一番憧れを感じ、胸が躍ったのがヴァシュロン・コンスタンタンだった

「もう15年なので今ではあまりドキドキしないといいますか、人が評価するものですから、人の考えが変わったら評価が変わることはありえます。それはある意味仕方ないんですよね。でも、自分としては今も変わらずベストを尽くしている自信はあるので、そこをきちんと見ていただければこれからも評価していただけるだろうと思います」

2006年、31歳の時にフランス料理店「レストラン カンテサンス」を立ち上げて現在はオーナーシェフに就く岸田周三さん。同店はその翌年から現在まで15年連続でミシュランの三つ星を獲得し続けている。「現在の心境は?」という質問への答えが冒頭のコメントだ。熱意が衰えることはないが、かといって気負いもない。

岸田周三さん
「レストラン カンテサンス」オーナーシェフの岸田周三さん。1974年、愛知生まれ。2000年に渡仏し複数のレストランで修業。03年にアストランス(現在ミシュラン三つ星)に入店、翌年にはスーシェフに就く。05年に帰国し翌06年に「レストラン カンテサンス」をオープン。11年からオーナーシェフを務める

その岸田さんがスイス機械式時計に出会ったのは十数年前のこと。海外に行くことが多かった父親から譲り受けた一本をきっかけに足を踏み入れた。自分でも興味を持っていろいろと調べるうちに、あることに気づく。

「当時の自分からすればとても高額な時計を奮発して購入したこともあります。ただ、その時計を実際に手にすると、今度はもっと上の世界が知りたくなってしまう。興味、好奇心が尽きないんですね。これはキリがないな、だったら最上のものを目指そうと。そこからいろいろなブランドを調べた結果、一番憧れた、胸が躍ったのがヴァシュロン・コンスタンタンだったのです」

ヴァシュロン・コンスタンタンは1755年にスイス・ジュネーブで創業し、現在まで間断なく続く高級時計ブランドである。一度の中断もなく時計事業を継続するブランドとしては、世界で最も長い歴史を持つ。ヴァシュロン・コンスタンタンが機械式時計の最高峰ブランドの一つであることは、時計のプロや関係者も認めるところだが、その数あるモデルの中から岸田さんの目を引いたのが2つのレトログラード機構を備えた特殊なモデルだった。

時計画像
岸田さんが所有するヴァシュロン・コンスタンタンの時計。9時位置から3時位置へと続く扇状の目盛りが日付表示、7時から5時に向かう目盛りが曜日表示。ともに針が終点に達すると起点へとジャンプして戻るレトログラード機構を採用している。レイアウトも針の動きもユニークなモデルだ(同一モデルは生産終了、現行品は記事最下段を参照)

「ヴァシュロン・コンスタンタンを選んだのは、最終的にはフィーリングです。機能や性能ではなくて、どれだけ自分の心が躍るか。“おいしい”の感覚に近いというか、おいしいって人それぞれでいいじゃないですか。それと同じように僕の心が躍ったのがヴァシュロン・コンスタンタンだったんです。一つ言えるとしたら、最も品があると感じたんですよね。しかもこのダブルレトログラードという機構に、こんな技術があるんだ、電池も使わずにこんなことができるんだと驚いて。値段にも驚いたので一度帰宅して考えましたけれど、次の日には買いに行っていましたね(笑)」

レトログラード機構とは、針が通常の円運動を行うのではなく、扇形の目盛りの上を運針し、終点に達すると起点にジャンプしてまた運針を開始するユニークな機構。どちらかというと時計愛好家向きのマニアックな部類に入る機構だが、そのユニークさに岸田さんの感性が反応した。

「僕は仕事だけでなくプライベートでもほとんどトレンドを意識しないし、みんなが着けているからという理由で時計を選ぶことはありません。今はスポーツウォッチがトレンドだと思いますけれど、僕は今でもこの時計をよく着けますし、心底この時計を選んで良かったと思っている。他人のまね事をしたくない、オリジナリティーを大事にしたいという仕事のスタンスが時計選びにも現れているのかもしれませんね」

オリジナリティーを提案し続ける姿勢がトップたるゆえん

岸田さんが取り仕切るカンテサンスが高い評価を得続ける理由はいくつもあるだろうが、その最もコアにあるのがオリジナリティーだと言っていい。岸田さんの仕事術は、カンテサンスがオープンした2006年当時には日本にないものばかりだったからだ。

例えば、カンテサンスで提供するのは一つのコースのみ――それは食材を鮮度が良いうちに使い切るため。料理の温度は本場フランスをまねることはしない――自分がおいしいと感じる温度に絶対の自信があるから。シーズンごとに新しい料理を考案する――リピーターにつねに新しい感動を届けたいから。オーナーシェフでも仕込みの段階からキッチンに入る――スタッフとの信頼関係が高まりチームとしてのパフォーマンスが上がるから……と枚挙にいとまがない。

サービスプレート
座る位置を示すためにテーブルに置かれるサービスプレート。料理皿を使うことが一般的だが、カンテサンスではその代わりに石製のプレートを使用する。店内の約30席に、それぞれ違う石のプレートが置かれる。オリジナリティーやユニークさを追求する姿勢がこんなところにも見て取れる

「オリジナリティーはとても大事にしています。どこかで見たような既視感のある料理を作るのがすごく嫌なんですよ。何かをインプットしてからアウトプットすると、どうしても外的影響を受けてしまう。そうではなくて、できる限り自分の中から湧き出るものを作りたい。その根底には僕が本当においしいと思うその感覚を、お客様にも追体験していただきたいという思いがあります。僕はこれがおいしいと思うんですけれど、お客さんはどう思いますか、という提案をし続けたいですね」

そうした仕事への姿勢から、ヴァシュロン・コンスタンタンの時計作りに共感を得る部分があるという。

岸田周三さん
コロナ禍では要望が多かったお土産の菓子作りに取り組み、「無理だと思っていたけれど、やってみたら納得いくものができた」と話す。自分の限界はまだまだ上にあると気づかされたそう

「ヴァシュロン・コンスタンタンも他のブランドのまね事をしたり、流行りを追いかけたりすることはないですよね。むしろ自分たちがそれを作ろう、その先端を走ってやろうという気持ちでやっているはずなんですよ。そうじゃないとトップで居続けることはできないと思います。まねや流行りではなくて、でも時計を見た瞬間に、これヴァシュロン・コンスタンタンだって分かるオリジナリティーがある。それがロゴやシンボルマークを見なくても分かるので、そういう意味でもすごいと思いますよ。表面的な部分は変わるかもしれないけれど、信念が変わることがないですよね」

腕時計が時刻を示すツールという役割を超えて、身に着ける人のシンボル的なツールとなって久しい。スタイルシンボルなどという表層的な部分だけではなく、ヴァシュロン・コンスタンタンと岸田さんの間には、ブレることのない信念、オリジナリティーの追求、感性的なものづくり……などトップを走り続ける者ならではのフィロソフィーが響き合う。時計と人の深く濃密なペアリングを見た思いだ。

問い合わせ情報

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ヴァシュロン・コンスタンタン
TEL:0120‐63‐1755


photograph:Masahiro Okamura
edit & text:d・e・w