ブラックを基調としてモダンに進化

シチズンの前身である尚工舎時計研究所が創業したのが1918年のこと。今年はそれから100年の節目の年に当たる。これに合わせて今春のバーゼルワールドで発表されたのが、薄さ1.00mmのムーブメントを内蔵する「エコ・ドライブ ワン」の新作。世界数量限定モデル1モデルと、ブレスレット仕様3モデル、合計4モデルである。

「エコ・ドライブ ワン」2018年世界数量限定モデル。サーメットケース、ベゼルはアルティック。ケース径37mm。光発電エコ・ドライブ。ワニ革ストラップ。70万円(税別)。世界限定1000本

世界数量限定モデルには、エコ・ドライブ ワンで初めてダークグレーのベゼルを採用。アルティックという腕時計では初となる硬質素材を採用し、ケースの薄さを2.98mm(設計値)に抑えながらモダンなスタイルを創出した。

「エコ・ドライブ ワン」。すべてケース、ブレスレットはスーパーチタニウム™。ケース径36.5mm。光発電エコ・ドライブ。各50万円(税別)

もう一種のブレスレットモデルは、外装にシチズン独自のスーパーチタニウム™を用い、さらに上品さを追求するためベゼルのビス留めをケース裏面へと変更。チタニウムケースとしては異例の3.53mm(設計値)という薄さに仕上げたものだ。

このエコ・ドライブ ワンは2016年に誕生し、その後、徐々にデザインのバリエーションを広げてきた。だが、この時計最大の特色はモデル名の由来となった薄さ1.00mmのムーブメントにあり、それをわずか3.0mm程度に納めた極薄のケースにある。

この薄型時計の開発がいかにして始まり、どんな紆余曲折を経て完成に至ったのか。その開発ストーリーのプロローグまで遡るには、時計の針を4年ほど巻き戻す必要がある。

3.5mmから3.0mm未満へ。コンマ5mmの大きな壁

2014年夏、シチズン社内で重要なプロジェクトが立ち上がる。2年後の2016年、同社が発明した光発電「エコ・ドライブ」が誕生40周年を迎えるため、その一つの集大成となる時計をつくるというものだった。開発コンセプトとなったのは“薄さ”。それはシチズン時計代表取締役社長、戸倉敏夫氏のこんな思いから生まれた。

「われわれはGPS衛星電波時計など多機能を搭載した腕時計を開発してきたが、機能を追加していく足し算とは逆に、全てを削ぎ落とした引き算の美しさもあるのではないか。そう考えたときに辿り着いたのが、先人たちが挑んできた“薄さ”だったのです」

シチズンにはかつてクオーツ式や光発電式で世界最薄の腕時計を完成させるなど、薄さを追求してきた歴史がある。そうした歴史を掘り起こし、21世紀のいまもう一度“薄さで世界を驚かせよう”という合言葉とともに開発が始まった。

「その年の暮れ、ケース厚3.5mmの試作品が完成しました。でも、既存の薄型時計より1.0mm近く薄くなったものの驚きがなかった。そこで3.0mmを切ることが目標になりました」

外装部品の設計・開発を担当した大西隆暁さん。シチズン時計 製品統括本部 製品開発部所属

そう振り返るのは、ケースやブレスレットの設計・開発を担当した大西隆暁さんだ。ケース厚3.5mmから3.0mm未満に。わずか0.5mm程度の差だが、そこには想像以上のハードルがあった。

「3.5mmの試作品は既存の設計や材料で製作できました。しかし3.0mmとなると、構造、部品の形状や厚さ、素材などすべてを変える必要がありました」

ここからムーブメントと外装、両チームの挑戦が始まる。ムーブメント開発チームに課せられたのは、薄さを1.00mm以内に抑えること。ちなみにそれまでの光発電式ムーブメントで最薄のものが1.91mm。ほぼ半減せねばならない難題である。ムーブメントの全85個の部品を一つずつ見直し、結果的にそのうち81個を設計し直すことになった。

ローターは設計と溶接方法を刷新して小型化を実現

特に障壁となっていたのがローターとコイルだった。時計の針を動かすための重要なパーツであるローターは、従来のサイズが1.47mmと目標値から大幅にオーバーしていた。そのため設計だけでなく固定方法なども検証し、新しくレーザー溶接を行うことで0.96mmまでの小型化に成功した。

また、時計駆動のために必要な磁力を生むコイルは、芯の形状、線の太さ、巻き数など数万通りのシミュレーションを重ねた末に、薄さと性能を両立した最適なコイルを導き出した。こうして当初は不可能と思われた薄さ1.00mmというムーブメントが現実味を帯びていった。

完成した薄さ1.00mmのエコ・ドライブのムーブメント

“薄くしても変形しにくい”相反する条件に挑む

「正直、不安でしたけど、ムーブメントが薄さ1.00mmを達成したならケースも何とかするしかない。できないとは言いたくなかったですね」。外装チームに所属していた前出の大西さんはそのように述懐する。

ムーブメントと同様に外装の開発もまた困難を極めていた。ケースを3.00mm未満の薄さに抑えるには、一般的なケース素材のステンレススティールやチタニウムでは強度が足りない。またセラミックスは高硬度だが、薄くすると割れやすく変形しやすいという弱点があった。すでにある腕時計の素材では実現不可能だった。ならば新しい素材を探すしかない。求めるのは、薄くしても割れにくく、変形しにくいという二律背反をクリアする素材だ。

「金属、複合材を合わせて10種以上の材料を試した」(大西さん)

シチズンでは、腕時計の外装・素材開発の一部を、外部の専門メーカーと共同で行っている。それらの専門メーカーを訪ねては素材探しを依頼し、さらに素材関連の学術書をあたり必要な物性値をもとに材料を調べ上げた。こうした作業から浮かび上がったのが、バインダレス超硬合金とサーメットという素材である。

バインダレス超硬合金とは、結合材がない硬質材のみで形成される素材で、カメラのレンズ製造用の金型などに使われる。一方、サーメットは 金属の酸化物や窒化物で構成された複合素材。硬度に優れながら金属に似たしなやかな性質を持つ。「物性値はクリアしている。あとはこれらが加工できれば……」。一縷の望みが見えた瞬間だった。

「でも、加工がまた難題でした。部品を加工する際にはかなりの力で掴みますが、その力で部品が変形してしまう。部品の掴み方を再考し、治具もつくり直す必要がありました」

2016年発表 限定のファーストモデル(生産終了)。ピンクゴールド色のケースがサーメット、ベゼルがバインダレス超硬合金

さらに加工の工程を入れ替えたり、時には設計段階に立ち戻ったりという地道な作業を繰り返しながら試作を重ねること30回以上。1年近くの歳月を要し、ついに薄さ2.98mm(設計値)のケースが完成する。時はすでに2016年の初め。エコ・ドライブ40周年の発表の場となる3月のバーゼルワールドは目前に迫っていた。

「バーゼルワールドでの好評も嬉しかったですが、その年の秋に製品として世に送り出せて、お客さんの手に渡った時が感慨深かった。すべての苦労が報われた瞬間でした」(大西さん)

世界に誇るべき、ものづくりの精神がある

2016年のバーゼルワールドで時計関係者から高く評価された「エコ・ドライブ ワン」。今年は前出のアルティックという新素材をベゼルに用いた世界数量限定モデルを打ち出した。アルティックとは主に金属を削る工具に使用される材料で、高硬度でしなやかな性質を持つ。

「このモデルで目指したのは従来のエコ・ドライブ ワンになかった色。そこでブラック系の材料を探しました。着手したのが2017年の春ごろ。1年足らずという短い開発期間だったのですが、材料の探し方、設計、加工方法などの面で以前の知見やノウハウの一部が役立ったため、何とか間に合わせることができました」(大西さん)

スーパーチタニウム™は軽量でキズに強く、肌に優しい特質を持つ

世界数量限定モデルと並行的にスーパーチタニウム™モデルの開発にも取り組んだ。チタニウムの加工はシチズンが世界に先駆けて着手し、得意とする分野である。材料の特質、加工しやすさを念頭に設計を行い、薄さ3.53mm(設計値)のケースが完成。チタニウムでは前例がないほどの薄さを実現し、薄型ケースならではのエレガンスが薫る時計に仕上がった。

さて、2014年に始まったエコ・ドライブ ワンの一連の開発を追ってみると、シチズンの先進的な時計づくりが見えてくる。世の中に驚きを与えるような新しさ、しかもそれが奇をてらったものではなく、見やすさ、美しさ、着け心地の良さという腕時計本来の役割を追求した末に辿り着いた新しさであることには感嘆せざるを得ない。昨今、デザイン面でアプローチする時計が多い中で、ものづくりの精神やクラフツマンシップが強く感じられる数少ない時計であることは間違いない。

「これまで誰もつくったことがないものをつくるチャレンジ精神と、マニュファクチュール体制があればこそできた時計」と、大西さんは総括する。シチズンは部品一つから自社で製造できる世界的に見ても稀少なマニュファクチュールである。このエコ・ドライブ ワンの開発で得た知見やノウハウの蓄積こそ、メーカーの未来を切り開く財産となろう。次にどんな驚きを見せてくれるのか、という期待をわれわれに抱かせる理由もまたそこにある。

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