渡航時の“今日、何日?”のストレスを解消
複雑機構をいくつも載せたグランド・コンプリケーションや、装飾の粋を凝らしたアート的なタイムピースを製作する一方で、必要とあらばパーツ1つ、歯車1つまで手を入れて既存機構のリファインを繰り返すのがパテック フィリップの本領である。パーツの開発なんて地味で注目を集めるような華やかさはないが、ユーザビリティーの向上のために絶え間なく改良を重ねるその継続性が、パテック フィリップを他と一線を画す別格のウォッチブランドへと押し上げている。
近年はそうした開発がトラベルウォッチの分野で顕著である。一昨年は2つの時間帯の時刻を表示するデュアルタイム機構と、月・曜日・日付を示す年次カレンダー機構を完璧に同期させた新しいメカニズムを披露。それに続けとばかりに、今度はより複雑なワールドタイムと日付表示で同じく“完璧な同期”を実現したのが、今年の新作「ワールドタイム5330」である。このモデルは昨年、世界初の機構を備えてリミテッド・エディションとして発表され、今年は新しくブルーグレーのダイヤルを携えてノンリミテッドで登場した。
ワールドタイムと日付表示の双方を備えた時計はこれまでにも作られている。では、一体なにが世界初なのか。
従来のワールドタイムはタイムゾーンを変更する際、ダイヤルセンターの時分針が示す現在地の時刻と日付を、それぞれ個別に調整する必要があった。その煩わしさに着眼したパテック フィリップの開発陣たちは、ワールドタイムが日付表示を制御する新しい設計を考案。タイムゾーンを変更した際、日付表示が前後いずれの方向にも自動的に同期するメカニズムを開発したのである。
現在、機械式時計で主流となっているワールドタイムの原型は、1930年代にジュネーブの時計師、ルイ・コティエが発明した機構をパテック フィリップが腕時計として採用したものとされている。祖であればこそ、その後の発展においても先端的な位置にパテック フィリップのプレゼンスがあったのだろう。今年の新作はそうした開発精神の最新の発露であり、ワールドタイムの歴史に新たな1ページを書き加えるエポックメーキングなモデルである。
なぜ、わずか数ミリの長さ調整にこだわるのか
そして、今年の新作でもう一つ取り上げたいのが、「ゴールデン・エリプス5738/1」である。1968年に登場したこのモデルの魅力は、何といっても他に類を見ないケースの美しさにある。ラウンドとレクタンギュラーを組み合わせたような優美なフォルム、黄金比(=1:1.6181)に則った縦横比、そしてラグを廃してフォルムを際立たせたエステティック。まさにゴールデン・エリプス、“黄金比の楕円形”が際立つモデルである。
今年はこのゴールデン・エリプスに、18Kローズゴールド製のブレスレットを合わせたモデルが登場した。これまでブレスレットモデルがなかったわけではないが、最後に登場したのは1970年代までさかのぼる。およそ半世紀ぶりに新しく発表されたチェーン・ブレスレットは、単なる既存のブレスではなく、ミリ単位の長さ調整が容易という実利的な新機構を備えている。
腕時計は着装時にストラップやブレスレットの長さに余裕がありすぎると、手首の動きに合わせて時計が暴れてしまう。機械にとっても手首にとっても好ましくない上に、とりわけゴールデン・エリプスのようなドレスウォッチであれば、何より見た目の美しさが台無しだ。ドレスウォッチは手首の一部のようにフィットしてこそドレッシーなのである。
わずか数ミリの調整機構のためにパテック フィリップが考案したのは、全363個のエレメントで構成され、うち300個以上のリンクを手作業で1つずつ組み立てるという、気が遠くなるような手間暇をかけたチェーン・ブレスレット。開発には15年の歳月を要したという。ブレスレット1つにここまでやるのが、他ならぬパテック フィリップなのである。
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パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター
TEL:03‐3255‐8109
photograph:PATEK PHILIPPE
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