基礎知識1 ビスポークとはなにか?

ビスポーク(bespoke)という言葉は英語の“be-spoken”に由来し、「話し合う」という意味がある。顧客と担当する職人との話し合いから作られることから、この言葉が完全注文の紳士服や靴に使われるようになったとされているのだ。

ビスポーク・スーツとは個々の顧客に合わせて採寸、その採寸されたサイズから型紙をおこし、生地を裁断、縫製してつくられたものをいう。

ほとんどの工程が職人の手作業によるもの。型紙を顧客に合わせて一から作り、生地の裁断、アイロンの熱による加工、大半の部位を手縫いによって成形するため、1着のスーツに対して平均50時間以上の作業時間を要する。

どの部分を手縫いとするかはテーラーにより異なるが、英国よりイタリアの方が手縫いの部分が多い傾向にある。しかし、部位によってはミシンで縫った方が強度を保てる場合もあり、手縫いの部分が多いからといって単純にスーツのクオリティが高いというわけではない。

最も重要なことは完成したスーツが快適で、自分の求める理想のスタイルと合致しているかどうかだ。

基礎知識2 ビスポーク、パターンオーダー、既製服の違いは?

[ビスポーク]

ビスポークは先に説明したように、顧客ごとに採寸して型紙をおこして仕立てる完全注文のスーツを指す。

国ごとに呼称の違いがあり、英国ではビスポークと呼ばれるが、日本ではオーダーメイド、アメリカではカスタムオーダー、イタリアではス・ミズーラ、フランスではシュール・ムジュールと一般的に呼ばれている。

[パターンオーダー]

あらかじめ決められた型紙があり、それに合わせて調整するものを英国ではMTM(Made To Measure メイド・トゥ・メジャー)と呼び、日本ではパターンオーダーがこれに当たる。

既製服のブランドではこの型紙によるサイズ調整のサービスをビスポーク、ス・ミズーラと呼んでいる場合もあるが、本来のビスポークの意味とは異なっている。

[既製服]

これに対して一般的に販売されている既製服を英国ではRTW(Ready To Wear レディ・トゥ・ウェア)と呼ぶ。

なお、パターンオーダーやイージーオーダーは、日本で独自に使われているファッションに関する英語で、海外では通用しないことも多い。

英国では採寸したサイズに合わせ、型紙をつくり、生地を裁断するのがカッターと呼ばれる職人の仕事となる。この型紙こそがビスポークのスーツスタイルの要なのだ。©Edward Lakeman

基礎知識3 ビスポークで最高のスーツはつくれるのか?

着用感から言えば、自分の骨格や体格、姿勢に合わせて作られるビスポークが最も快適となるが、それが最も格好の良いスーツになるとは限らない。良くも悪くも顧客の体型に合わせるので、欠点をカバーし、さらにより良くみせるスーツを作れるかどうかは、テーラーの技量とセンスにかかっている。

自分の好みと合致する優れたテーラーによって作られたビスポーク・スーツは快適さと美しさを兼ね備えた最高のスーツとなる。サイズ調整やメンテナンスもしてくれるので長期間着用も可能だ。ワードローブの投資とも言えるのがビスポーク・スーツだ。

一方で、最大公約数の顧客に向けてプロによって作成された型紙を使用したMTMとRTWは失敗する確率が少ない。トレンドも反映されている上に、価格もリーズナブル。何よりの利点はその場で試着でき、購入できることだろう。

ビスポークは完成品を想像することが難しい。既製品であったとしても、襟や肩つけといった着心地が左右される重要な部分を手縫いで行っているメーカーもある。価格と品質、自分がスーツに何を求めているかによって、ベストスーツは異なってくるのだ。

長谷川喜美/Yoshimi Hasegawa
ジャーナリスト。イギリスを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。メンズファッションに関する記事を、雑誌を中心に執筆。著書に『サヴィル・ロウ』『ハリスツィードとアランセーター』『ビスポーク・スタイル』『サルトリア・イタリアーナ』など。

ビスポーク・スーツについて詳しく知るには?
スーツの二大潮流、英国とイタリアでの取材をもとに構成した長谷川喜美さんの著書3冊が、ビスポーク・スーツのことを知るうえでとても参考になります。

『サヴィル・ロウ』

「紳士服の聖地」と呼ばれる英国はロンドンのサヴィル・ロウで、世界最高レベルのビスポーク・スーツはどう生まれるのか。英国王室御用達の老舗から新進気鋭のテーラーまでを紹介した書。
長谷川喜美著 Edward Lakeman撮影 万来舎刊 3,400円(税別)

『ビスポーク・スタイル』
スーツ、靴、シャツなど世界のメンズスタイルを築いたロンドンの名店を取材、クラフツマンシップを通してビスピークの真髄を紹介した書。日本語・英語完全対訳。
長谷川喜美著 Edward Lakeman撮影 万来舎刊 4,500円(税別)

『サルトリア・イタリアーナ』
手縫いのスーツの完成度においては、英国よりも卓越しているとされるイタリアン・テーラリング。それを支える新旧の名店サルトリア27店を紹介した書。
長谷川喜美著 Luke Carby撮影 万来舎刊 4,000円(税別)