過去のモデルに光を当てるユニークな“コンクール”

スイス・ジュネーブの高級時計メゾン、ヴァシュロン・コンスタンタンは今年、フィリップスとバックス&ルッソが共同で企画した取り組みのもと、第1回「コンクール・デレガンス」を開催する。アートやデザイン、そして時計に強いオークションハウスであるフィリップスと、そのオークション事業のコンサルタントを担うバックス&ルッソ、そしてヴァシュロン・コンスタンタンの3者の協業により実施される。

このコンクールは、ヴァシュロン・コンスタンタンが創業した1755年から1999年の間に同メゾンが製作した懐中時計および腕時計を世界各地から募り、その時計製造の歩みや多様性、歴史的価値に光を当てる取り組みとなる。コンクールは7つの部門で構成され、真正性、優雅さ、希少性など9つの基準で審査が行われる。応募期間や部門の詳細は下記のとおり。なお、授賞式は今年11月にジュネーブで行われる予定という。

【コンクール・デレガンス】

ポスター

応募期間:2026年1月19日~4月30日
応募方法:ヴァシュロン・コンスタンタンのブティックまたは下記ウェブサイトから
募集対象:1755年から1999年にヴァシュロン・コンスタンタンが製作した懐中時計と腕時計
募集部門と対象となる主な時計:
1.チャイム機構部門:各種リピーター、グラン・ソヌリなど
2.クロノグラフ部門:シングルプッシュやスプリットセコンド機構を含むクロノグラフ
3.天文学的複雑機能部門:コンプリートカレンダー、パーペチュアルカレンダーなど
4.複数の複雑機能部門:2つ以上の複雑機能を備えたモデル
5.クロノメーター・ロワイヤル部門:「Chronomètre Royal」の刻印があるモデル
6.メティエ・ダール部門:彫金、エナメルなどの装飾細工が施されたモデル
7.デザイン部門:ヴァシュロン・コンスタンタンの象徴的なデザインが配されたモデル

ウェブサイト
https://www.vacheron-constantin.com/jp/ja/maison/concours-elegance-horlogere.html

オフィシャルのお墨付きで世界に公表できる

さて、このコンクール・デレガンスは、基本的に現行品のみを扱う高級時計ブランドと、二次流通の世界で高級時計を橋渡しするオークションハウスが協業するという点で興味深い。これまでオークションの落札価格が話題に上がることはあっても、その世界にブランドが公式に介在することはほとんどなかったからだ。

今回のコンクール・デレガンスで、ヴァシュロン・コンスタンタンは自社の時計オーナーにどんな価値と体験を提供しようとしているのか。言い換えれば、オーナーにとってのメリットはどんな部分にあるのか。話を聞いたのは、フィリップス日本法人で時計のシニアスペシャリストを務める坂元玄樹さん。日本でわずか数名しかいない時計のスペシャリストの1人である。

雑誌
坂元玄樹
フィリップス オークション シニアスペシャリスト。1981年生まれ。専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジを卒業後、時計技術者の道を選ばずオークションの世界へ。アンティコルムを経て2015年にフィリップスに入社。現在は時計鑑定のスペシャリストとして全国を回る。

――今日はよろしくお願いいたします。今回の「コンクール・デレガンス」の話をお聞きになって、どう思われましたか。

坂元玄樹さん(以下略) 面白い取り組みだと思いました。昨年、ヴァシュロン・コンスタンタンは創業270周年を迎え、その記念にフィリップスといくつかのイベントをコラボしましたが、今回のコンクール・デレガンスもその一環のようです。1部門につき5モデル、計35モデルがジュネーブに集められて、最終選考が行われると聞いています。世界中の時計愛好家への敬意を体現するようなイベントです。

――高級ブランド事業を行う企業がオークションの世界とコラボするのはまれです。ヴァシュロン・コンスタンタンがオークション業界に興味を持った理由は、どのように思われますか。

どんなに素晴らしい時計でも、一度誰かの手に渡ってしまうと脚光を浴びることはそうそうありません。でも、オークションはそこに再び光を当てることができます。「昔うちが作った時計は、すごくいいものなんだ」ということを改めて発信できる。これがまず一つです。

そしてもう一つが、新しいことにチャレンジする意欲が旺盛なブランドなんだと思います。次はどんなことを始めるんだろう、という期待感がありますね。その点で私が印象深いのは2005年、ブランド創業250周年の年に行われたオーダーの催しです。

――時計のオーダーですか。

そうです。スイス本社にオーダーメードの時計をリクエストしていた顧客に対して、オーダー内容の確認を行う催しに居合わせる機会があったのです。そもそも腕時計のオーダーはハードルが高く、限られた顧客だけを対象としたエクスクルーシブなものですが、ヴァシュロン・コンスタンタンは当時すでに、オーダーメードの時計制作に対しても積極的に取り組んでいた印象があります。

――新しいものを受け入れる姿勢は、たしかにこのメゾンの特徴の一つですね。今回のコンクール・デレガンスは、1755年から1999年の間に製作された時計が対象となります。該当する時計を所有するオーナーにとって、出品するメリットはどんな部分でしょう?

いくつかあると思います。まずは「自分はこんなコレクションを所有している」ということを、オフィシャルのお墨付きで公表できる可能性があることです。所有する時計をSNS上で見せ合うことは日常的になりましたが、そういうのが苦手な方でもブランドが公式に開催するコンクールなら、心理的ハードルは低いのではないでしょうか。

――オフィシャルの安心感もありそうです。

そうですね。それに時計を持っているということは、そのブランドが好きなわけですよね。好きなブランドとつながることを嫌がる人は、まずいません。むしろ、うれしく感じる人が多いようです。私の経験上ですと、例えばブランドがエキシビションなどを開催する際に、「貴重な時計なので展示させてください」と頼まれたら、快く貸し出す人が多い。自分が気に入って購入した時計がブランドに認められるというのは、他に代えがたい特別感があるようです。

――フィリップスやバックス&ルッソと共同で開催することも、今回の取り組みの特徴です。

最終選考に残った時計はジュネーブに運ばれて、名だたる審査員たちによって鑑定されると聞いています。所有する時計の製造年や見た目の特徴は調べれば分かるかもしれませんが、それがどういう人や会社が手掛けたものか、または歴史的にどういう位置づけかといった深い部分までは、一般の人ではなかなかたどり着けません。最終選考まで残れば、そういう来歴まで知ることができる可能性があるというのも、オーナーにとってはまたとない機会だと思います。

スペシャリストが注目する歴史的なタイムピースとは

――では、今回のコンクール・デレガンスで、坂元さんが期待しているモデル、お目にかかりたいモデルはどんな時計でしょう?

いろいろありますが、中でも「ドン・パンチョ」という名で親しまれているモデルは、非常にヒストリカルな複雑時計です。この時計が製造されたのは1936年とされていますが、当時、ミニット・リピーターとレトログラード式日付表示付きのカレンダー機構を小ぶりのトノー形ケースに収めた腕時計は、時計業界全体でこの1本のみでした。

歴史的な名作の中には、やがて所有者の名前で呼ばれるようになる時計がありますが、この時計もその一つで、南米で財を成した実業家の愛称で親しまれています。もしコンクールに出品されたら、間違いなく上位に入ってくるだろうと思います。

時計
3時位置側のケース側面に設けられたスライドレバーで作動するミニット・リピーターと、レトログラード式日付表示付きカレンダーという2つの複雑機能を搭載。1930年代にこれほどの複雑機構を腕時計サイズへと小型化した技術には目を見張る。ドン・パンチョとはコレクターの間で親しまれる通称で、この時計を所有した実業家の愛称にちなむ

それと、個人的に好きなのは「メルカトール」。メルカトールは、人文主義者であり博学な地理学者であったジェラルド・メルカトル(1512~1594)へのオマージュとして、彼の没後400年となった1994年に発表されたモデルです。18Kイエローゴールド製の文字盤にメルカトールの製図法に基づいて世界地図の一部が描かれ、その上で2つの針が時と分をレトログラード式に表示します。

レトログラードはヴァシュロン・コンスタンタンと切っても切れない機構。中でも、2本のレトログラード針を備えた腕時計というのは、ヴァシュロン・コンスタンタンが先駆けだったと記憶しています。機構の面白さ、斬新さ、そして16世紀の世界地図を題材とした歴史とのコラボというところが見どころだと思います。これも上位に入って欲しいモデルですね。

時計
12時位置を軸に2本の針が設置され、それらが時と分をレトログラード式に表示する「メルカトール」。同じ軸に2つのレトログラード針を設置するメカニズムは技術的難度が高く、現代でも非常にまれだ。文字盤は写真のタイプの他に、アジアやアメリカ大陸を描いたパターンや、エナメル装飾で描いたものなど、いくつかのバリエーションが存在する

――いずれもメカニズムを特徴とするモデルですね。

もう一つ付け加えると、ルイ・コティエの特許機構を採用した「ワールドタイム」も出てきてほしいです。ルイ・コティエとは20世紀前半に活躍したジュネーブの時計師で、1931年にはワールドタイム機構で特許を取得しました。翌年、このコティエの機構を採用し、世界で初めてワールドタイム懐中時計を完成させたのがヴァシュロン・コンスタンタンだといわれています。

時計
都市名を3列に配置し、世界主要31都市の時刻を24時間式に表示する「ワールドタイム」。1932年に「モデル3372」として発表された。24時間スケールと都市名リングで世界の複数都市の時刻を表示するスタイルは、現代のワールドタイム機構の原型ともいえるメカニズム

――装飾的な時計はいかがでしょう?

では、装飾系から2モデル挙げましょう。まずは「オーデュボン」のシリーズ。ダイヤルに鳥の絵がクロワゾネ・エナメル(注:有線七宝)で描かれています。エナメルというと、どこのブランドにも“お抱え職人”のような人がいて、20世紀ではスーザン・ロウが有名です。その彼女に匹敵するほど高品質なエナメルを描いたのがミュリエル・セショー(注:Muriel Séchaud)、このオーデュボンのエナメル文字盤の作者です。

以前、オーデュボンがフィリップスのオークションに出品されたことがあって、当時の原稿ではこんなふうに紹介されていますね。
〈1990年代から2000年代初頭にかけて、伝統的な技法を用いて手描きのエナメル文字盤を制作した数少ない職人の1人。しばしばパテック フィリップで仕事をしたスーザン・ロウと比較される。両職人は業界で高く評価される>

ちなみに、オーデュボンの文字盤を手掛けたエナメラーはセショー以外にも数名いて、その一人がスーザン・ロウから指導を受けたアニタ・ポルシェ。現代で最も有名なエナメル職人です。このオーデュボンは、1990年代に日本にも結構あったんですよ。コンクールに出品されるといいですね。

時計
米国の画家・鳥類研究家、ジョン・ジェームズ・オーデュボンへのトリビュートとして、主に1990年代に製作されたモデル。エナメルの繊細さや情緒的な色のグラデーションがポイント。マスター・エナメラー(熟練のエナメル職人)が手掛けたものには文字盤に「M.Séchaud 97」「A.Porchet 97」といったサインが施されたモデルもある。写真提供:フィリップス

――エナメルの濃淡やにじみが情緒的ですね。では、もう1本は?

これは一世を風靡したわけではないですが、ジュエリーウォッチの「キャラ」はすごいと思います。ロード・キャラ、レディ・キャラなどいくつかのバリエーションがありますが、当時最高峰のキング・キャラのインパクトは忘れられません。全面バゲットカット・ダイヤモンドで、通常は7列仕様なのにキング・キャラは4列。それぐらい一つひとつが大きなバゲットカット・ダイヤモンドだった。キング・キャラはオークションにもなかなか出品されませんが、他のモデルなら今回のコンクールで出合える可能性は十分にあると思います。

時計
「キャラ」はケースからブレスレットに至るまでダイヤモンドで埋め尽くされたハイジュエリーウォッチのコレクション。こちらは23.5mm幅のケースやブレスレットに316個、合計58カラットのバゲットカット・ダイヤモンドをセットした「ロード・キャラ」。1990年製。写真提供:フィリップス

――最後の2本を見ると、20世紀後半に製作された腕時計でも価値が高いものがあるのですね。

そうですね。1990年代はスイスの高級時計産業もバブルが弾けたあおりを受けて、それほど多くの時計を作っていないんです。量を作っても売れない、どうしよう、みたいな時代だったんですね。なので、そもそもの数が少ないことと、あとは今よりも手作り感があることから人気を集めています。それほど古くなくても希少性が高い時計はあるので、迷っているならコンクールに出品してみることをお勧めします。

――時計好きにとっては、もはや作られることがない歴史的な名作を知れることも楽しみですね。今日はどうもありがとうございました。

※この記事の情報は、2026年3月1日時点のものです。

問い合わせ情報

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ヴァシュロン・コンスタンタン
TEL:0120‐63‐1755

photograph:VACHERON CONSTANTIN
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