ラギッド感がありながらあか抜けている
IWCシャフハウゼンは1868年の創業以来、ドイツ国境に近いスイス北部のシャフハウゼンに製造拠点を構えてきた。どちらかといえばエレガントなテイストが多いスイス高級時計界にあって、計器のような明瞭さと端正さを重視したデザインを旨とするのは、この地に根づくドイツ的文化の影響が大きい。そのIWCで、2008年からおよそ18年間にわたりウォッチデザインを統括しているのが、IWCチーフ・デザイン・オフィサーのクリスチャン・クヌープ氏である。
さかのぼること四半世紀、2000年前後までのIWCは、いい意味で飾り気がなく、ツールのような簡潔さや無骨さを特徴としていた。これみよがしな派手さとは対照的な、通好みのデザインが時計好きの男たちから支持されていたのである。翻って近年は、そうしたデザインコードを受け継ぎながら、時にモダン、時にビビッド、時にファッショナブルというように、表現の幅を広げている感がある。無骨でありながらも程よくあか抜けている、というのが近年のデザインの印象だ。
その陣頭指揮を執ってきたのが、他ならぬクヌープ氏である。IWCデザインに欠かせない“らしさ”とは何か、変えるべきものと変えてはならないものとは何か――。インダストリアルデザインの本場ともいえるドイツで生まれ、学び、キャリアを磨いたクヌープ氏に、IWCであるためのウォッチデザインを聞いた。

成功する時計にはアイデンティティーがある
――本日はよろしくお願いいたします。IWCのチーフ・デザイン・オフィサーに就任してから約18年、だいぶ長いですね。今の心境はいかがですか。
クリスチャン・クヌープ氏(以下略) とてもエキサイティングな18年間でした。ブランドの未来を考えるという責任のある立場にいますが、情熱的なスタッフや世界中のファンと会って話をすることが、日々のモチベーションになっています。
――デザインの面で、今日のIWCを築き上げたのはクヌープさんです。IWCのデザインに欠かせない「らしさ」とはどんなことでしょうか。
一番大事なのは、IWCの時計であることをユーザーに認識してもらうことです。マーケットには多くの優れた時計がありますが、成功する製品の違いとは何でしょうか? 私は「アイデンティティー」と「認知度」であると考えています。その点で、私たちはウォッチメーキングの世界において「エンジニアリング」と「ピュアデザイン」を標榜しています。ブランドコミュニケーション、製品、取り組み方において、常にエンジニアとしての姿勢を貫くことを重視しているのです。
――エンジニアという点は昔から変わらないIWCのイメージです。一方のピュアデザインについてもう少し詳しくお聞きできますか。
歴史を振り返ると、20世紀初頭のIWCは「強靭で精密な時計」として評判を得ました。これらは後に軍用としても使われるインスツルメント・ウォッチ(注:計器としての腕時計)となり、機能性と視認性に特化したデザインの明確さが評価されました。この明確さが後のラインアップにも反映され、ピュアデザインというテーマにつながっています。
20世紀後半になると、時計デザインの名匠であるジェラルド・ジェンタや、ポルシェ・デザインを立ち上げたF.A.ポルシェといった有名デザイナーとも組みましたが、彼らもこのピュアデザインという考えを踏襲しています。このアプローチは創業時から現在まで、途切れることなく脈々と受け継がれているのです。
――では反対に、クヌープさんが変えた部分はありますか。
この18年の間に多くのプロジェクトがありました。例えば、19世紀の「パルウェーバー」という針を使わずディスクで時間を表示する画期的な懐中時計を、2018年のアニバーサリーで復活させました。また、セラミックの用途を拡大したことや、個人的にファンだった「インヂュニア」を新しい形で復活させ、成功を収めたことも非常にうれしい出来事でした。今後は、35mm径などの小ぶりなサイズを増やすことで、より女性の心にも届くような展開を構想しています。

イノベーション戦略の柱となる三つの強みとは
――伝統を踏まえることも大切ですが、新しいファンを獲得することも求められます。そのバランスについてはどうお考えですか。
過去と未来のバランスは、すべての新製品において重要です。過去のコードを尊重しつつ、新しい素材や色でサプライズを提供しなければならない。非常に難しい部分ですが、私たちにはその基準となる明確なイノベーション戦略があります。それは、伝統を重んじると同時に、次の三つの強みを推し進めていくことです。
まずはカレンダー機構。私たちの最大の財産と言ってもいい永久カレンダー機構をはじめ、GMTやUTC(注:協定世界時)を表示する機構です。次がインスツルメント・ウォッチの時代から続くクロノグラフ機構。そして最後が、パフォーマンス・マテリアル(注:機能性素材)です。
――IWCは、信頼性が確保されるまで、むやみに新しい素材を使わないような印象がありますが、それはパフォーマンスを求めるからですか。
私たちの新素材開発は常に、パフォーマンス向上のためにあります。時計に用いられるさまざまな素材の中でも、チタン合金とセラミックのエキスパートであることに誇りを持って取り組んでいます。今年の新作にも用いた自社開発の「セラタニウム®」(注:後述)や、新しい発光セラミック素材「セラリューム®」(注:後述)などはその好例です。
――では、その新作の話に。今年のウォッチズ&ワンダーズ・ジュネーブで発表した新作のうち、IWCらしさがよく表れているモデルはどれでしょう?
どれもIWCのDNAを継承していますが、未来へのビジョンを示した「ベンチュラー・バーティカル・ドライブ」や、永久カレンダー機構の実用性を向上させた“IWCプロセット®”モデル、そして先ほどお話したセラタニウム®やセラリューム®を用いたモデルが代表的です。


――個人的には、オールブラックやオールホワイトのデザインに驚きました。どのような経緯でこれらの時計をつくったのですか。
まずオールブラックは、世界中で愛されているアイコンである「ポルトギーゼ」のデザインを称え、それを自社素材のセラタニウム®と組み合わせることで差別化を図ることを目指しました。
一方のオールホワイトについては、新素材のセラリューム®を適用するのに最適なサイズ感を持つ「ビッグ・パイロット・ウォッチ」を選び、ケースだけでなくさまざまな箇所にこの素材を使用しました。先ほど申し上げた、過去のコードを維持しながらサプライズを提供する、というデザインのアプローチがよく分かるモデルだと思います。



――白や黒の単色デザインは、難しさがありましたか。
モノクロマチックのデザインは、見た目よりも複雑です。ラッカー、ラバー、セラタニウム®など、異なる素材の表面処理や質感を一つの色に統一するためには、非常に細かな調整とバランスが必要でした。シンプルに見えますが、実は非常に複雑なプロセスを経てつくられています。
――白や黒はモードに流れてしまうものも多いですが、これらのモデルはIWCらしい、エンジニアらしいデザインだと感じました。今日はどうもありがとうございました。

問い合わせ先
IWCシャフハウゼン
TEL:0120‐05‐1868
photograph:IWC SCHAFFHAUSEN
edit & text:d・e・w
