熟練フォトグラファーもうなるほどのハイクオリティー
オーセンティックなデザインでありながら、凡百の時計にはない無類の個性がある。和紙とプラチナ箔が織り成す文字板は、わびさびのような情趣と控えめな華やかさがあり、何とも情緒的だ。微細なゆがみもなくエッジがしっかりと立った針やインデックスが、緊張感に似たような風格を与える。つい見入ってしまうような情感と腕時計としての実用性を巧みに融合したのが、ザ・シチズンから今秋登場した年差±5秒「光発電エコ・ドライブ」砂子蒔き和紙文字板 限定モデルである。
ザ・シチズンとは、1995年に誕生したシチズンのフラッグシップブランドである。フラッグシップ故に最先端の技術や素材を投入したものが多く、全てのパーツの仕上げは高精度のクオリティーで行われる。いわば、シチズンの肝いりのブランドと言っていい。
ザ・シチズンでは、2017年より文字板に手漉き和紙を採用したモデルを発表している。職人が1枚1枚手で漉いた和紙はその品の良いテクスチャーが奥深い表情を生み、また同じ表情が2つとないユニークさでも耳目を集めた。さらに、光発電ムーブメントのエコ・ドライブを駆動するには光を受ける必要があるが、その点でも透過性がある和紙は文字板に格好の素材だった。日本らしさ、職人の技、美しさ、ユニークさ、透過性……など、ザ・シチズンが追い求めるものを全て備えた理想的な素材だったのである。
このたび登場した新作は、その和紙にプラチナ箔をあしらった文字板を特徴とする。まず和紙は、日本三大和紙として知られる高知の土佐和紙の工房が製作。世界で最も薄いといわれる「ひだか和紙」製の「典具帖紙(てんぐじょうし)」を採用した。そこに、漆芸で有名な福島・会津若松の「坂本乙造商店」の職人が、砂子(すなご)蒔きという技法を駆使してプラチナ箔を舞い散らせた。
今回は、このモデルを1億画素を有する高解像度のカメラ、Phase One(フェーズワン)で撮影した。狙いはもちろん、和紙とプラチナ箔が織り成すミクロの世界。いざ撮影してみると、現場がざわついた。文字板もさることながら、あらゆるパーツがとてつもないクオリティーで仕上げられていたからだ。以下に冒頭2カットのアップ画像をお届けする。フォトグラファーのリアルな証言とともに、美しいディテールの世界へ。どこまでも正確でゆがみのないものづくりに快哉を叫ぶ。
丁寧な仕事の集合体――撮影者・岡村昌宏さんの証言
どんな被写体でもより美しく、より精密に撮影したいと思い、撮影の内容によっては1億画素のフェーズワンを使用しています。1億画素となると肉眼では見えないものまで写ってしまうので不安もあるのですが、今回のザ・シチズンはその心配は杞憂でした。針の先端までゆがみや欠けが一切なく、インデックスはエッジがしっかりと立っている。プリントの精度も高く、ロゴの肉盛り印刷も滑らか。一つひとつのパーツをそれぞれの担当者が責任を持って作った、丁寧な仕事の集合体という印象です。会社としてのものづくりに対する真摯な姿勢を感じます。この価格帯でこのクオリティーは相当希有だと思いますね。(談)
[Profile]岡村昌宏。写真撮影や映像制作を行うクロスオーバー代表。車や腕時計などのラグジュアリーなプロダクトをはじめ、景観や建築、人物など幅広く撮影。腕時計の撮影は20年以上の経験がある。
時計の本質に向き合ってこそ時計屋だ
さて、ここまではこのモデルの最大の特徴である文字板にフォーカスしてきたが、その目を他の部分に向けると、ザ・シチズンというウオッチブランドの本質が見えてくる。ザ・シチズンの時計はどれも浮ついた感がなく、“いかにも時計”という実直な顔をしている。奇をてらったり余分な装飾で人目を引くような安易な考えもない。それは、ザ・シチズンがタイムピースとしての時計に向き合い、理想を追求し続けるブランドであるからだ。
そうした時計作りの一つの証左が、光発電のエコ・ドライブである。シチズンは1976年にわずかな光でも発電し、定期的な電池交換が不要のエコ・ドライブを世界でいち早く開発し、今日まで改良を重ねてきた。前述のザ・シチズンの新作には、年差±5秒、一度のフル充電で1.5年持続(パワーセーブ作動時)するエコ・ドライブを搭載する。時刻表示の精度、永続性にこだわる時計屋の自負さえ感じさせる。
そしてもう一つの証しが、ケースやバンドに使われたスーパーチタニウムである。チタン素材に関しても、1970年代に世界でいち早く時計作りに取り入れたのがシチズンだった。現在は、軽量かつ硬質で、錆びにくく、さらに肌に優しいシチズン独自のスーパーチタニウムへと進化。今回のモデルでは、デュラテクトプラチナという独自の表面硬化技術でケース表面の硬度を高めると同時に、透き通るような輝きも獲得した。快適な着用感や永続的な美しさを求めるザ・シチズンの時計作りが垣間見える。
言うまでもなく、時計本来の役割は時刻を正確に伝えることである。新しい発想や斬新なデザインで耳目を集めるブランドがある一方で、その技術をひけらかすことなく地道に時計と向き合うブランドがある。“いつまでも止まることなく、正確な時刻を表示する”という時計の本質を追求することが時計屋の本分だとすれば、シチズンほどそれに真摯に向き合うウオッチメーカーもない。そこに日本らしい技術で普遍的な美しさを加えたのが今回のモデルである。こんな時計が身近にあるなんて、私たちは幸せだ。
photograph:Masahiro Okamura(CROSSOVER)
edit & text:d・e・w