芸術への希求はこのメゾンのDNA
高級時計にまつわるクラフツマンシップは範囲が広く、多種多様な技がある。中でもとりわけ異彩を放つのが、メティエ・ダールと呼ばれる職人の芸術的な手仕事だ。エングレービング(彫金)やエナメル装飾、ジェムセッティング、ギヨシェ装飾、細密画などの手仕事がそれに当たり、そうした技巧を凝らした時計そのものをメティエ・ダールと呼ぶこともある。
このジャンルで質量ともにトップレベルの地位を確立しているのが、スイス・ジュネーブの老舗メゾン、ヴァシュロン・コンスタンタンである。同メゾンは1755年の創業直後から芸術的な時計の制作を手掛け、現代に至っても「メティエ・ダール」と称した時計などを毎年のように発表し続けている。“美しい時計”を探求するメゾンからすれば当然のクリエーションなのだろうが、時計を工芸品の域へと押し上げる装飾技法の広さ・深さ、そしてその豊かな創造性は老舗の格の高さを裏付ける。
そのヴァシュロン・コンスタンタンは今年、創業270周年という節目を迎えた。それを記念して、先ごろ都内で「レ・キャビノティエ展」という特別展示が催された。そこで公開された珠玉のメティエ・ダールを、撮り下ろしのビジュアルとともにお届けしよう。
200以上の木片から成るマルケトリー文字盤
まず取り上げるのは、「レ・キャビノティエ・トゥールビヨン‐四守護神への賛辞‐」の2モデル。「レ・キャビノティエ」とは、ヴァシュロン・コンスタンタンの中でも世界限定1本のユニークピースや、ビスポークの時計制作を専門とする特別な部門のこと。そのネーミングは、17世紀に装飾技術だけでなく知性や感性にも優れていた職人“キャビノティエ”に由来する。
前述のモデルの創作テーマは「神聖な時」、ダイヤルに表現されたのは、季節を体現する神獣である。2024年に4種の神獣を表現した4モデルが発表され、今回の展示ではそのうち青龍と白虎をダイヤルに宿したモデルが公開された。




ダイヤルの絵柄は一見、筆などで描き下ろした細密画のようだが、実はウッドマルケトリーという木材の象嵌細工の技法で表現されている。ダイヤルのモチーフによって10~12種の木材を選び、そこに着色や加熱を施した上で0.1mm幅の線画に沿ってカット。厚さ0.4mm以下の木片を200個以上も切り出し、それらをパズルのように組み合わせていくという。
象嵌細工は古くから宝飾品に用いられてきた技法だが、これほど精妙で色彩豊かなものは類いまれだ。躍動的な神獣と自社製のトゥールビヨンが相まってどこか荘厳な存在感を放つ。
これぞ手元に宿す最強のパートナー
そしてもう一つ、このメゾンの装飾技術の豊かさを物語るのが、「メティエ・ダール・レ・キャトル・セゾン」である。4モデルから成るこのメティエ・ダールは、2005年にメゾンの創業250周年を記念してそれぞれ12本限定で登場した。
文字盤の中央で目を引くのは、四頭立ての二輪馬車を操る太陽神アポロのレリーフ。その周囲には四季それぞれの自然および太陽と月が描かれている。このデザインは、二輪馬車の手綱を取って天をかけるアポロの神話に基づいたもので、古代の人々が考えていた時と季節の循環を象徴的に表現したという。繊細な彫刻や彫金、エナメル、ジュエリーなど、さながらメティエ・ダールの技の集合体とも呼ぶべき多彩な美しさを見せる。



付け加えたいのが、これらのモデルに搭載されたムーブメントについて。ヴァシュロン・コンスタンタン自社製のキャリバー2460は、指針を一切使わずに4枚のディスクで時分と日付、そして曜日を表示する。これによりアポロのレリーフを文字盤中央に大胆に配することができ、また周囲の小窓は季節の循環を象徴するようでもある。
ヴァシュロン・コンスタンタンはおよそ200年前の19世紀初頭にすでに、針を用いずに小窓で時刻を表示する方法を試みていた。ダイヤルの装飾のみならず、内部のメカニズムにも伝統に根ざした職人技が息づく。芸術と機械の技の融合は、これぞ老舗の面目躍如である。

問い合わせ情報
ヴァシュロン・コンスタンタン
TEL:0120‐63‐1755
photograph:Kazuteru Takahashi
edit & text:d・e・w