オーダーメードのパンツで世界一に

「ジャケットやシャツなどひと通りの服づくりを経験した結果、最も難しいのがパンツだった。どうせやるなら難しいもので勝負したいと思い、パンツ職人を目指しました」

五十嵐トラウザーズの五十嵐徹さんは、いまファッション業界、とりわけオーダーメードの世界で注目を集めるパンツ専門テーラーである。オーダーメードのテーラーと聞くとスーツの上着やジャケットが花形のように思えるが、じつはパンツこそ職人の腕が試されるという。

「もちろんジャケットも難しい。パーツも多いし緻密。ですが、フィッティングの後調整がしやすく、副資材を使うことも多いので、きれいに見せることはわりとできます。それがパンツの場合は布4枚のみ。前2枚、後ろ2枚、すごく微妙なバランスで成り立っている。2mm縫いを変えただけで見え方が全然違ってくるのです」

五十嵐トラウザーズ代表、五十嵐徹さん

五十嵐さんは大学卒業後、愛知の縫製工場で2年修行し、セレクトショップで1年実績を積む。2013年に20代半ばで五十嵐トラウザーズを立ち上げ、それから6年。評判が評判を呼び、現在は国内外から年間およそ2000本のオーダーを受ける。オーダーメードのパンツという分野では世界最大規模となった。

1本10万円でもリピーターが続出する理由

そんな五十嵐さんが考える「いいパンツ」とは何か。どんなパンツができたときに納得するのだろうか。

「オーダーメードなので、履きやすい、きれいというのは当たり前。私たちとしては、お客さんが履いた時に“きれいだね”と言ってくれたら80点、“格好いいね”と言われたら100点だと考えている。格好いいものをつくりたくて始めた会社なので、お客さんにとっても格好いいものを目指しています」

自身の持ち物にもこだわる。愛用のレザーグッズは東京・浅草橋にアトリエを構えるT・MBHのもの

客に「格好いい」と言ってもらうための努力は惜しまない。ファッションのトレンドはもちろん情報収集し、客の嗜好を知るために多くの時間を会話に割く。初回1時間のうち採寸は10分程度、残りの時間はクルマや音楽、時計など趣味の話に費やすそうだ。さらに五十嵐さんだからできる技がある。

「スポーツトレーナーの資格を持っているので、触診をさせてもらうのです。骨格や筋肉の付き方を把握してパンツに反映させるためです。人は普段の生活で腰骨の高さが絶対にずれてしまう。それを外見からはわからないように内側で調整します。ほかに日本人に多いのはO脚と、前腰といって腰が前に入っている方。じつはパンツをつくる上では、日本人は一番難しいと言われるほど体型のクセが多い。それらを格好よく見せてこそプロの仕事だと思っています」

現在は海外にも進出。アジア、ニューヨークなど7都市でトランクショーを行う

五十嵐トラウザーズのオーダーメードパンツは、じつは1本10万円ほどする高額品。それでもリピートする人が多いのは、ここでしかつくれない履き心地と格好よさがあるからだ。ビジネスパーソンにオーダーのパンツを薦める理由もそこにある。

「一度履いたら既成品に戻れないとおっしゃるお客さんが多い。パンツは一度履いたら1日脱がないものですよね。立ったり座ったり、お座敷にいったら胡座をかいたり、その都度ストレスがないだけでも1日履いていると疲れ方がだいぶ違います。さらにパンツはコーディネートの半分を占めるアイテム。ジャケットは美しいけどパンツが良くないと、トータルではネガティブに見えてしまう。第一印象を高める点でもメリットがあると思います」

ものづくりの姿勢に共感を覚える

五十嵐さんがオーダーを受ける際、初めての客とはクルマ、音楽、時計の話をすることが多い。それは個人の趣味嗜好が出やすく、ライフスタイルが見えてくるからだそうだ。

「車や音楽と同じように、時計を見るとその方の趣味嗜好がわかり、ライフスタイルが何となく見えてきます。ヴァシュロンを着けている方に派手なものを好む人はほとんどいない。伝統を重視する方や、英国スタイルをお好みの方が多いですね」

「見る人が見たらわかるようなものが格好いい」という愛好家のような好み

昔からファッションに興味を持っていた五十嵐さんは、時計好きでもある。じつはヴァシュロン・コンスタンタンにはこんな思い入れがあるという。

「学生の時、最初に気になった高級時計がヴァシュロンだったんです。そこからアンティークなどを探したのですが、とても手が出せない値段で……(笑)。それ以来、僕の中ではクラシックな高級時計という印象で、いつかスーツを着るならヴァシュロンだと思っていました」

ヴァシュロン・コンスタンタンは、1755年にスイス・ジュネーブで創業した高級時計ブランド。今日までの264年間、時計製造を一度も中断することなく継続させてきた最古のウォッチブランドである。その老舗のクラシックな腕時計に、学生時代に目が止まったというエピソードには驚くばかりだが、若いころから目利きの資質を持っていたということだろう。ヴァシュロン・コンスタンタンの最新コレクション、「フィフティーシックス」を前にしても、途端にイメージが膨らむ。

「このステンレスのシルバーダイヤルのモデルは、カジュアルにも合わせられそう。あまりいないと思うけど、ストラップをラバーに変えてスポーツウォッチみたいに着けても格好いい。こちらのネイビーダイヤルはスーツですね。僕だったら、お金に際限がなければ、オーダーメードのネイビーのスーツに合わせて、車はアストンマーティンなんかが似合いそうですね」

2カウンターのデザインが「スポーティーにも使える」という

ヴァシュロン・コンスタンタンのフィフティーシックスは、1956年に同社が製造した初の自動巻きモデルに着想を得たコレクションである。オリジナルのディテールを丹念に拾い上げ、それを現代的に再構築したレトロモダンなデザインを特徴とするが、そのものづくりの姿勢にも共感を覚えるという。

「伝統の形を大切にしているイメージがある。私たちも、伝統を受け継いだ上で現代の形として世に出していく仕事。規模はだいぶ違うけど、ものづくりのポリシーは近いように感じます。私たちも古いものはだいぶ見ています。なぜそういう形だったのか、なぜこんなつくり方だったのかという理由、服の背景を理解しないといまの服づくりに生かせません。デザインだけ模倣しても、本質がわかっていないと本当にいいものはつくれない。温故知新というか、まさにこのフィフティーシックスがそうですよね」

つくられたもの自体だけではなく、その背景にあるプロセスやストーリーを重視する五十嵐さん。古きを知り、新しきをつくる現代の目利きに響く魅力が、フィフティーシックスにはあるようだ。

ヴァシュロン・コンスタンタン「フィフティーシックス・オートマティック」。デザインのベースは1956年製のモデル。ボックス型の風防やラグなどのディテールを踏襲しつつ、全体にモダナイズを図った。こちらは2019年に発表されたペトロールブルーダイヤルのモデル。ステンレススティールケース。ケース径40mm。自動巻き。アリゲーター・ストラップ。121万円(税別) 写真/ヴァシュロン・コンスタンタン
(左)「フィフティーシックス・コンプリートカレンダー」。月・曜日・日付とムーンフェイズの表示を備える。(右)「フィフティーシックス・デイ/デイト」。日付・曜日とパワーリザーブの表示を備えたモデル。ともにケース径40mm。自動巻き。アリゲーター・ストラップ (左)18Kピンクゴールドケース。371万円 (右)ステンレススティールケース。180万円(ともに税別) 写真/ヴァシュロン・コンスタンタン
問い合わせ情報

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ヴァシュロン・コンスタンタン
TEL:0120‐63‐1755


direction & text:d・e・w
photograph:Masahiro Okamura(CROSSOVER)