“ラグジュアリー”の本質とはこういうこと
パーツ一つにまでこだわって精度を追求したり、日常生活ではまず必要とすることのないレベルにまで性能を高めたり、あるいは複雑機構をいくつも組み込んだり……と、見る者の度肝を抜くような新作に出会えるのは高級時計フェアの楽しみの一つである。
だが、ある意味ではそれら以上に脳裏に焼き付いて離れないのがラグジュアリー・メゾンのユニークな発想であり、それを具現した機知に富んだクリエーションである。機械式の緻密な世界に向き合いながらもそこに縛られることなく垣根を越え、さまざまな世界からインスピレーションを得てつくられた腕時計には優雅で新鮮なサプライズがあるのだ。
今年、そんなことを強く思わせたのが今回取り上げるモデル、エルメスの「アルソー ル タン ヴォヤジャー」である。機能的には第2時間帯の時刻まで読み取ることができるデュアルタイマー。どちらかというと利便性が重視されがちなデュアルタイム機構を、その利便性を損なうことなく、むしろさらに高めながら何とも情感豊かなモデルへと昇華させてしまった。ウィットに富んだ発想をもとに優雅で遊び心のある時間を供する、エルメスらしい時計づくりが横溢するモデルとなっている。
ベースとなったのはエルメスの主要コレクションの一つ「アルソー」。馬具の鐙(あぶみ)から想を得たケースデザインは、丸みを帯びたベゼルや上下非対称のラグを特徴とする。その内側にレイアウトされたのがこのモデル特有のデュアルタイム機構。オフセンターにレイアウトされたダイヤルはローカルタイムを示し、ダイヤルの外側に備わる赤いマーカーと周囲に配された都市名、12時位置の小窓でホームタイムを表示する。
まず、9時側のケースサイドのプッシャーを押すとダイヤルが右回りにスライドし、連動して赤いマーカーも移動。そのマーカーが指した都市のアワーが12時位置の小窓に表示される仕組みとなっている。世界24都市の時刻に加え、サマータイムの設定がある都市ではその時間も読み取ることができる。また、ダイヤルはどの位置に移動しようとつねに12時が真上になるように設計されているため、視認性が損なわれることはない。
こうした優れた機構に加え、装飾の美しさもまたこのモデルの特徴である。ダイヤルはグラデーションを加えたラッカー仕上げで神秘的に、その奥に置かれた地図はガルバニック加工やレーザーエングレービング、ラッカー仕上げを組み合わせて、光の受け方で異なる光沢が楽しめるような仕様になっている。なお、この地図は一見、世界地図かと思いきや、よく見るとまったくの空想の世界。モチーフはエルメスのスカーフ「カレ」に描かれた“乗馬の世界地図“。こんな遊び心も心憎い。
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エルメスジャポン
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text:d・e・w
photograph:Kazuteru Takahashi