ユーティリティーウォッチを作らせても第一級
2023年の上半期、日本の時計関係者たちの間で最も話題となった出来事といえば、去る6月に東京・新宿で開かれたパテック フィリップの世界巡回展、「ウォッチアート・グランド・エキシビション(東京2023)」である。2500㎡を超える広大な会場もさることながら、そこに集められたタイムピースには時計のプロたちでさえ目を見張るものがあった。スイス・ジュネーブにあるパテック フィリップ本店サロンやパテック フィリップ・ミュージアムから厳選された歴史的なタイムピースは、往時の王侯貴族や偉人たちとの深く長い関わりを伝え、ミニットリピーターをはじめとするチャイムウォッチやスーパーコンプリケーション(超複雑時計)は現代のハイレベルな機械技術を物語る。
そして何より圧巻だったのは、七宝、手彫金、木象嵌といったハンドクラフトの数々である。ミュージアムや所有者から集められたユニークピースや、この展覧会のために制作された希少なモデルなどが、かつてないほどの規模で展示された。さながら工芸品のレベルにまで昇華されたタイムピースには、伝統的な装飾技術に対するオマージュがにじみ、そうした文化・芸術を次世代に継承しようとするパテック フィリップの使命感さえ感じさせた。時計を超え、時代を超えた“ウォッチアート”の世界がそこにはあった。
さて、今回取り上げるのは、そのパテック フィリップの「カラトラバ・パイロット・トラベルタイム・クロノグラフ 5924」である。どちらかというと高貴な気品を携えたエレガントウォッチのイメージが強いパテック フィリップだが、2015年に1930年代に自社で製造したアビエーター(飛行士)向けの時計から想を得たパイロット・スタイルのモデルを発表。その流れを汲む今年の新作となる。
パテック フィリップでは、ダイヤル中央に設置した2本の時針で現在地と出発地の2つのタイムゾーンの時を表示する機能をトラベルタイムと呼んでいる。この新作はそのトラベルタイムに加えて、2時位置と4時位置のプッシュボタンで操作するフライバック・クロノグラフ、12時位置に指針による日付表示を搭載する。さらに、ダイヤルの3時側と9時側に設けられたHOMEとLOCALの小窓の色で2つのタイムゾーンの昼夜も判別できる、実用性に優れたモデルとなっている。
夜間飛行をサポートした時角時計のパイオニア
一般的に、パイロットウォッチは空軍や海軍などミリタリーのニーズに応えるように進化してきた経緯がある。パテック フィリップはそうしたミリタリーの世界と特に深い関わりがあるわけではないが、アビエーターに向けた時計製造の歴史は古く、1936年にさかのぼる。この年、パテック フィリップは2つの時角時計(サイデロメーター)を開発する。
20世紀初頭、アビエーターたちは夜間になると、遠方に見える恒星の位置から現在地の緯度と経度を把握していた。その際に用いていたのが、鏡の反射を利用して角度を測定する六分儀とこの時角時計だった。時角時計のダイヤルには360度の目盛りがふられ、そのダイヤルと24時間や4時間、4分で1周する特殊な針によって恒星の角度を割り出していた。
この時角時計は、新しい無線航法システムの登場によりまもなく姿を消すことになったが、パテック フィリップはアビエーター向けの機構開発をやめず、1930年代にはパテック フィリップにとって重要なワールドタイム機構を考案。1959年には現在も用いられるトラベルタイム機構で特許を取得し、1996年にはデュアルタイム機構に関する2つ目の特許を取得するなど、現代のパイロットや旅行者にとって有用な機構を開発してきた。そうした歴史的背景から誕生したのが2015年のパイロット・スタイルのモデルとなる。
今年発表されたカラトラバ・パイロット・トラベルタイム・クロノグラフ 5924は、やや大ぶりの42mm径のケースに3つの実用的な機能を備え、インダイヤルが織りなす顔つきはアクティブでありクールでもある。一流を選ぶ選択眼や審美眼、文化・芸術への造詣、真摯で実直な人となりの証左にもなるだろう。こんな時計が、世界を相手にするビジネスパーソンの二つとないパートナーになる。
問い合わせ情報
パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター
TEL:03‐3255‐8109
photograph:PATEK PHILIPPE
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