先人への敬意も感じたエキシビション
今夏、シチズンは「CITIZEN」ブランド100周年記念イベントとして、「THE ESSENCE OF TIME」と題したエキシビションを開催した。シチズンの前身である尚工舎時計研究所が創設されたのが1918年のことで、その6年後の1924年に製造した懐中時計が時の東京市長である後藤新平によりCITIZENと命名される。今年はそれから100周年の節目の年。この100年の軌跡、信念、未来へのビジョンを発信するために開催されたのが前述のエキシビションである。
会場となったのは東京都千代田区に立つ九段ハウス。築90年以上の歴史的建造物を舞台に、この100年の歴史を築いた主要100モデルの時計が展示された。和室や地下室まで活用したそのボリュームもさることながら、長さ6mほどの1枚紙に100年の略史をまとめた大胆な展示や、100個の時計全てにデザイナーと技術者の解説を記したカードを用意し、ゲストが自由に収集できる工夫も訪れたゲストを惹きつけた。自分たちが楽しみながら来場者にも楽しんでもらいたいという思いが強く伝わってくる、素晴らしいエキシビションだった。
簡潔かつ情緒的。独自のシンプリシティーを構築
そして、この100周年を記念して発売するのが、自社製機械式ムーブメントCal.0200を搭載した『「CITIZEN」ブランド時計 100周年限定モデル』である。2針、スモールセコンド付きのオーセンティックな自動巻きだが、その性能や作り込みは単純にあらず。知れば知るほど愛着が増すようなタイムピースになっている。
シチズンのフラッグシップブランドである「ザ・シチズン」から登場したこの記念モデルは、端的に述べると、簡潔さと情緒的な味わいの巧みな融合に独自の個性を宿す。ほとんど曲面のないケースフォルム、直線的な針やインデックスはシャープな印象だが、そこに表情豊かな文字板とストラップでクラフトのような温もりを添える。
そして何より圧巻なのは、どこまでクローズアップしても欠けやゆがみが見られない部品製造のクオリティーの高さだ。寸分のずれも許さないほどの緊張感が、シンプルなデザインに端正な品格をもたらした。100周年の節目を飾るにふさわしい、ザ・シチズンの時計作りを象徴するようなモデルである。
そして内部に搭載するのは、現代のシチズンが誇る高性能な自動巻きムーブメント、Cal.0200である。最大の特徴は、クロノメーター規格(ISO3159)を超える平均日差-3~+5秒という高い精度を備えている点にある。この高精度を可能としているのが、フリースプラング式のテンプだ。この方式は安定的に高い精度が見込めるものの、その前提としてパーツ自体が高い精度で製造されたものでなければならない。世界的に見ても高水準の部品製造技術の賜物である。
そしてもう一つの特徴が審美性である。Cal.0200の地板には無数の円が連なるペルラージュ装飾が施され、輪列を支えるブリッジにはサティナージュと呼ばれる緻密なヘアライン仕上げと、エッジにはダイヤカットによる面取りが施された。さらにこれらのパーツやテンプが美しく見えるようなレイアウトにもこだわった。精度面、審美面の双方で力量を発揮した、シチズンの肝いりのムーブメントとなっている。
シチズンの3Pとは? 知られざる機械式の系譜
さて、シチズンと聞くと電波時計やエコ・ドライブ、あるいはステンレススティールやチタンの表面硬化技術であるデュラテクトといった、高水準のエレクトロニクスをイメージするだろう。だが、時代をさかのぼると機械式時計でも多くの開発を手掛けてきたウォッチメーカーであることが分かる。
機械式の腕時計が一般に普及し始めた1950年代、シチズンが目指したのは「不具合が生じにくい時計」だった。1956年発表、国産初の耐震装置であるパラショックはその最たるものだ。このパラショックは、切れないぜんまいのフィノックス、軸受の保油性を高めたプロフィックスと合わせて3Pと呼ばれ、シチズン・ウォッチの代名詞的存在となった。さらに、1959年に国産初の防水時計(40m防水)を開発し、以後の防水競争の火付け役となったのもシチズンであった。
1960年代になると開発の方向性は広がる。精度面ではCOSC(スイス公式クロノメーター検定機関)の前身であるBO(時計歩度公認検定局)の規格と同等の高精度を実現し、審美面では1962年にケース厚2.7mmという世界で最も薄い手巻き時計を製造。自動巻きでも、現代のペリフェラルローターにつながるような外周式ボールベアリング・ローター・システムを開発し、時計の薄型化に大きく寄与した。
というように、機械式時計の開発においてもシチズンは豊かな歴史を持つ。その後、1969年のクオーツショックを契機に電池式時計に舵を切り、光発電の技術で世界的なパイオニアとなっていく。その歩みがあまりにもセンセーショナルだったためか、機械式時計の歴史や後の系譜が語られることは少なくなっているが、ある時代においては確かに国産機械式時計の開発を牽引したメーカーだったのである。
前出のCal.0200は、シチズンのグループ企業であり、良質なムーブメントを製造するスイスのラ・ジュー・ペ・レ社との協業で開発され、2021年に発表されたものである。100年前の懐中時計に端を発するCITIZENブランドの時計作りの思想は、時代を問わず、あるいは機械式か電池式かを問わず一貫している。「正確な時を刻み、装身具としても美しい」という時計の本質を追求する意思である。現代のCal.0200がクロノメーターの基準を凌ぐ高精度と豊かな審美性を有していることが何よりの証しである。
シチズンというメーカーは実力以上に大げさに喧伝することもなければ、耳目を集めるためだけの派手なプロモーションに頼ることもない。時計の関係者には“実直、謙虚、良心的”といった印象を持つ者が多いはずだ。常に時計の本質に向き合い、技術革新を重ね、それらをまた時計に注ぎ込むのがシチズンのウォッチメーキングである。時計屋の本分は時計にあり――。意思と技術の蓄積が次の100年を切り拓く。
photograph:Masahiro Okamura(CROSSOVER)
edit & text:d・e・w