時計と酒、ものづくりの本質で響き合う
――まず、ヴァシュロン・コンスタンタンをどのようにしてお知りになったのでしょう?
廣木健司さん(以下略) 小学生のとき、父親が不意に「健司、世界で一番古い時計って知ってるか?」と聞いてきたんです。それで、当時はバセロン・コンスタンチンと言っていたと思うんだけど、何だかすごい名前だな、SF映画なんかに出てきそうな名前だなという印象を受けて、その名前がずっと頭の片隅にありましたね。
――その後、「オーヴァーシーズ」を手にされましたが、それはどのような経緯だったのでしょうか。
若い頃は当然買えませんでしたけど、少しずつ自分の酒「飛露喜」が世に出るようになって、そこで自分の目標となるようなもの、仕事の原動力になるようなものを見つけようと。それがヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズでした。理由は、一つは誕生したのが1996年ということ(注:レギュラーコレクションとして)。私が酒造りを始めたのが1996年だったのでちょうどいいなと思って。もう一つは、使い勝手の部分。当時は時代的にだんだんとスーツを着る機会が減り始めた頃で、いわゆるカチッとしたドレスウォッチよりも、ベルトを替えればスーツでもカジュアルでも着けられるオーヴァーシーズが気に入ったんですね。
――ヴァシュロン・コンスタンタンというブランドについてはどう思われました?
創業家がきちっとあるというか、創業した人のにおいがずっとブランドの雰囲気として残っている気がする。酒蔵もそうですが、創業者がいてその酒造りを代々守ってきた。私は酒蔵が一つの誇りなんですけど、ヴァシュロン・コンスタンタンも長い時間をかけてひたすら時計づくりを受け継いできて、自分たちと同じようなにおいを時計に感じるわけです。身に着けるもの、所有するものは、やっぱり自分の置かれた環境なり自分の思考と近いもののほうが安心感がありますよね。もっと目立つもの、派手なものを好む人もいると思いますが、私の場合はヴァシュロン・コンスタンタンのアイデンティティーが自分の性格の根っこのところと近いから、一番安心できるのだと思います。
――決してイケイケではないですよね。
そうですね。ヴァシュロン・コンスタンタンがすごいと思うのは、少し前に大きくて分厚い時計が流行りましたよね。ビジネスを考えたらそういう時計をつくりたくなるけど、ヴァシュロン・コンスタンタンは何か守るべきものがあったからこそ安易に流されなかったのかなと。ブランドの本質、信念がきちんと宿っているんだろうと感じて。
――260年以上、ブランドを引き継いできた先人たちに顔向けができないことはしない、みたいな部分は感じます。
歴史はとても素晴らしいものだけど、ある意味では重荷にもなる。おそらく流されてはいけない制約がある中で、現在の時計の競争を戦っていかなければならないと思うんです。その微妙なギリギリのところで時計づくりをされているんだろうなと。酒造りも、売れる味、市場に求められるものがあって、それと自分がつくりたい味との間でつねに揺れる。ジャンルは違いますがそういう苦しみがものづくりの本質にあるからこそ、長く残るものがつくれるんじゃないかと思います。
「変えずに変える」が老舗の力量
――廣木さんも揺らぐことがあるのですか。
それはありますよ(笑)。だからつらい。今の技術でつくった酒はそれはそれでうまいし、市場が評価するということは価値があります。ただ、ヴァシュロン・コンスタンタンの時計もそうですけど、自分の父親や祖父がしていたものを自分が受け継いで、現代でも価値を持っていることはとても素敵なことだと思う。ヴァシュロン・コンスタンタンってこういう時計なんだというイメージが世代を超えて受け継がれることが、たぶん高級時計ではとても重要。酒造りも同じで、10年20年と同じ酒をつくってきたけど30年経ったらがらっと変わりましたというのは、20年間、飛露喜を好きで飲んでくれた人を裏切ってしまう。守られているものがあるということが重要だと思いますね。
――守るべきものがある中で、それでも新しさを出していかなければならない。それが老舗の力なんでしょうね。
歴史に守られて何もしないでいいということは、今はあり得ない。むしろ歴史に守られているからこそ、その苦しみのようなものを味わいながら、表向きはあまり変わっていないけど、でもきちんと現代にいるということが非常に難しいですよね。
今、私は54歳です。これが20代、30代で酒造りの歴史がなければ変えなければならないことは多いと思いますけど、30年近くも自分の酒はこうだと言い続けてきて、自分の中にも蓄積されてきている。それが50歳を過ぎて急に言っていることが変わったな、今までうそ言ってたのか、と思われたくはないですよね。あいつは最後まで変わらずに貫いたなと思われるような人生を選びたい。そうすると、自分の味を変えずに時代に受け入れられていかなければならない。この苦しみはとても大きいですね。
――ありがとうございました。オーヴァーシーズはすでにお持ちということでしたので、今回はエレガントな「パトリモニー」と「トラディショナル」の時計を用意しました。ご覧になっていかがですか。
以前から思っていたことですが、年齢を重ねたときにゴールドの時計が似合うような人間になりたいなと。品よくきちんと振る舞える人間というか。これを普段からさらっと着けられたら、折り目正しく生きているような人に思われそうです。「折り目正しい」という言葉が浮かんできました。
――これらの時計にふさわしい表現ですね。
この言い方がいいのか分かりませんが、時計が強く出てこない。時計の印象が強すぎて、着けている人よりも時計が目立ってしまうブランドもあると思いますけど、そうじゃない。時計が威張っていないというか、人があっての時計だなと感じます。
――どんなシーンで着けてみたいですか。
もし、今後の人生で何か表彰されることがあれば、例えば酒のコンテストで自分の酒が選ばれるようなことがあれば、こういう時計を着けたいですね。時計は好きでいくつか持っていますが、これらのドレスウォッチには格式を感じる。特別な場に出るとき、こういう時計をすることでさらに自分の気持ちを向かわせるような。重要な会議、重要な商談、そういうときに気合いを入れる、スイッチを入れるような時計だと思います。
――どこか背筋が伸びるような、凛とした雰囲気がありますね。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
edit & text:d・e・w
photograph:ryotaro horiuchi