時計を1年間使用した際の精度誤差(年差)が、1秒であるか5秒であるかを気にする人はそういないだろう。さらに現在では、標準電波やGPS衛星電波を受信すれば秒単位の誤差修正を容易に行うことができる。にもかかわらずシチズンは、各種電波など外部情報に頼らずに時刻を表示する時計としては世界最高精度(※)となる、年差±1秒の「ザ・シチズン Caliber 0100」を開発した。なぜ、いま1秒にこれほどこだわるのか。開発の中心となったシステム開発課(当時)の武笠智昭さん、設計課の森田翔一郎さんに舞台裏を聞いた。

※アナログ式光発電腕時計(自律型)として。2019年7月、シチズン調べ。

通常クオーツの256倍、機械式の80万倍

――年差±1秒の「ザ・シチズン Caliber 0100」の開発はどのようにして立ち上がったのでしょうか。

【武笠智昭さん(以下、武笠)】シチズンは1970年代に年差±3秒の時計を製造しました。当時、技術者が掲げたのが「誤差0秒への挑戦」。当時を知るメンバーが、いまの技術なら誤差0秒に近づけるのではと考え、プロジェクトが立ち上がりました。

――今回、年差±1秒を実現するための最重要項目は何でしたか。

【武笠】やはり精度の要になる水晶振動子です。一般的なクオーツ時計に使われるのは、先端が二股に分かれた音叉型水晶振動子というもので、これは1秒間に32,768振動(Hz)します。一方、今回は、通信機器等に用いられていて精度が良く、かつてシチズンが製造した年差±3秒にも使用されたATカット型水晶振動子を用いることにしたのです。

人工水晶の塊(左)から切り出して、数ミリのATカット型水晶振動子を収めたチップ(右)を製造する。ATカットというのは切り出す角度から定められた呼称。左写真/シチズン

――それはどんな水晶振動子でしょう?

【武笠】形は平板状で、周波数が8,388,608Hz。音叉型のじつに250倍以上の振動数を有します。そして温度特性がすぐれていることも特徴です。例えば5℃~40℃で水晶振動子単体の特性を見てみると、音叉型では高温または低温になると影響が表れるのに対し、ATカット型では影響が小さい。また、姿勢差でも音叉型より優れていることがわかりました。

――姿勢差とは、機械式時計ではよく聞きますが、クオーツで考慮するとは驚きました。

【武笠】過去にデータがないため今回調べたところ、ATカット型は年差±1秒という精度を達成する上ではほぼ影響なしと言えるレベルだったのです。

水晶振動子の温度特性(左)と姿勢差(右)を示すグラフ。実線がATカット型、破線が音叉型。前者のほうが誤差が少ないことが一目瞭然。資料/シチズン

――このATカット型水晶振動子ができればゴールは目前という思いでした?

【武笠】それがそうでもないんです。ATカット型水晶振動子というのは薄くするほど振動数が上がる性質があります。私たちからするとなるべく薄く、そして小さくしたいのですが……。

【森田翔一郎さん(以下、森田)】そうなるとエネルギーを多く使うので、光発電エコ・ドライブの発電量や駆動時間に支障が出てしまいます。全体のバランスを見ながら最適な着地点を見つけなければなりませんでした。

クオーツ秒針のタブーも克服

――森田さんのミッションはどんな部分でしたか。

【森田】私の担当は機械設計です。ムーブメントの設計は、時計の完成イメージをつくることから始まります。開発初期から関係者で話し合って、その中でできたコンセプトが「1秒の美学」。これをもとにどんな要素が必要かを決めていったのです。

主に水晶振動子の開発を担当した武笠さん(左)と、機械設計の森田さん(右)

――1秒の美学とは、どんな意味でしょう?

【森田】年差±1秒の精度にこだわることに加え、1秒を美しく表現することです。その最たるものが、秒針と分目盛りの重なり。通常クオーツ時計は、秒針と分目盛りが重ならないようにデザインします。というのも、秒針の停止位置は1秒ごとにわずかに前後にずれが生じるもので、その際、分目盛りと重なる長さだとずれが目立ってしまうからです。

――でも、それはクオーツ時計の通例で、仕方がないものですよね。

【森田】ですが、今回はそういう秒針が美しくない、1秒の美学に反するとなり、何とか改善しようと。それで開発したのが3番戻し車という新しい歯車です。

歯車と歯車が噛み合う箇所にはわずかなすき間、いわゆる遊びがあります。この遊びがないと歯車が回りませんが、一方でこの遊びのせいで秒針停止位置がずれてしまう。その歯車の遊びを制御する、具体的には歯車を片方向に押し寄せて停止する位置を一定にする役割を果たすのが、この3番戻し車です。

3番戻し車の作動イメージ。資料/シチズン

――こうした役割を持つ歯車の仕様は、クオーツ時計では画期的といえます。

【森田】さらにこの時計の場合、暗所では針が一時停止して、明所に出ると自動的に現在時刻に戻るパワーセーブ機能があります。つまり針が逆転もできる構造が必要でした。「遊び」を片方向に寄せながら正転と逆転ができるのは、この時計だけだと思います。

――正確な1秒、きちんと止まる1秒が実現できたのですね。

【森田】それが、3番戻し車を組み込んでも、まだぴったりとは重ならなかったのです。ほかに改善できることといえば部品精度を上げること。そこでLIGA(リガ)という新しい工法を導入したのです。

LIGAとは、日本語では微細構造物形成技術。プロセスとしては写真の現像のようなもので、ある樹脂の上に部品形状が描かれたマスクを置いて、そこに光を当てる。その後、樹脂を薬品につけると光が当たった部分だけが溶けて、部品形状に沿った型ができる。そこにメッキをすると部品の原型ができる仕組みです。

LIGA工法のプロセスイメージ。資料/シチズン

――LIGAのメリットはどんな点ですか?

【森田】高い精度の部品がつくれます。あとはプレスで抜きにくい部品や、幅が細い部品を製造する際も形状がくずれにくいという利点がある。例えば細いバネや、歯車も精度が必要なものはLIGAが適しています。歯車の偏心(注:中心の軸の偏り)を抑えることができ、これにより秒針と分目盛りがぴったりと重なるようになったのです。

さらに、今回は針そのものの美しさも見直しました。従来はアルミ製でしたが、今回は仕上がりが美しい真ちゅうを使おうと。ただ真ちゅうはアルミの約3倍の比重なので、それを動かすにはさらにエネルギーが必要になって、結果、自分たちの首を絞めるという……(笑)

――エネルギーの消費が多いATカット型水晶振動子に加えて、真ちゅう製の針。光発電エコ・ドライブの高効率化がマストだったわけですね。

【森田】そうです。そのため受光面積を広げることを考えました。エコ・ドライブは文字板を通過した光がソーラーセルで発電し時計を駆動させるシステムで、文字板面積が広いほど発電量が高まります。従来品では、文字板とムーブメントの位置を正しく合わせるために、文字板の周りに切り欠きが必要でした。この切り欠きを隠すためベゼル幅を太くせざるを得なかったのです。

切り欠きのイメージ図。2つの小さい円が切り欠き部分。従来品はこれを隠すために幅広のベゼルが必要だった

【森田】それを今回は、文字板とムーブメントの位置決めを12時と6時のインデックスの下で行う新しい設計に改変しました。この新設計によりベゼルを細くでき、受光面積が広がっただけでなく、美しくドレッシーなデザインに仕上がったと思います。

もう、クオーツに情緒がないなんて

――さて、ここまで開発ストーリーをお聞きしてきましたが、やっぱり疑問に思うのが、なぜ電波時計もGPS衛星電波時計もある時代に、あえて外部情報に頼らず、時計単体での年差±1秒にこだわったのかという点です。

【武笠】開発初期、高精度の価値は何かという点をすごく考えました。1970年代であれば年差±3秒はそのまま価値になったけれども、いまは違う。それなのになぜ1秒を目指すのかと模索している最中、私事ですが、父親になりました。出産日当日に病院の廊下にいて、子どもが生まれた瞬間、ふと目にした時計が10時29分を指していた。その時はあっという間に過ぎていったのですが、後日、出産とはまったく関係のない日にふと見た時計が10時29分を示していて、その時に出産時の記憶が鮮明によみがえってきたんです。

――それは珍しい体験ですね。

【武笠】ここからは持論ですけど、人それぞれ大切な瞬間があって、精度の高い時計を提供することは、その大切な瞬間の記憶を、純度が高いまま時計に残すことにつながるんじゃないかと。時のものさしが正確で、その瞬間に意識的で、なおかつ技術もある。そういう時計が純度の高い時を刻むんじゃないかと。そう考えたら妙に腹落ちして、そこから開発が加速していった感があります。

――情緒的な価値があることに気付かされたと。

【武笠】そうです。いままではクオーツ時計の魅力は機能だと思っていた。世間一般でも、機械式のほうが情緒がある、価値が高いと言われてきた。でも、高精度のクオーツだからこそ味わえる情緒があるんじゃないかと考えたとき、時計の価値は機械式かクオーツ式かで決まるものではないと思えたのです。

武笠さんと森田さんはともに30代。人生に残る仕事だったと口をそろえる

――森田さんはいかがですか。

【森田】じつは似たような感覚があります。これまではクオーツよりも機械式のほうが時を刻むロマンがあって素敵だとずっと思っていました。電波時計などのクオーツの開発を担当しても、正直機械式に対する興味のほうが強かった……いまだから言いますけど(笑)。ただ、今回は違った。ものすごく思い入れがありました。

――どんな部分が違ったのでしょう?

【森田】クオーツにしかできない芸術的な表現ができたという点です。時計はスペック勝負になると面白くない。高級品であるほど芸術的・工芸的な側面があると思います。今回、1秒の美学を追求する中で、たとえば電波時計は1日単位では正確だけど、1秒単位では並のクオーツ時計と同じ、月差±15秒くらいに設定してあります。機械式だと、チチチというスイープ運針なので1秒の間隔がわからない。

そういう意味では、今回の高精度クオーツだからこそ1秒の美しさを表現できた。クオーツと機械式、どちらが上かという概念を超えて、時計として芸術的な価値を少し持てたのではないかと思うのです。

――この時計を初めて見た時は、「精度を追求してこそ時計屋」という姿勢を感じました。そして今回お話を伺ってみて感じたのは、限界を超えようとする意思、徹底して突き詰めようという思いの量が、時計の価値を決める一つの要素であること。クオーツか機械式かは大した問題ではなく、クオーツにはクオーツにしか刻めない時間がある。それを突き詰めているからこそ、近年のシチズンは注目を集め、期待を抱かせるのでしょう。今後も心を動かすような時計を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

「ザ・シチズン」のホワイトゴールドモデル。リュウズ、ラグなど外装はクリスタルのイメージでデザインされた。シースルーケースバックには「Caliber 0100」が覗く。●18Kホワイトゴールド。ケース径37.5mm。光発電エコ・ドライブ。ワニ革ストラップ。180万円(税別)。世界限定100本。特定店取扱いモデル。写真/シチズン
こちらはシチズン独自のスーパーチタニウム™モデル。ダイヤルは左がメッシュ状メタル、右は白蝶貝。●ともにケース、ブレスレットはスーパーチタニウム™。ケース径37.5mm。光発電エコ・ドライブ。80万円(税別)。左は世界限定500本、右は世界限定200本。特定店取扱いモデル。写真/シチズン
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photograph:Yuuki Kurihara(interview)