ミッションは“視認性を損なわずにクロノを付加せよ”
例年、A.ランゲ&ゾーネ(以下ランゲ)が発表する新作の数はそれほど多くない。毎年、春の時計フェアで発表する新作は数モデルにとどまる。そもそもファミリービジネスのような社風があるため闇雲に拡大を求めることなく、一つの開発にじっくりと向き合うのがランゲ流である。そうしたプロセスの成果として、高級時計の世界に独創的で斬新な姿を打ち出し、あるいは既出の性能をはるかに凌駕するような超弩級のモデルを送り出してきた。オフセンターダイヤルとアウトサイズデイトを打ち出した「ランゲ1」や、瞬転数字式時分表示の「ツァイトヴェルク」、そして多数のコンプリケーションを見ればそれは誰の目にも明らかだろう。
そんな量より質を求めるランゲにとっても、今年の新作展開は異例となった。ウォッチズ&ワンダーズで発表されたのは、ブランド初となる自動巻きクロノグラフムーブメントを搭載した「オデュッセウス・クロノグラフ」ただ1モデル。にも関わらず、ここでピックアップしたのは、そのモデルが“オンリーワン”とも呼びたくなるような革新性に満ちているからだ。
「オデュッセウス」とは、今から4年前の2019年に発表されたランゲの最新のコレクションである。ランゲのあらゆる時計に通底する端正さを旨としながら、それをスポーティーに解釈したデザインで耳目を集めた。と同時に、ダイヤル左右に大型の曜日・日付の表示を備えている点も大きな特徴だった。
ブランドのスポーティーなコレクションであるから、クロノグラフを搭載したいと考えるのは自然の成り行きである。だがここで問題が発生する。クロノグラフは通常、経過時間の積算計やスモールセコンドを要するため、ダイヤル上に2つないしは3つのインダイヤルが必要になる。とすると大型の曜日・日付表示を置くスペースがない。置けたとしてもダイヤルが煩雑になり読み取りにくくなる。大型の曜日・日付表示はランゲの創業者とゆかりの深い「5分時計」にちなむ大切な意匠であり、視認性はランゲの時計にとってマストのファクターである。ないがしろにできるものではない。
そんなプロセスがあったかどうかは定かではないが、オデュッセウス特有の視認性を損なうことなくクロノグラフを付加するために、ランゲの開発陣がたどり着いたソリューションがクロノグラフの積算針をダイヤルセンターに設置することだった。開発陣は6年の歳月をかけて、時分針と同軸にクロノグラフ秒針と60分の積算針を備えた自動巻きクロノグラフムーブメント、キャリバーL156.1を新たに開発。一見クロノグラフと思えないほど簡潔で視認性に優れたレイアウトを獲得したのである。
そして最後に付け加えたいのが、ランゲの技術者たちが盛り込んだエンターテインメントについて。それはクロノグラフの計測をストップした後、リセット時に訪れる。4時位置のリセットボタンを押すと、レッドカラーのクロノグラフ秒針が前後どちらかにぐるぐると回転して、12時位置にリセットされるのである。クロノグラフの経過時間が30分未満の場合は経過した分数だけ反時計回りに、30分以上の場合は60分までの残りの分数だけ時計回りに回転する。完璧主義と称されるほどの優れた技術者集団でありながら、こんな茶目っ気たっぷりな一面も見せる。やはりA.ランゲ&ゾーネの懐は深い。
photograph:A. LANGE & SÖHNE
edit & text:d・e・w