ディテールから感じたバウハウス的機能美
「針とか数字のフォルムが立体的ですごくきれい。しかも数字は角が面取りされているんですね。だから冷たい感じがせずに、器でいうところの漆器みたいにとろっとした感じというか、どこか色気のようなものを感じるのだと思います。この針のラインも滑らかで、なおかつ平面じゃなくて少し膨らんでいるのがいい。針の中にグラデーションが生まれるし、向こう側の景色の色も拾ってとても美しいです。形マニアなのですごく見入ってしまいますね(笑)」
IWCシャフハウゼンの「ポルトギーゼ」を眼前にしてそう切り出したのは陶芸家の竹村良訓さんだ。竹村さんの作品を一見してまず目を引くのは、独特のカラーリレーションである。これまでにないような色使いでありながら、どこか懐かしさも漂う。曰く「形に洋服を着せていく感覚」だという。そしてもう一つが独特のフォルム。シンプルでありながらオリジナリティーを併せ持つのは、ディテールへのこだわりがあればこそ。何よりまず時計のディテールを観察する点が、何とも竹村さんらしい。
「シンプルだからこそディテールの美しさ、面白さが際立ってくると思います。限られた要素の中ですごく魅せるものがあるなという印象ですね。私の創作の裏テーマが50年後、100年後に“どこの誰が作ったか分からないけれど、なんかいいね”と言ってもらえるもの。ある意味クラシックですね。クラシックって古いものと捉えられがちですが、じつは時代に左右されないものだと思うんです。それと同じような魅力を感じます」
IWCが創業したシャフハウゼンという町は、スイスの中でもドイツとの国境近くに位置し、それゆえにドイツ的なものづくりの影響を少なからず受けてきた。どのコレクションを見ても時計の顔つきは端正で、視認性に優れる。竹村さんが見入ったディテールの丁寧さもその一つと言っていい。
「ドイツ的と聞いて、つながった気がします。僕はバウハウスがとても好きで、ドイツ現地の学校を訪れたこともあります。彼らの理念としては“生活に根付いた”とか“地に足を着けて”なんて言っているんですけれど、どう考えても感性の部分を捨てていないんですよ。生活用品といってもとても美しいし、今見ても十分に面白い。シンプルなんだけどつまらないものじゃなくて、感覚的な魅力がきちんとあるんです。それと同様に、先ほどの数字の角の面取りや、リーフ型というんですか、この針の形とか、普通に機能だけを追い求めていたらこうはならないと思う。デザイナーさんか誰かの“これが好き”という感覚があってこうなったはずなんですよ。もちろん機能性があるのですが、それだけではなく感性的な魅力も多分に含んでいるように思います」
バウハウスとは1919年にドイツで開校した造形学校のことで、彼らが提唱した合理主義的・機能主義的な芸術はその後のデザインの潮流に多大な影響を及ぼした。その初代校長であり、20世紀を代表する建築家のミース・ファン・デル・ローエが好んで使ったのが「神は細部に宿る」という言葉。細部にこだわれば全体の完成度が高まり、それはやがて不朽の名作になる――。その言葉を体現する好例として、IWCの名を挙げることに異論を唱える時計関係者はまずいない。
本物に出会ったときのような感動がある
「高級な時計という漠然としたイメージがあって、その中でも職人気質の時計、精密な時計という印象があります」
IWCシャフハウゼンの印象をこう話すのは、アーティスト兼空間デザイナーの外山翔さんだ。もともと空間デザインを手掛けていた外山さんは、次第にオリジナル作品の創意が込み上げ、アクリルや大理石、水溶性樹脂を使ったオブジェなどの創作を開始。創作の際に意識しているのは「自分が手掛けた空間の中に置きたいもの、このオブジェの隣にあったら素敵なもの」だという。そんな外山さんはプロダクトを見る際もまた、全体の印象が目に留まるようだ。
「高級時計ってもっと重厚感や威圧感があるもの、主張が強いものだと思っていましたが、このIWCの時計の数々は、とても優しげで繊細な印象を受けます。雑誌などで見ていたときは“ポルトギーゼ”がいいと思っていましたが、今日見たらこちらの“ポートフィノ”が気になります。ケースの先の部分(注:ラグ)のラインや文字盤の色みだと思うんですが、全体に柔らかさや艶感があるところがいいですね」
外山さんの作品には一輪挿しなど用途を想定したものもあるが、大半はオブジェやアートであるから唯一無二であることが求められる。そのため制作中に起きた化学反応やハプニングなどの偶然性――例えば亀裂や気泡など――も、受け入れることを厭わない。
「用途が決まっていないオブジェなどは特に、どの状態を完成とするかという難しさがあります。化学反応も、理屈では分かっても同じものは二つとできません。そういう部分で一点物を作る難しさはあります。ただ、それと同じレベルで、高品質なものを量産する難しさもあると思うんですよ。品質が一定でなければならないし、それこそ時計は精度にばらつきがあってはならないですよね。高いクオリティーで作られた本物を見たときの感動というのは、似たものがあると思います」
さらに、外山さんは時計のクオリティーから生産体制や職人までイメージを膨らませる。
「僕の創作には熟練の職人さんが欠かせません。採算度外視で一点物の制作に付き合ってくれる職人さんがいてこそです。同じように、こういう時計を作れるということは、おそらく生産体制がきちんと整備されて、働く人が働きやすい環境が整っている気がします。繊細なものを作る、丁寧に作るというのは、精神的に良い環境がなければできませんから。このパーツが自分の自信作です、みたいな職人さんたちの思いを聞いてみたいですね」
焼き物やオブジェという全く異なるジャンルながら、創作に真摯に向き合ってきたつくり手たちの慧眼は、IWCのウォッチメーキングの本質を鋭く見抜く。工業製品の一種でありながら実用性のみならず、感性的な魅力や一点物に劣ることのない感動がIWCの時計にはある。
photograph:Hisai Kobayashi、Hirotaka Yabusita
edit & text:d・e・w