パイロットウォッチの歴史にIWCのプレゼンスあり
現在、パイロットウォッチを製造するブランドはいくつかあるが、歴史の長さ、技術やノウハウの蓄積、現行ラインナップの豊富さといった点で群を抜くのがIWC シャフハウゼンである。そもそもIWCは創業時から実用性に優れた時計を標榜してきた硬派な“時計屋”であり、陸海空の過酷な環境での使用を前提とした時計作りに重きを置いてきた。とりわけ空に対する思い入れは並々ならないものがあり、その発露たるパイロットウォッチはもはやIWCのアイデンティティーの一部になっている。
それは歴史をさかのぼれば明らかだ。IWCは1936年に初のパイロット向けの腕時計を製造する。「スペシャル・パイロット・ウォッチ」と名付けられたこのモデルは、飛散防止のための安全ガラスや回転式ベゼル、夜行性の針とインデックス、そして耐磁設計のムーブメントを備えていた。驚くことに、最初のモデルにしてすでに現在のパイロットウォッチにも求められる重要な仕様を装備していたのである。
その後、20世紀半ばには懐中時計用の大型ムーブメントを用いた「ビッグ・パイロット・ウォッチ」や、40年以上にわたりパイロットたちに愛用された「マーク 11」を製造。前者は、飛行時に秒経過が読み取りやすいセンター秒針を、後者はムーブメントを磁気から保護する軟鉄製インナーケースを備えていた。20世紀後半には、今度は高機能化へと注力し、スプリットセコンド機能を搭載した「ダブル・クロノグラフ」、UTC(協定世界時)表示を備えた「フリーガー UTC」などの新機能を搭載したモデルを製造。パイロットウォッチの原型を作っただけでなく、性能向上、機能開発のフェーズでもIWCのプレゼンスが際立っていた。
そして21世紀になると、それまでの航空界との結びつきを継承しながら、現代の先端技術で各種性能をリファインするという時計開発の傾向がある。とりわけ特徴的なのが、主要各国の空軍や飛行隊とのパートナーシップから新しいパイロットウォッチを作るというプロセスである。英国空軍の歴史的な戦闘機「スピットファイア」に由来するモデル、米国海軍戦闘機兵器学校「トップガン」にちなんだモデルなどがそれだ。ミリタリーのプロたちの声を受けて開発した時計はもちろん本格的なスペックを備えており、またパートナーシップを示すシンボルや記章は他のモデルにはない特別感がある。
今夏、登場した「パイロット・ウォッチ・オートマティック 41 “ブラック・エイセス”」もこうした流れを汲むモデルである。モデル名の「ブラック・エイセス」とは、米国海軍第41戦闘攻撃飛行隊の愛称であり、そこから分かるように米国海軍飛行隊とのパートナーシップから作られた。6時位置にあしらわれたのはブラック・エイセスの記章。両者のパートナーシップの証しとなる。
外観的にはブラックのケースにホワイトの文字盤という珍しくない組み合わせだが、このモデルの最大の特徴はその文字盤全面が発光する性質を備えている点にある。明るい場所で光を蓄えて暗闇で発光する蓄光塗料は、通常、針やインデックスに塗布するものだが、それを逆に捉えて、文字盤を光らせることで蓄光塗料が塗られていない針やインデックスを黒く抜いて見せる仕組み。こうした全面発光の文字盤はほとんど前例がなく、IWCでも初の仕様となる。気になるのは発光がどれほど続くのかという点だが、IWCの暗室試験によると23時間以上にわたって鮮やかな緑の光を放ち続けるという。一晩経過してもまだ余力を残すことになる。
全面発光する文字盤と聞くと、ともすると奇をてらったかのような印象を受けるかもしれないが、そこはパイロットウォッチ製造の第一人者である。パイロットウォッチ風情の時計は作らない。ケースは軽くて硬く、傷がつきにくいセラミック製で、その内側には耐磁性を高める軟鉄製インナーケースを装備。IWC自社製のキャリバー32100には同じく磁気に強いシリコン脱進機を採用し、効率的な双方向巻き上げ機構により72時間のパワーリザーブを確保した。視認性のみならず、耐久性、耐磁性といった性能面もハイスペックを携えているのである。
とはいえ、実際のパイロットでもない限りは、スペックうんぬんよりも服装を選ばない今風のスポーティー感を楽しみ、暗闇で光るダイヤルを面白がるのがこのモデルの醍醐味だろう。本格仕様を気軽に楽しむ、現代のライフスタイルに適したパイロットウォッチである。
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IWCシャフハウゼン
TEL:0120‐05‐1868
photograph:IWC SCHAFFHAUSEN
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