カルチャーの歴史を振り返ると、フィフティーズ、すなわち1950年代は画期を成す時代だった。モッズやロッカーズなどの若者カルチャーが生まれ、また音楽の世界では現代へと続くロックやモダンジャズという新しい潮流が胎動し始める。戦後の社会再構築が進む中、新しい世代による新しいスタイルを創造しようとする、そんなクリエーティブな息吹が芽生えた時代だった。
その最中の1956年、ヴァシュロン・コンスタンタンは1本の時計を製作する。同ブランド初の自動巻きモデルの一つ、「リファレンス6073」である。ラウンド形ケースに細みのベゼル、ドーフィン針、楔形インデックス、ボックス型の風防……と、1950年代に主流だったデザインをベースに、ラグ部分にブランドのシンボルであるマルタ十字をあしらった、デザインの美しさも際立つモデルであった。
今年、ヴァシュロン・コンスタンタンが発表した「フィフティーシックス」は、このリファレンス6073に着想を得たニューコレクションである。着想を得たというと、デザインの復刻や再現をイメージするかもしれないが、このコレクションの特筆すべき点は、過去のモデルにインスピレーションを得ながらも単なる復刻ではなく、それを現代的な感性でブラッシュアップしたデザインワークの妙にある。
ケースフォルムはラウンド形を踏襲しながらも、ラグと滑らかにつながるモダンなラインに変更され、またインデックスもアラビア数字とバータイプの組み合わせで、いま風のレトロ感を創出する。ダイヤルの仕上げは中央部にオパーリン、外周部にサンバーストを施し、一面的ではない深みのある顔つきを生み出した。ディテールへの美のこだわりは高級時計の何よりの証しである。
また、リファレンス6073の大きな特徴であったラグのデザインとボックス型のクリスタルガラスは新コレクションでも継続して採用された。いずれもサイズやフォルムのアレンジを行い、レトロだけどモダンという新しいスタイルに仕上げられている。
そして、このフィフティーシックス・コレクションのもう1つの魅力がプライスにある。日付表示付き3針モデルの「フィフティーシックス・オートマティック」は、ステンレススティール製ケースだと税別128万円(ピンクゴールド製は同213万円)。ヴァシュロン・コンスタンタンの同等の仕様(ステンレススティールケース、アリゲーター・ストラップ、日付表示機能)を持つ「ケ・ド・リル」のモデルが税別170万円台であることを考えれば、値ごろ感の高さは明らかだ。これはムーブメントの製造コストが大きく寄与している。
フィフティーシックスの大半のモデルはヴァシュロン・コンスタンタンの自社製ムーブメントを搭載するが、一部モデルのみ、同ブランドが所属するリシュモン・グループのムーブメントを搭載している。
しかしながらその仕上げの美しさは抜かりない。ムーブメントのパーツひとつひとつに面取りを施し、コート・ド・ジュネーブやスネイル装飾を施す。ローターは22Kゴールド製で、マルタ十字を残してオープンワークを施した点や、回転機構にセラミック製ボールベアリングを採用して巻き上げ効率を高めている点も、他モデルのキャリバーと何ら変わることがない。ディテールや目に見えにくい部分まで追求すればこその高級時計である。価格を下げるために質を落とすような安直な時計づくりに妥協することはない。
周知の通り、ヴァシュロン・コンスタンタンとは1755年に創業してから今日までの263年間、一度の間断もなく事業を継続してきた最古のマニュファクチュールである。間断がないということはすなわち、いつ何時も時計の歴史とともに歩んできたということだ。各時代のデザインや設計図などの資料データがアーカイブとして残されているため、いつでもそこにアクセスしアイデアを引き出すことができる。長い歴史を持つ老舗の何よりの強みだと言っていい。
さらに今年のフィフティーシックス・コレクションでは、過去に未来を与えるデザインワークが秀逸だ。古きを踏まえて新しきを創造するウォッチメーキングは、まさにクリエーティビティーあふれる“フィフティーズ”の空気感に通じるものがある。換骨奪胎して新味を成す――。そんなものづくりの姿勢に共感するビジネスパーソンにこそ薦めたいコレクションである。
フィフティーシックス・コレクションは、2018年9月に日付表示付き3針、デイデイト表示付き、コンプリートカレンダーの3モデルが、それぞれステンレススティールと18Kピンクゴールドの2種のケースで発売となる。また、2019年4月にはトゥールビヨンモデルの発売も予定されている。
「フィフティーシックス・デイデイト」は、3時と9時位置に日付と曜日を示すカウンターを備えたモデル。6時位置にパワーリザーブ表示も備える。ケース径40mm、自動巻き、アリゲーター・ストラップ。価格はステンレススティールケース190万円、18Kピンクゴールドケース355万円(ともに税別)。
「フィフティーシックス・コンプリートカレンダー」は、月・日付・曜日とムーンフェイズ機構を端正にレイアウトしたモデル。ムーンフェイズのほか各種表示のブルーの差し色で今風に仕上げた。ケース径40mm、自動巻き、アリゲーター・ストラップ。価格はステンレススティールケース250万円、18Kピンクゴールドケース391万円(ともに税別)。
2019年4月発売予定の「フィフティーシックス・トゥールビヨン」は18Kピンクゴールドケースのみでの展開となる。ローターがムーブメントの外周に配置されたペリフェラルローター式の自動巻きトゥールビヨンを搭載する。ケース径41mm、自動巻き、アリゲーター・ストラップ。1290万円(税別)。※時価、2018年9月現在
世界的アーティストが登場する新広告キャンペーンにも注目!
新コレクション「フィフティーシックス」が発売となる2018年9月より、ヴァシュロン・コンスタンタンの広告キャンペーンが一新される。テーマは「ONE OF NOT MANY(少数精鋭の一員)」。才能あふれる世界的なアーティストたちとコラボレートすることで、ほかにはない洗練された個性を持つブランドであることを発信する。
フィフティーシックスとのコラボに選んだのが、イギリス人ミュージシャンのベンジャミン・クレメンタイン。さまざまな楽器を自在に演奏し、詩人やボーカリストとしても地位を確立するクリエーティビティーが、「ONE OF NOT MANY」のコンセプトに通底したという。そのほか、シンプルなラウンド形の「パトリモニー」コレクションにはフランス人デザイナーのオラ・イトを、旅をテーマとする「オーヴァーシーズ」コレクションには写真家のコーリー・リチャーズをそれぞれ起用する。
進化し続けるイノベーティブな精神、新しいものを受け入れる先進性があればこその老舗である。創業260年以上という時計界屈指の老舗が、新しいブランディング、新しいビジュアルとともに、いま新たな歴史を刻み始める。
text & direction:d・e・w
photograph:Shoichi Kondo