース側面やD形の窓に覗くカム機構にまでダイヤモンドがセットされている。

そして何よりスゴいのが、内部に搭載されたオートマタ機構だ。オートマタとは端的に言えばからくり人形のことで、ぜんまいのほどける力で人形(やその一部)を動かすというもの。この置き時計は、オートマタを作動すると機械式のアームが現れ、名前をサインするという特殊機構なのである。

作動方法は次の通り。まず時計本体のカバーを開けて4つのシリンダーに個人コードを入力すると、ケース左側のプッシャーが作動可能となる。プッシャーを押すと、ケース内部から手前側に機械式アームが出現。アームに付属のペンを差し込み、起動キーで作動ボタンを押すと、機械式アームが動いて時計の下に敷いた紙にサインするという仕組みだ。撮影不可だったためブランドが用意した画像しかお見せできないのが残念だが、その動きには誰もが目を奪われた。

このムーブメントはオートマタ製造に長けるジャケ・ドローが手がけたもので、同じスウォッチ・グループに属することからハリー・ウィンストンに供給されている。駆動方式はクオーツ式だが、サインを行うオートマタ機構はすべて機械式。デフォルトではブランド創始者であるハリー・ウィンストンの名前をサインする設定になっているが、それを持ち主のサインに変更することも可能だ。ちなみに、付属のペンのボディはオパールで装飾され、起動キーに至っては344個のラウンド・ブリリアントカット・ダイヤモンドをセット。ただ作動ボタンを押すためだけのキーなのにこの贅沢さは恐れ入る。

上がオパール装飾が施されたペン、下はダイヤモンドを隙間なくセットした起動キー。

こちらの時計は完全受注生産で価格未定とのことだが、おそらく1億円は下らないという。見た目も価格も芸術品のように思えるけれども、れっきとしたクロックである。置き時計にサインする機構を付ける必要があるか? カム機構や起動キーにまでダイヤモンドをあしらう必要があるの? などと考えてしまうカタい頭では、ラグジュアリーの何たるかは理解できないのかもしれない。人の想像を超えるクリエイティビティ、そしてそれを楽しむ大胆な遊び心こそ、ラグジュアリーを形づくる本質であるのだから。

このモデルにも注目!

「イストワール・ドゥ・トゥールビヨン 9」。18Kローズゴールド。ケース径46.5mm。手巻き。アリゲーター・ストラップ。6950万円(税別・予価)世界限定10本。2018年11月発売予定

ハリー・ウィンストンの革新性を象徴する「イストワール・ドゥ・トゥールビヨン」の9作目がこのモデル。3軸のトゥールビヨンで、第1のキャリッジは300秒、第2のキャリッジは75秒、そして第3のキャリッジは45秒で1回転する。ダイヤル10時位置のインジケーターで時を、2時位置で分をそれぞれレトログラード式に表示する。

text:Hiroaki Mizuya(d・e・w)